■虚ろな器 (うつろなうつわ)-14.勉強 (2015年04月05日UP)

 放課後すぐ、志方は副委員長と共に〈樹〉の部屋に集まった。副委員長〈雲〉に言われ、教科書とノートの他、机の上にあった細長い木箱も持ってきた。
 教科書と一緒に置いてあった木箱の中身は、呪符作成用の銀のペンだった。軸とペン先に分かれる。軸一本と替えのペン先が十二本。軸とペン先にはそれぞれ、文字のような紋様が入っていた。
 志方の隣室は、さっぱりしていた。今春入ったばかりである事を差し引いても、同い年の男子の部屋としては、珍しいくらい清浄だ。
 学校全体が結界だから、と言うのもあるのだろうが、神社仏閣を思わせる清廉な空気に満ちていた。掃除が得意と言うのは、本当らしい。
 部屋に入ってすぐ、床に車座になって勉強会が始まった。
 志方は一言も聞き漏らすまいと、かつてない程、意識を集中する。〈樹〉は志方に一言断って、真新しい教科書の該当ページに付箋を貼り、蛍光ペンで重要な個所に印を付けた。ペンの持ち方のコツから始まり、呪符の素材や呪符作りの要点を簡潔に語る。

 小一時間で今学期分の復習が終わり、副委員長の〈雲〉が嘆息した。
 「……流石、勉強になるなぁ」
 「いやぁ、俺、皆と違って勉強しか、能がないし……」
 「いやいや、すっげーわかりやすい。ド素人の俺でもさ、何かわかったもん。そんだけできりゃさ、充分スゲーよ。占い師だけじゃなくてさ、先生もできるんじゃないか?」
 〈樹〉は謙遜したが、志方は素直な気持ちで称賛し、礼を述べた。
 「ありがとう、お陰で何とかなりそうだ」
 「どういたしまして。本番でも頑張ろうな」
 〈樹〉が、はにかんで右手を差し出す。志方はその手をしっかり握り、何度も頷いた。出会ってまだ二日しか経っていないが、ずっと以前から友達だったような気がする。
 志方は、不思議な気持ちで〈樹〉を見た。

 外部生の〈樹〉は、魔力も霊視力もない。科学文明国である日之本帝国では、多数派に属する。志方達とは、別世界の住人の筈だ。なのに、敢えてこちら側の世界に身を置き、志方達を異物扱いしない。
 テストが終わったら……いや、もうちょっと仲良くなってから、聞いてみるかな?
 今は、試験に集中しなくては、自分が足を引っ張って皆を災難に巻き込みかねない。準備不足の試験の成績は、もうどうでもよかったが、それだけは何としてでも避けたかった。
 「あ、そうだ。先生が言ってた虚ろな器ってさ、何? どういう物?」
 「ん? あぁ、それ、単なる空き家とか空き箱とかをまとめてそう呼んでるだけだよ」
 あっさりした説明に拍子抜けした。
 志方の反応を意に介さず、〈樹〉が言葉を重ねる。
 「空っぽの容れ物に入りたがるんだよ。実体がないから、体が欲しくて。だから、もし、人形とかが残ってても〈輪〉君は触らない方がいいよ。影響受けやすい性質みたいだし」
 「えっ? 人形?」
 志方の脳裡に、永らく住む人のない古家の暗がりで、市松人形がポツンと佇む絵面が浮かぶ。埃が降り積もった板の間に人待ち顔で立っている。肩で切り揃えられた黒髪は艶やかで、赤い花模様の振袖には、塵ひとつ付いていない。灯がないにも関わらず、人形の白い顔と振袖の模様が、暗闇にはっきり浮かび上がる。
 薄暗い想像に肌が粟立った。
 「人形って、人の形してるのに、魂が入ってないから、空き容器と同じなんだよ」
 カレーの作り方のコツでも語るような調子で、恐ろしい事を語られ、志方は言葉を失った。〈雲〉が、勉強道具を片付けながら言う。
 「そろそろ晩ご飯だよ」
 その明るい声で呪縛が解け、志方はバタバタと片付けた。

13.呪符 ←前 次→ 15.犠牲
↑ページトップへ↑

copyright © 2014- 数多の花 All Rights Reserved.