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■薄紅の花 04.河口の街-09.街の商売 (2016年01月03日UP)

 「言葉以外にも、色々と違うもんなんですねぇ……」
 「そうだなぁ。俺らは元々、カルサール湾の南から、岬の先に散らばる島の出でな。そん中の、岬の東側、列島の北から二番目のちっこい島と、この街しか知らんが、随分、違うな」
 雑貨屋の夫婦は、ここでは出身地の名で、「猫島」と呼ばれていた。
 故郷の猫島は嵐の通り道で、毎年、何軒もの家が壊される。それなりの対策をしているが、万全とはいかなかった。
 雑貨屋の一家も家を失い、家族揃って岬の東、ラズヴィエトフリェーニェ河の畔にある港街、キートに移り住んだ。
 その後、雑貨屋の老いた親は、この街に骨を埋め、三人の息子は大人になり、いずれも船乗りになった。同じ船で働いていて、年に数回しか陸に帰らない。
 「どこでも住めば都だが、命の心配のないのが、一番だな」
 亭主はそう言って笑った。双魚はまた、あの日の建築家の言葉を思い出していた。

 ゆっくり作業を進め、一か月程掛けて、河川敷で採った素材を薬に変えた。
 あの一家の口から広まったのか、傷薬は、毎日数個ずつ売れている。
 一度、薬師の組合から調査が来たが、双魚が魔法使いだとわかると、値段だけ確めて引き揚げた。その後、特に何の沙汰もない。
 双魚はなるべく外に出ず、夫婦から言葉を教わった。素材を使い切る頃には、簡単な店番ならできるようになっていた。

 物には、決まった値段がある物と、時期によって値段が変わる物がある。
 おかみさんに説明され、双魚は首を傾げながらも、記憶に留める。商品棚の値札は、毎日、仕入れから戻ったおかみさんが付け替えた。
 双魚は、おかみさんが昼食の用意をする間や、仕入れや夕食の買出しに行く僅かな時間、店番を頼まれた。
 これは契約書に記してあったので、双魚も心置きなく手伝うことができた。
 販売は、値段が決まっているので、難なく手伝えるかと思ったが、そうでもなかった。
 客に値引きを要求され、たどたどしい言葉で、自分は店主ではないので、勝手なことはできない、と断るのが精いっぱいだった。
 双魚には全くわからない言葉で、罵声を浴びせて帰る者、何も言わず落胆して帰る者、舌打ちしながら正規の値段で支払い、ひったくるように品を受け取る者、おかみさんが出て来るまで、しつこく食い下がる者……
 双魚はうんざりし、おかみさんの帰りをまった。

 買取は、目利きができないので、全て断っている。
 薬の素材なら、質の良し悪しを利けるが、この街のカネで幾ら分になるのかは、わからない。
 買取に関しては、断ってもそれ程、酷いことを言われることはなかった。
 自分ではわからないから、店主が戻るまで待って欲しい、と伝えると、大人しく従ってくれる。
 何故、人々の態度がこんなにも違うのか、双魚にはそれもわからなかった。

 毎日、こんな大変な仕事してるなんて、おかみさん、凄いなぁ……

 食卓で魚を頬張るおかみさんに、尊敬の眼差しを向ける。
 これまで幾つもの町や村で、物々交換をしてきたが、取引は互いに対等で、交渉もお互いに納得のいくまで話し合うことができた。
 この街では、店が一方的に対価を示し、客はそれにほぼ従わなければならない。だが、客が物を買う時、その態度は高圧的だった。
 逆に客が物を売りに来る時は、卑屈な程に腰が低くなる。
 物とカネを交換する街では、カネを出す側の態度が大きくなるらしい。
 取引が対等でないことが、双魚には不思議だった。

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第04章.河口の街
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