■虚ろな器 (うつろなうつわ)-07.実技 (2015年04月05日UP)
「空き家の大掃除だ」
「は?」
皆の心がひとつになった。
担任は真面目な顔で説明を続ける。
「担当の〈双魚(そうぎょ)〉先生から、詳しいお話があるだろうが、ざっと説明すると……」
学院から車で三十分程の山中に廃村がある。二十戸足らずの小村で、昨年、最後の一世帯が街に引越し、無人になった。
村の家屋はいずれも築百年前後の古民家だ。徳阿波県の古民家活用プロジェクトに賛同した企業が、村を丸ごと買い取った。村をそのまま活かした滞在型リゾートにする予定だが、現地調査の結果、霊的瑕疵が見つかった。
霊的菓子……何だそれ? 食ったら美味いのか?
何の事やらさっぱりわからない志方は、明後日な方向に考えが飛んだ。そろそろ腹が減ってきたせいでもある。
担任教諭は、志方を置いてけぼりにして、説明を進めた。
「その霊的瑕疵を取り除くのが、今回の試験内容だ」
「先生、霊的瑕疵って、具体的に何が見つかったんですか? 住人の方は、そのせいで引越されたんですか?」
また、委員長の〈柊〉がクラスを代表して質問する。〈匙〉教諭は少し迷ったものの、結局、生徒達に詳細を語った。
「……まぁ、いいだろう。雑妖と雑霊の排除だ。退魔師になれば、殆ど日常業務と言ってもいい。不動産や清掃の業者に委託される業務だ。ま、簡単に言えば、霊的な掃除だな」
途端に教室がざわつく。担任はそれをニヤニヤ眺める。
霊的な掃除……
志方は、山奥の古刹で老僧に言われた事を思い出した。
物理的に場を清める事で、霊的にもお清めになる。神社仏閣が常に掃き清められているのは、その為だ。
不浄な物を知覚しても、自分の心を穢さず守る。神社ではそれを「六根清浄(ろっこんしょうじょう)」と言うらしい。寺なのに、何故かそんな説明までされた。
その後、掃除のコツを丁寧に教えられ、志方は二泊三日の間、お清めの実践と称して、ひたすらお寺の雑巾掛けをさせられ、筋肉痛になった。
確かに、これまでの実感として、部屋の掃除をマメにしていた時期と、サボった時期では、前者の方が暮らしやすかった。
外で訳のわからない雑妖に絡まれても、そいつが部屋に留まる期間は短く、そもそも絡まれ難かった。逆に掃除を怠っている時期には、絡まれやすく、奴らも掃除するまで出て行こうとしなかった。
老僧の言う通り、掃き清められた部屋は、雑妖にとって居心地が悪いらしい。
退魔師って、そんな仕事なんだ……
想像していたよりずっと身近で、泥臭い。実態を知った事で、志方は急に、退魔師が現実的な職業のような気がしてきた。
眼鏡女子の〈柄杓(ひしゃく)〉が、手を挙げて発言する。
「それって、学院が清掃業務を請負ったって事ですよね? バイト代、出るんですか?」
生徒達の視線が、黒髪の小柄な少女に集まる。
「いや、会社が装備代を出してくれて、それでチャラだ。君達の小遣いにはならない」
「装備?」
担任の無情な説明に落胆する同級生を他所に、志方は別な事に心が囚われた。担任が志方の困惑に気付き、付け加える。
「呪符と、魔力を籠めた水晶だ。これがあれば、魔力がなくても魔法が使える」
志方は思わず、隣の〈樹〉に目を遣った。〈樹〉は目を輝かせて説明に聞き入っている。
「但し、どちらも非常に高価だ。しっかり予習して呪文を覚えて、心して使うように」
「あれっ? 呪符って〈筆(ふで)〉先生が作ってくれたらタダになるんじゃないんですか?」
〈柄杓〉が首を傾げる。〈匙〉先生は苦笑混じりに否定した。
