■虚ろな器 (うつろなうつわ)-50.呪い (2015年04月05日UP)

 恨まれた事を知った所で、何がどうなると言うのか。そもそも、他人の恨みを買う事を気に病む者なら、こんなバカげた事はしないだろう。
 年旧(としふ)りし魔法使いは、底意地の悪い笑みを浮かべ、犯人の今後を語った。
 「お前達が何もしなくても、勝手に呪われたと思い込んで、常に呪いの影に怯えて暮らす。何かよくない事が起こる度に『呪いのせいだ』と精神をすり減らして、いい事が起こっても『いつ、この幸せを呪いに奪われるか』と怯える。一生、だ」
 「一生……」
 誰かが呆然と呟く。

 何かに気付いた〈火矢〉が、確認するように質問した。
 「自分で自分に一生解けない呪いを掛けたって言う事ですか?」
 「一生、気が休まらなくて、何も楽しめなくなったんですか?」
 「それって、ありもしない呪いを解く為に、インチキ霊能者とか、ヘンな新興宗教に貢いだりとかも、オプションで付いてきますよね?」
 先生が答えるより先に〈雲〉と〈樹〉が質問を追加する。
 年旧りし魔法使いの先生は、せせら笑った。
 「その通りだ。本当に視る力のある人は、呪われていない事を正直に告げるが、奴らは気休めだと思って信じない。で、詐欺に引っ掛かる。どいつもこいつも、そうだった」
 先生は、目の前に居ない誰かを嘲っていた。
 「酒が入れば、誰彼構わず、恨み事と愚痴を垂れ流す。自分の行いを棚に上げて、呪われた自分を助けろってな、身勝手な要求のオマケ付き。皆、愛想を尽かすか、呪いのとばっちりを恐れて、奴らから離れて行く。で、孤立と孤独の行きつく先は……」
 科学文明国で百年を過ごした魔法使いは、両手を広げてお手上げのポーズをとった。

 呪ってなどいないと言っても、信じない。
 ありもしない呪いを解く事はできないが、それも信じない。被害者面で罵り、化け物呼ばわりしたその口で、呪いを解けと頭ごなしに命令し、縋りつく。
 恨みを買った者を殺すのは呪いではなく、自身の身勝手な思い上がりだ。
 自分の耳に心地よい言(こと)以外は聞かない。
 自分に苦言を呈する者は絶対許さない。偉そうに煩い。
 自分は誰に何をしても、必ず許される。
 自分は決して苦しめられてはならない。迷惑掛けるな。
 自分はその時その場が楽しければいい。
 自分は何事にも、責任を負わずに済む。ノリで済ます。
 自分のノリに追従しない奴は要らない。
 自分をちやほやする者だけ居ればいい。皆で楽しもう。
 自分の為に面倒事は誰かが何とかする。
 自分に尽くさない、使えない奴はクズ。生意気な奴隷。
 自分は特別な存在だから楽して得する。
 その身勝手な要求が満たされず、見放され、「自分は特別な存在ではなかった」と気付かされた時、自らが、「虚ろな欲の器でしかない自分」を被害者面で滅ぼすのだ。

 常識っつーかさ、普通に考えりゃ、わかるよな。
 志方は溜め息を吐いた。
 魔法使い全員が、ちょっとした事でいちいち他人を呪う事など、ありはしない。車の運転免許を持つ人が、必ずしも喧嘩相手を轢き殺す訳ではないのと同じだ。
 呪符一枚作るだけで、あんなに苦労したのだ。魔法を使うのは、アクセルを踏み込む程、簡単な事ではない。
 それでも、魔法使いであるだけで、呪いを実行する力を持つだけで、力を持たない者達には、そう言う目で見られるのだ。
 この国で生まれた幼い魔法使いと、魔力を持たない見鬼は勿論、何の力も持たない多数派に属する〈樹〉も、先生が味わわされた悲しみを知り、言葉を失った。
 「お前達もこの先、魔法使いや見鬼と言うただそれだけで、忌み嫌われる。魔法文明圏に行けば、科学文明圏の血を引くと言うだけで、バカにされる。どっち付かずの蝙蝠だと言う事を肝に銘じておけ」
 先生は、志方が外で散々味わわされた世間の汚さを、改めて口にした。
 そんなコト、知ってるよ。俺達はどうすりゃいいんだよ? 目を潰せばいいのか?
 雑妖が一匹も視えない結界の中で、見鬼の志方は除祓概論の先生を見た。先生が哀れな子供達を見詰める目には、小さな光が揺れている。
 力を持たない「普通」の人々から、事ある毎に加害者に仕立て上げられ、蔑まれ、化け物呼ばわりされて何故、百年もこの国に留まったのか。
 志方達は、知る由もない。

 両輪の国ルニフェラ共和国の血を引く〈柊〉が立ち上がった。
 「魔力を捨て去る事なんてできません。それが可能なら、こんな学校、要りません」
 「……そうだな。お前達は、いい時代に生まれた。魔力の制御方法を教える学校があり、ここで生きて行く為の仕事があり、少しは世間の理解も進んだ。そもそも、ここにも魔法使いを差別しない人が居るから、お前達は生まれたんだ」
 幼い魔法使い達を見て、先生は微かに声を震わせた。純粋な日之本人の志方達も、様々な色の髪をした級友達を見た。
 年旧りし魔法使いの先生は手振りで〈柊〉を座らせ、細くゆっくり息を吐くと、厳しい顔で畳みかけるように言った。
 「職業と血筋は隠し通せ。仕事でどうしても必要な場合を除いて、誰にも自分の力を知られるな。誰にも気を許すな。どうしても結婚したい相手が現れたら、頃合いを見て教えるんだ。早まらず、そいつの家族の反応も見て、それから決めろ」
 家族と聞いて、着席した〈柊〉が硬直する。先生はそれに気付かないフリで、言葉を続けた。
 「魔法使いの爺から、若いお前らに贈る、楽に生きる為の……ちょっとしたコツだ」
 先生は笑おうとして口の端を歪めたが、巧くいかなかった。震える声で授業の終わりを告げ、逃げるように教室を出て行く。
 「ちょっと早いが、今日はもういい、喋り過ぎた」
 戸をくぐる瞬間、先生の頬を滴が伝うのが見えた。
 遠ざかる足音を聞きながら、志方は自分の進路のその先、人生そのものについて、考え始めた。
 夏休み、実家に帰るまでには、雰囲気だけでも親に説明できるよう、考えをまとめておきたいと思いながら。

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