■薄紅の花 04.河口の街-38.カネの話 (2016年01月03日UP)
夏至祭の月始め、久し振りに医院を訪れた。
夕刻で医院は既に閉まっており、患者の姿はない。今夜は医院に泊めてもらい、明日の朝、雑貨屋へ帰る。
案内された食堂には、院長を始め、初めて会う人々も集まっていた。全部で五人。
上座で、院長の隣に座っていた恰幅のいい男性が立ち上がり、双魚を迎えた。
「ようこそおいで下さいました。双魚先生、ささ、こちらへどうぞ。申し遅れましたが、私、当医院の運営を行っております者です。三年もの間、ご挨拶もせず、恐れ入ります」
「こちらこそ……失礼しまして、恐れ入ります」
「ゆっくりお話を致したいところではありますが、この後、別の会合がございまして、ご挨拶のみで失礼いたします。先生方とごゆるりとお楽しみ下さい」
経営者はそれだけ言うと、そそくさと退室した。入れ替わりに給仕が料理を運んでくる。
「彼のことはお気になさらず。こんな商売をしているのに、魔法使いを恐れているのですよ」
経営者と給仕が出て行った扉を見たまま、院長が淡々と言った。
「そういうものなんですか……」
付き合いが長くても、魔物扱いは変わらないなんて……
双魚は愕然として、扉を見た。院長に促され、経営者が座っていた席に着く。
食卓に大皿が置かれ、そのそれぞれに焼き魚、生野菜、揚げ物、パンが盛られていた。海の幸をふんだんに使ったスープが、湯気を立てている。
それぞれ、家紋と職能だけを名乗り、食事を始めた。
医師が三人と、薬師は双魚を含めて二人。自分の後任が見つかったことに、双魚は安堵した。
他愛ない世間話、時期的な流行病のこと、薬のこと。話題はいつの間にか仕事絡みになっていた。
「お蔭様で、治療を受けられる人が増えました。ありがとうございます」
「いえ、そんな……こちらこそ、色々ありがとうございました」
院長と双魚が、互いに頭を下げ合う。
ふと思ったことが、口を突いて出た。
「おカネを持っていないと、治療も受けられないなんて……おカネって不便なんですね」
カネの有無で命が左右されてしまうことが、不思議だった。
雑貨屋夫婦も、もっとカネがあれば、毎年、孫に会いに行ける。船賃がないばかりに、一度も息子達の家族に会えずにいることが、双魚には理不尽に思えた。あんな重い物、大量に持ち運べる筈がない。
院長も同感らしく、首を振った。
「そうですね。私も、薬の材料や食べ物と引き換えで、充分だと思うのですが、なかなか……」
「あの人は、私たちを魔道士狩りから守ってくれるし……その為の費用とか、色々掛かるから、仕方ありませんよ」
薬師の菱桶(ひしおけ)が、経営者を擁護する。
院長以外の医師二人は、何とも言えない表情で料理を口に運んだ。
口の中身を飲み下し、雫星(しずくぼし)と名乗った医師が言葉を挟む。
「便利なこともあるが、カネの為に魔道士狩りをする連中も居る。何とも言えん」
「僕は、おカネって嫌いだな」
双魚より少し年下に見える影菱(かげびし)が、きっぱりと言い切る。影菱医師は、それだけ言うと、焼き魚を口いっぱいに頬張った。双魚も揚げ物を口に入れる。衣の中は、貝柱だった。貝の旨味と油が、噛み締める度に口の中に溢れる。
スープを少しすすって、影菱は双魚に向き直って言った。
「僕ね、借金のカタに売られて来たんだ。僕だけ魔力があったから、他の兄弟よりも高かったんだって。おカネで人を売り買いするなんて、魔道士狩りと一緒だよね。おカネなんて嫌いだよ」
「そんなことは……」
「生きたままか、焼き殺してからの違いしかないのに? 構わないって言うんなら、君もモノ扱いされてみればいいんじゃない?」
何か言い掛ける菱桶に皆まで言わせず、影菱医師は、薬師を睨みつける。どれ程の扱いを受けたのか、若い医師の目は荒んでいた。
双魚は掛ける言葉が見つからず、斜め前に座る影菱医師を見た。
魔法使いの双魚にとって、カネはただの金属片でしかない。店番に立っても、それは大して変わらなかった。客との遣り取りで間違えたり、紛失したりすると、おかみさんが困る金属片だった。
たかがあんな物の為に、自分の子供を手放すなんて……
薬師の菱桶もそれ以上は言わず、パンを小さく千切り、口に入れた。