「〈筆〉先生が作って下さるから、実費だけで済むんだ。ちゃんとした呪符は、材料費だけでも、それなりにするからな」
「あぁ……」
「そりゃそうだよな」
神社の子二人は、その説明でピンと来たらしく、しきりに頷いている。質問した〈柄杓〉と〈樹〉も、それで納得した顔になった。他の同級生は、何を言っているかわからない、と言いたげに首を傾げ、互いに顔を見合わせている。
「ん? 難しいか? もうちょっと、ちゃんと生活科の勉強しろよ。赤点取っても知らんぞ。特に金に関する事はしっかりしてないと、卒業してから生活できないと思え」
首を傾げていた生徒達は、担任の脅しに背筋を伸ばした。
試験前で部活は休みになり、放課後は寮に直帰した。
管理人室の前で、男女が左右の廊下に分かれる。〈柄杓〉と〈榊〉が談笑しながら左手の女子寮に入って行く。志方は思わず声を掛けた。
「ちょっ……! 待てッ! えーっと……ナ……いや、サカキ? だっけ?」
「ん? 何か用?」
女子寮の戸口で〈榊〉が足を止め、振り返った。背中に垂らした三つ編みが揺れ、艶やかな黒髪が数珠のように煌めく。
「いや、あのさ、そっち、女子寮……だよな?」
「うん。で?」
「えっ……でって……あのさ、入って、いいのか?」
男子禁制、乙女の花園とか言う奴じゃないのか?
小柄で華奢な〈柄杓〉が先に察し、笑いを堪えながら言った。
「ここの制服、女子はズボンとスカート、好きな方を選べるから」
「あぁ、ハイハイ、どうせ私は声が低い。おまけにガサツで、お兄ちゃんに『そんな巫女居ねぇ』などと言われておる。だが、女子にはモテモテだ! どうだ? 羨ましかろう?」
漸く質問の意図を理解し、〈榊〉がやさぐれる。長身で胸は控えめ、顔立ちも凛々しい。確かに女子高なら、バレンタインにチョコが殺到した事だろう。
「あ、いや、その、質問あってさ、委員長、女子だしさ、俺、そっち、聞きに行ってもイイのかなーって……」
志方は、おちゃらけて笑ってみせる〈榊〉が、目を不快感と怒りに翳らせている事に気付き、慌てて言い繕った。
「何言ってんの! ダメに決まってんじゃない!」
「ダメダメ! 絶対ダメ! 明日学校で聞いて!」
〈柄杓〉と通りすがりの〈三日月〉が、両腕を広げて女子寮への通路に立ち塞がった。使い魔の三毛猫梅路までもが耳を伏せ、毛を逆立てて威嚇する。
やっぱ、男子禁制、乙女の花園なのか……
「侵入者は鉄拳制裁の上、女子全員で呪う。そのつもりでな」
〈榊〉に凄まれ、志方は民芸品の赤べこのようにカクカクと首を振った。生徒達が忍び笑いを漏らしながら通り過ぎる。
「あの、僕でよかったら説明するから……ね?」
副委員長の〈雲〉が、彼女らの剣幕に怯えながらも、志方の肩に震える手を置いた。その助け船に飛び乗り、志方はその場を離脱する。
「そ、そうか! い、いゃあ、流石、副委員長! 頼もしい!」
開け放しの男子寮側の戸を抜け、階段を一気に駆け上がり、自室の前でホッと一息吐く。付き合わされた〈雲〉は、階段を昇り切った所で膝に手を置き、呼吸を荒げていた。
「うゎ、すまん、大丈夫か?」
「……だっ大丈夫……ちょ……ちょっと、待ってて」
掌を向けて志方を留めると、〈雲〉は軽く咳込みつつ自室前に移動し、扉を開けて鞄を放り込んだ。呼吸を整えながら、志方の部屋の前までゆっくり歩いて来る。両者は二つ隣で、〈輪〉と〈雲〉の間には〈梛〉の部屋があった。
「えっと、で、質問って?」
「おっおう、まぁ、入ってくれ」