■薄紅の花 04.河口の街-05.大歓迎だ (2016年01月03日UP)

 雑貨屋は既に閉まっていたが、裏に回ると、戸を開けてくれた。
 裏は勝手口で、台所兼食堂では、既に夕飯の用意ができていた。
 雑貨屋の亭主婦は、食べ始めた所だったらしい。亭主は二人に軽く会釈すると、焼き魚を頬張った。
 「荷物、いつもの部屋へ入れといたよ」
 おばさんに礼を言い、三ツ矢が先に立って二階に上がる。双魚も後に続いた。階段のすぐ傍の部屋に外套を置き、二人は食卓に着いた。

 平焼きパンと、焼き魚に焼いた野菜を添えてある。
 魚は、海の物か河の物かわからないが、引っ張った舌のような形で、靴底と同じくらいの大きさ、厚さだ。塩と香草がまぶしてあり、白身の淡白な味を引き締めている。
 「久し振りだな。三ツ矢さん、山の方はどうだね」
 「まぁ、いつも通りだな。変わったことと言えば、この双魚が来て、孫が薬師になったことと、息子の仇を討てたことだな」
 淡々と語る三ツ矢に、雑貨屋亭主婦が目を丸くする。
 「凄いじゃないか」
 「よかったねぇ、よかったねぇ」
 食事を続けながら、互いに近況を報告し合う。双魚も改めて紹介され、亭主とおかみさんに挨拶した。

 食後、話題が今後のことに移る。
 「俺はいつも通り、二、三日で帰る。双魚は書類にした通りだ。宜しく頼む」
 「お世話になります」
 「あぁ、いいってことよ。魔法使いの薬師なら、店も儲かるだろう。大歓迎だ。こちらこそ、宜しく」
 亭主は、店を妻に任せ、建築現場で働いていると言う。五人の労働者の班長で、何かと面倒が多い割に給金が安い、とぼやいた。
 「それから……」
 言いかけて迷い、口をつぐむ。
 亭主は三ツ矢と双魚を交互に見、最後に妻を見た。妻が頷くと、声を落として切り出す。
 「最近、ここらは物騒でな。それと言うのも……」

 それと言うのも、魔道士狩りが横行しているからだ。
 この辺りには、元々魔法を使える者が少ない。僅かな魔道士も、地元の者は魔力が弱く、大した術は使えない。
 魔力で動かす道具は、魔力を貯めた水晶やサファイアで使う。魔力を蓄えた宝石は、普通の数十倍、数百倍の高値で取引される。

 「まさか……」
 「そう、その、まさかだ」
 顔色を変える三ツ矢に頷き、亭主は話を続けた。双魚も嫌な予感がしたが、口を挟まず、先を促す。
 「魔道士の涙だよ」

 同じ大きさなら、水晶よりサファイア、サファイアより、【魔道士の涙】の方が、より多くの魔力を蓄積できる。また、【魔道士の涙】は、涙そのものに術を掛けて使うことができる。例えば、氷の術なら、冷気の発生源として、炎の術なら、暖炉の代わりになる。中の魔力が尽きるか、術を解除するまで、効力は持続する。
 双魚の故郷では、身内の【涙】は、家屋を守る術の魔力源として、家の要所に納める習慣があった。文字通りの意味で、ご先祖様が家を守ってくれる。双魚の一家は移住者で、あの家に先祖の涙は、ほんの僅かしかなく、家を守り切れなかった。
 【魔道士の涙】は、サファイアなど比べものにもならない高値がつくらしい。

 「大したことができないんなら、焼き殺して道具にして売っ払おうって奴が出てな……人を何だと思ってやがんのか知らんが、食詰めた連中や、泡銭の欲しいゴロツキ共が、魔法使いを攫って……」
 「まぁ、三ツ矢さんは、強い戦士だから、大丈亭主だろうけど、双魚さんは……」
 妻が双魚を心配そうに見る。
 双魚は、人間が自分の利益の為に、人を襲うことに衝撃を受けていた。これまでに怨恨など、感情のもつれで人を殺める話なら、何度か聞いたことがある。
 養父母も、二人が駆け落ちしたことで、身内が病死した人が、二人を恨んで殺したのではないか、と思っていた。
 丸木小屋の焼け跡が、鮮明に甦る。二人の遺灰は荒らされ、涙は残っていなかった。

 まさか……

 「双魚は薬師だからな。人を癒す術は心得てるが、人間をどうにかしてしまおうなんて、思いつきもせんさ。魔物を防いだり、どうにかする術なら、多少は心得があるが……」
 何も言えなくなった双魚に代わり、三ツ矢が言った。
 亭主が腕組みして、溜め息を吐く。
 「そうか……じゃあ、なるべく外へ出ん方が、安全だな」
 「いや、逆だ。咄嗟に身を守ろうとして、【風の矢】でも使おうもんなら、相手が生きちゃいない。魔法は手加減できんからな」
 「えっ?」
 亭主婦だけでなく、双魚も驚いて顔を上げた。
 三ツ矢が意外そうな顔で、双魚を見る。
 「魔物はそれなりに、魔法への耐性がある。練習は石を的にしていたから、あの程度の威力しかないように見えただけだ。魔法を防ぐ手段のない人間に当たったら、【風の矢】でも、手足の一本や二本、軽く飛ぶぞ」
 「えっ……えぇええぇぇー……」
 驚きのあまり、まともな言葉が出てこない。三ツ矢は呆れて言った。
 「お前さんは、自分で思ってる程、弱くないんだ。間違っても、その力、人に向けんようにな」
 双魚は首振り人形のように、何度も頷いた。
 雑貨屋の亭主婦は、そんな二人の遣り取りに戸惑っている。先に亭主が気を取り直し、提案した。
 「まぁ、あれだ。まだこの辺の言葉はわからんのだろう? 言葉を覚えるまでは、一人で出歩かん方が、無難だな。余計な厄介事があるといかんからな」

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第04章.河口の街
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