■薄紅の花 04.河口の街-07.別れ難さ (2016年01月03日UP)
双魚が二階の部屋へ戻ると、三ツ矢は荷物の整理をしていた。
「これで全部揃ったから、晩飯を食ったら村に帰る」
寂しさと心細さに胸が締め付けられ、鼻の奥がツンと痛んだ。
「おいおい、そんな顔すんなよ。来年の今頃には、また来る。それまで元気でな」
頷くと、涙が零れた。
我ながら、子供じみているとは思うが、何故か涙は止まらなかった。三ツ矢が双魚を抱きしめ、譲葉にしたように何も言わず、背中を軽く叩いてあやす。
これじゃ、譲葉のこと、とやかく言えないな……
ひとしきり泣いて、双魚はそっと身を離した。
この一年、忙しかったが、自分にとって幸せだったことに気付く。別れ難さの理由がわかり、少し気持ちが落ち着いた。
双魚は、三ツ矢がホッとしたことに気付き、途端に気まずくなった。
気まずさを誤魔化そうと、荷造りを手伝いながら、世間話をする。
岬の西と東で、こんなに人も暮らしも違う。
双魚が、その驚きを素直に口にすると、三ツ矢はどこか遠くを見る目で言った。
「ここでこんなに違うんなら、双魚の先祖が生まれた東の果てってのは、想像もつかないくらい、凄い所なんだろうな」
「そうですね」
まだ見ぬ先祖の地に、双魚は初めて、憧れを抱いていることを自覚した。
夏の日は長く、夕飯を終えてもまだ、空は明るい。双魚は雑貨屋夫婦と共に、三ツ矢を門まで見送りに出た。
「じゃあ、また来年」
「元気でな」
短い挨拶を交わし、三ツ矢は【跳躍】した。結びの言葉を唱えた瞬間、山の民の姿が消える。
あっけない別れに、双魚はその場を動けなくなった。
「まぁ、毎年、こんなもんよ」
おかみさんに促され、双魚は呆然としたまま、街に戻った。
その夜、アーモンドの夢を見た。
満開の枝から花弁が舞い散り、風に乗ってどこまでも流れてゆく。薄紅の花弁を乗せた風の行方を目で追う。山の向こうは既に明るくなっていた。
「もう、朝だったんだ」
双魚は傍に居る誰かに声を掛けた。
自分の声で目を覚まし、双魚は見慣れない天井を見上げたまま、考えた。暫く考えて漸く、雑貨屋に居ることを思い出し、階下に降りた。
おかみさんが朝食の準備をしている。
手伝いを申し出たが、軽く断られ、亭主と共に食卓で大人しく待つ。
亭主は、パンと目玉焼きをお茶で流し込み、慌ただしく出て行った。
双魚はおかみさんと二人で、ゆっくり食べた。後片付けを手伝おうとすると、これも断られた。
「三ツ矢さんから聞かなかったのかい? 契約にないことは、するもんじゃないんだよ。ウチはそれで助かるからいいけど、そう言う親切につけこんで、もっともっとって、コキ使う輩もいるからね。気をお付けよ」
「えっ……あ、はい。気を付けます」
双魚はよくわからないまま、取敢えず、頷いた。