■薄紅の花 04.河口の街-47.祭と別れ (2016年01月03日UP)

 三人は雑貨屋に戻った。
 三ツ矢は留守番中、「暇だったから」と【操水】で店の掃除をしていた。
 双魚も外套を羽織り、背負い袋を持つと、水を起ち上げた。窓を開け、風を通し、三年暮らした部屋に水を走らせる。
 二階の汚水を洗い流し、一階へ。
 三ツ矢も手伝い、瞬く間に汚れが落ちる。台所、廊下、倉庫。夫婦の部屋は遠慮する。
 ここ暫らくの忙しさで、掃除もままならなかった。家を清め、最後のお礼をする。
 「三ツ矢さんまで……ありがとう。すまんな」
 「もう出発なのに、こんなことまでしてもらって、すまないねぇ」
 「なぁに、いいってことよ」
 「いえ、もう出発だから、するんです。ありがとうございました」
 双魚は水の汚れを屑籠に捨て、水を瓶に戻した。互いに頭を下げ合い、何となく気恥ずかしくなって、外へ出る。

 四人が神殿の広場に着くと、既に儀式が始まっていた。
 人がいっぱいで、立錐の余地もない。四人は広場の外から、遠目に見た。背の低いおかみさんには、他人の背中しか見えない。
 「あんまり見えねぇし、そろそろ行くか」
 亭主が促し、大通りを広場とは反対の方向へ向かう。
 大通りの行く人は疎らだ。神殿の広場か、祠か、儀式を行う井戸などに集まっている。
 双魚は改めて、キートの街並みを目に焼きつけながら、石畳が敷かれた大通りを歩いた。
 最も長い日の明るい光を浴び、キートの街は輝いている。昨日の大掃除の効果もあってか、雑妖も見当たらない。
 赤茶色の屋根、白い壁、石畳、街路樹は青々と葉を茂らせ、風にそよいでいる。
 軒を連ねる店の大半が閉まっているが、飲食店は開店の準備をしていた。店の入り口や食卓の上に、常緑樹の小枝を差した小瓶を置いている。
 四人は赤鍋亭に入った。
 白壁で、食卓布も白、床の木目が目に優しい。落ち着いた雰囲気の店だ。
 開店直後だったが、もう何組か客が入っている。
 給仕の一人が、厨房に声を掛けた。すぐに料理人が、前掛けで手を拭きながら出て来た。
 「よく来てくれた。すぐ用意するから、こっちで待っててくれ」
 奥の席へ通される。続々と客が入り、何人もの給仕が、広い店内を駆けずり回っている。
 程なく、双魚達の席にも料理が運ばれてきた。
 染みひとつない食卓布の上に、白磁の皿が置かれる。
 一枚の皿に、香草と共に蒸した白身魚、野菜炒めと、揚げた海老、野菜を練り込んで焼いたパン、瑞々しい果物が乗っている。
 別の給仕が、飲み物を運んできた。果汁を水で割ったものだ。
 昼はこの一式だけを提供しているらしく、どの食卓でも同じ料理を食べている。
 「えー……じゃあ、まぁ、アレだ。……それぞれの旅立ちに……乾杯!」
 亭主が音頭を取り、白磁の盃を合わせる。乾いた喉を甘酸っぱい飲み物が、心地よく潤し、下って行く。
 人気の店だけあって、双魚がこれまで、宿や食堂で食べて来たどの料理よりも美味かった。
 客席はあっという間に埋まり、相席も出ている。入れ替わり立ち替わり客が入り、赤鍋亭は大繁盛だった。
 あまり長居する訳にも行かず、四人はそそくさと食事を終え、会計をした。
 会計係が、亭主にそっと耳打ちする。
 亭主は目を丸くし、口の動きだけで「いいのか?」と確認した。
 会計係が深く頷く。亭主は財布から銀貨を一枚出して、他の客に気付かれないよう、係に握らせた。
 「ありがとうございました」
 「ごちそうさまでした」
 決まり文句ではない、真に心の籠った言葉を交わし、店を出た。
 ゆっくりと東門へ向かう。
 亭主は店から充分、離れたところで、呟いた。
 「半額に負けてくれた」
 双魚は驚いて振り返った。
 店はもう見えない。立ち止まって店の方向へ頭を下げ、再び歩きだす。

46.報恩の日 ←前 次→  48.東の街道
第04章.河口の街
↑ページトップへ↑

copyright © 2016- 数多の花 All Rights Reserved.