■薄紅の花 04.河口の街-41.港の騒ぎ (2016年01月03日UP)
例年より早く、夏至祭の五日前に三ツ矢が訪れた。
「双魚に会えるのも、これが最後だろうからな」
しみじみと言う三ツ矢に、双魚と猫島夫婦は、言葉もなく頷いた。心が弱り切っている猫島夫婦を、置き去りにするのは忍びない。だが、どうするのが最善なのか、双魚にはわからなかった。
わからないことだらけだ。魔法が使えたって、何もできないんじゃなぁ……
こっそり自己嫌悪に陥りながら、荷物をまとめる。
一年振りに三ツ矢と二人で、ラズヴィエトフリェーニェ河に出た。
海へ注ぐ河の流れは変わらず、上流と下流を行き来する河船も、相変わらずのんびりしたものだった。
キート港の倉庫街のように、怒号が飛び交うこともない。
「双魚も船で行くのか?」
「いいえ。歩いて行こうと思ってるんです。土地の言葉や薬草を知りたいんです」
「そうか。アルンディナだっけ?……東の果てか。どんな所なんだろうな」
「さぁ……? でも、少なくとも、魔法使いは居るんでしょうね。ご先祖がそうだったから」
二人は薬草を摘みながら話し、夕飯の少し前に街へ戻った。
二人は街の門を入ってすぐ、通りを行く人々のただならぬ気配に、足を止めた。互いに顔を見合わせ、通行人の話に耳を傾ける。
港の方へ走る者が多い。
「ホントかよ?」
「やっぱりな」
驚愕と落胆の声が、断片的に聞こえるだけで、何があったかまでは、わからない。イヤな予感に腹の底が冷える。
雑貨屋に戻ると、辺りは騒然としていた。近所の人が双魚に気付き、駆け寄る。
「あぁ、帰って来た!」
「猫島のおかみさんが大変だ!」
「港……、港だ! 港へ行ってくれ!」
何が起こったかわからぬまま、彼らの後について走る。
数年振りに走って、すぐに息が切れてしまったが、気にしている場合ではなかった。
人集りに近付くに連れ、金切り声が大きくなる。何とか宥めようとする声が入り乱れている。金切り声の主は、おかみさんだ。出身地の言葉で叫んでいる。周囲の人にもわからないようだった。
「嘘ッ! 嘘よぉ! 嘘だと言って!」
双魚に聞き取れたのはここまでで、後は涙声でわからなかった。
年配の男性の胸倉を掴んで揺さぶりながら、泣き叫んでいる。周囲の者達が引き離そうとするが、当の男性は、まぁまぁ、と手を出させないでいた。
胸倉を掴まれているのは、水先案内人の組合長だった。
大型船や遠方から来た船を、安全な航路に誘導して入港させる者達だ。
双魚は、組合員にカップ一杯分の水を分けてくれるよう、頼んだ。組合員は怪訝な顔をしながらも、魔法使いの薬師にカップを渡した。
河川敷で摘んだ中に、気持ちを落ち着ける香草があった。急いで水を抜いて乾かす。カップの水を起ち上げると、三ツ矢が沸かしてくれた。宙で香草を混ぜる。
香草茶が人垣をすり抜け、おかみさんの顔の周囲を漂う。取り囲んでいた群衆は、驚いて数歩、退がった。
薬草の香気が広がり、おかみさんだけでなく、群衆も鎮まる。
双魚は人垣を掻き分け、香草茶をカップに戻した。声もなくすすり泣くおかみさんに、声を掛ける。
「一旦、お店に戻りましょう」
おかみさんは素直に頷いた。
双魚と三ツ矢が、組合長と水先案内人達に「お騒がせしてすみません」と頭を下げる。すっかり興奮が醒めた群衆は、大人しく見送った。
「また後で、お伺いします」
組合員にカップを掲げてみせ、双魚はその場を後にした。