■薄紅の花 04.河口の街-19.熱冷まし (2016年01月03日UP)
亭主が今年最後の仕事に出掛け、おかみさんが店に立つ。
双魚がいつも通り、薬を作る準備をするのを、三兄弟は子供のような目で見詰めていた。
今日の昼過ぎ、医院に納品する分は、既に用意ができている。今から作るのは、店での販売用だ。材料も、客が持ち込んだ物を使う。
三兄弟は、旅の薬師が乳鉢で地虫をすり潰すのを興味津々、見守っている。好奇心を抑え切れず、次男の白鮫(しろざめ)が口を開いた。
「薬師さん、そいつは何になるんで?」
「熱冷ましの飲み薬にするんですよ」
「釣り餌だぜ?」
三男の青波(せいは)が呆れた声を出す。長男の縞鯱(しましゃち)が、髭をしごきながら、弟を窘めた。
「まぁ、そう言うな。虫ならこないだ山程、運んだじゃねぇか。赤の染料の材料だっつってたぞ? 元が何だったかなんて、いちいち気にしてちゃ、着る物も食う物もなくなっちまうぞ」
ごつい兄に理路整然と諭され、三男が肩をすくめる。双魚は苦笑しながら、乳棒を置いた。
三兄弟は子供の頃、別の呼び名だった。
船乗りになってから万一に備え、船長の勧めで背中に大きな刺青を入れた。今は背負った図柄を呼称にしている。
双魚は小声で呪文を唱え、水を起ち上げた。手桶から水が伸び上がり、食卓の上を漂う。三兄弟が目を丸くして、声もなく水の動きに見入った。
双魚は水を容器の形にし、すり潰した地虫の粉をその中に開けた。乳鉢を置き、水の操作に集中する。水の器に入った地虫の粉を均等に行き渡らせる。赤茶色に染まった水から、固形分を床に置いた屑籠へ排出し、溶け込んだ成分だけを残す。薄赤い水から、溶け込んだ成分を分離し、白い皿に抽出した。清水に戻った水の器を手桶に戻し、この工程を終えた。
薬匙で慎重に量る。一回分の量を薬包紙に包み、細いペンで「熱冷まし」と書き込む。
地虫三十匹で、僅か二回分の熱冷ましにしかならない。作るのは簡単だが、素材を集めるのは大変だ。
双魚が完成した熱冷ましを箱に仕舞うと、三兄弟から溜め息が漏れた。青波が目を輝かせ、熱っぽく話し掛ける。
「凄ぇ……俺、魔法って初めて見た……双魚さん、あんた、凄ぇよ」
「え……いえ、あの……俺、そんな……」
「いやいや、凄ぇよ。いつもそうやって薬作ってんのか?」
「あ、はい、そうです」
三男の青波はしきりに「凄ぇなぁ」と繰り返す。双魚はむず痒くなり、兄達を視た。長兄と次兄も、末っ子と同じ目をして頷いている。双魚は諦めて、作業を続けた。
昼食前まで、三人は飽くことなく双魚の作業を見物した。