■薄紅の花 04.河口の街-33.白魔の害 (2016年01月03日UP)

 季節は移ろい、また、冬至祭の時期が巡って来た。
 暑い雪雲が何日も街にのしかかり、雪が積もった。
 温暖なこの街では珍しく、足首まで埋もれ、馬車の横転や人の転倒で怪我人が増えた。その分、医院と双魚は忙しくなる。
 雪が融けるまで、亭主の現場仕事は休みになった。だからと言って怠けず、亭主も水汲みや店番を手伝う。
 「こんなことで儲けても、いい気はしないからねぇ」
 おかみさんは、三割値引きして薬を売った。そのことで傷薬が飛ぶように売れ、三人は寝る間も惜しんで働いた。
 井戸端など、雪の間も人通りの多い場所では、半ば融けた雪が踏み固められて凍った。氷に足を取られ、怪我人が後を絶たず、転倒者がぶちまけてしまった水が凍り、更なる怪我人を呼んだ。
 双魚は毎朝、店から井戸までの路地裏の細道を術で除雪した。【操水】の術で雪を動かし、加熱して融かしながら運ぶ。雪融け水から、埃などの汚れを取り除いて井戸へ注ぎ、汚れは井戸端の共同屑入れに捨てた。

 北からの風に雲が流れ、薄日が射したのは、雪が降り出してから八日目のことだった。
 いつもなら、街は冬至祭の準備で慌ただしく、賑やかになる。
 今年は雪に閉ざされ、人影は疎らだった。その少ない人も、転ばないよう、足元だけを見てゆっくり歩く。俯いた人々は口数少なく、降り積もった雪を踏みしめて行った。
 雪雲が去り、雪が消えたのは冬至祭の三日前だった。
 これまでの遅れを取り戻すように、街に人が溢れる。
 双魚は一息つき、落ち着いた気持ちで、店番をした。

 双魚の働きで、雑貨屋近くの井戸周辺では、怪我人が出なかった。ついでに路地裏も清められ、雑妖も居なくなった。
 同じ井戸を使う人々には礼を言われたが、店に来る客の一部には、苦情を言われた。
 「なんであの井戸だけ雪を除けたんだ。俺んとこもやってくれりゃ、女房は怪我せずに済んだんだ。ズルイじゃねーか。傷薬売りつけようって魂胆か?」
 一気に捲し立てられ、双魚は困惑しながらも、正直に答えた。
 「それは……お気の毒だと思いますが、あの井戸は俺も使うから、除けたんです。体力と同じで魔力にも限りが……」
 「言い訳なんざ聞きたくねぇッ!」
 男は双魚を怒鳴り付け、説明を遮った。
 他に客はなく、おかみさんは市場へ、亭主は数日ぶりに現場へ出ている。
 「お情けでこの街に住まわせてやってんだぞッ! 化け物の分際で、人間様に意見する気かッ?」
 男の口から、唾と一緒に豆粒大の雑妖が跳び出す。
 「え……あの……」
 「お前が魔法で雪降らせてんじゃねぇのかッ? お前のせいで俺の女房は寝込んだんだっ!」
 「えぇッ? 違います。俺、【飛翔する燕】や【雪読む雷鳥】の術は使えません。あれは……」
 「言い訳すんなっつってんだろッ! 化け物風情が!」
 「化け物って……俺は……」
 真正面から化け物呼ばわりされ、双魚は後の言葉が続かなかった。
 「誠意見せろよ! 誠意ってもんをよ!」
 「えっ? あの……誠意って……?」
 「誠意っつったら、アレしかねぇだろッ! 化け物にはそんなことも……」
 「ごめんなすってよ。……お、今日は兄ちゃんか。いつものアレ、あるかい?」
 入って来たのは、近所に住む五十過ぎの男だった。先客に気付かないかのように、左手の指先で右手の甲をさすりながら、双魚に聞く。
 「あ、はい。ちょっと待って下さい」
 男は大きな店の料理人だ。いつも手荒れを防ぐ薬を買いに来る。皸(あかぎれ)になってしまえば、傷薬を使うしかないが、そうなる前なら、もっと安価な薬で間に合う。
 赤鍋亭は、何人もの皿洗いを抱える店なので、定期的に補充しにくるのだ。
 双魚は取り置きを出しに、倉庫へ引っ込んだ。思いがけない助け船にホッと息をつく。先客が何も言わずに店を出る。
 「お、じゃ、確かに」
 支払いを終え、一呼吸置いて、料理人は付け加えた。
 「兄ちゃん、災難だったな。外まで聞こえてたぞ」
 「あ……ありがとうございます」
 「いやいや、礼には及ばん。俺は薬を買いに来ただけなんだから」
 料理人は軽く言って笑った。声を潜め、真顔に戻って付け加える。
 「あのな、買物のついでだ。ひとつ教えといてやる。あの手の輩は、難癖付けて金品巻き上げようって手合いなんだ」
 「えっ?」
 予想もしなかった言葉に、双魚は言葉を失った。
 難癖を付けることで相手から金品を得る、その発想自体が双魚の中になく、理解に少し時間が掛かった。
 そんな人物を相手に、どう対応すればいいのかわからず、強張った顔で大柄な料理人を見上げる。
 「兄ちゃん一人であしらえるもんじゃねぇ。あぁ言う時は、『自分じゃわからんので、店長に相談して下さい』っつって、猫島さんが帰るまで、相手すんな」
 「え……でも……」
 先程も、説明に耳を貸さず、怒鳴り散らしていた。料理人が来てくれなければ、どうなっていたことか。
 困惑する双魚に、料理人は厳しい表情で説明を続ける。
 「何を言われても『店長に言って下さい。自分じゃわかりません』の一点張りで押し通すんだ」
 「え……でも……」
 「居座って、あんまり商売の邪魔立てするようなら、官憲に突き出すって言うんだ」
 官憲がそんな「迷惑な客」まで引き取ってくれると言うことは、キートではありふれた事件なのだろう。もしかすると、まだ子供の双魚が知らなかっただけで、王都コイロスでも、そんな人は居たのかもしれない。
 「一遍でもカネ出したら、味を占めて何回でも集(たか)りに来る。後ろ暗いとこがあるから、他の客が来たら逃げる。小物なんだよ」
 「はい。ありがとうございます」
 料理人はにっこり笑い、ゴツイ掌で双魚の頭をガシガシ撫でて帰った。
 双魚は、誰も居なくなった店で考えた。
 確かに、口から雑妖を吐くのには驚いた。だが、どれも小さくて弱い。
 現に、小声で【退魔】を唱えると、それだけで消えた。
 根っからの悪人ではないような気もする。妻が怪我をして、気が立っているのかもしれない。妻の怪我を、誰かに八つ当たりしたいだけなのかもしれない。
 誰かに八つ当たりしたところで、怪我は治らない。そんなことの為に、他人にあれだけの暴言を吐ける……あわよくば金品を巻き上げようとするなど、矢張り、碌な人物ではないのかもしれない。
 料理人が言ったように、悪人の中でも「小物」なのだろう。

 夕食後、雑貨屋夫婦に今日の出来事を話す。二人は眉を顰めた。
 「おいおい、穏やかじゃねぇな」
 「他に酷いこと、されなかったかい?」
 「俺は大丈夫です。でも、話が途中だったから、また来るかも知れません」
 「そうだな……暫らく店番は休んでくれ。買出しは、俺が帰りに寄るから」
 「……すみません」
 「双魚さんが謝るこっちゃない。悪いのは、タカリだ」

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第04章.河口の街
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