■虚ろな器 (うつろなうつわ)-19.父娘 (2015年04月05日UP)
女子寮の自室の扉を閉め、〈柊〉は携帯の電源を入れた。今日も、受信ボックスに父からのメールが来ている事に、ホッとする。
件名:テスト頑張れ
本文:アマビリス、今日も暑いが、元気に頑張っているか?
明日はいよいよ、実技テストだな。体に気を付けて頑張れ。
アマビリスは頑張り屋さんだから、きっと上手くいく筈だ。
雑妖だか何だか知らんが、そんなものに負けるな。頑張れ。
もし、班の子が困ってたら、アマビリスが助けてやるんだ。
班長だし、誰よりも成績がいいんだ。絶対勝てる。頑張れ。
警察の退魔師になるんだったら、尚更、負けるな。頑張れ。
きっと上手く助けてやれる。強いんだから皆を守ってやれ。
夏休みが始まったら、すぐ迎えに行く。
今回のテストもきっと一番だ。藤江家の皆を見返してやれ。
会えるのが楽しみだ。それまで寂いしいだろうが、頑張れ。
〈柊〉こと藤江(ふじえ)アマビリスは、溜め息を吐いて、そっと携帯の電源を落とした。
父が自分を気に掛け、励ましてくれるのは嬉しい。が、何かが違う。何が違うのかわからないが、返信する気になれず、充電器に挿した。
もし、テストの成績が一番ではなかったら、父はどんな顔をするのか。アマビリスは、考えたくもなかった。
アマビリスの父は、親戚一同から、ルニフェラ共和国出身の母との結婚を反対されたらしい。ルニフェラは、ディアファナンテの近くにある両輪の国だ。
母が魔力を持っていない事を根拠に、父がやっとの思いで説得して結婚した。
数年後、母はお産で亡くなった。親戚達は父の子育てを手伝い、何かと世話を焼いてくれたらしい。アマビリスも、祖父母から可哀想な子扱いされ、甘やかされた事を朧げながら覚えている。
母には魔力がなかったが、アマビリスは、隔世遺伝で魔力を持って生まれた。保育所の検診で、魔力がある事がわかった途端、藤江の親戚から化け物扱いされた。それまでの援助を打ち切られ、父は男手ひとつでアマビリスを五歳まで育てた。
アマビリスの誕生日は、母の命日でもある。
父は母を偲び、残された一人娘を「アマビリス」と名付けた。「可愛い」と言う意味を持つ、ルニフェラではありふれた名だ。日之本帝国では奇異な名だが、そう言う事情では、誰も文句を言えなかった。
文句を言えない代わりに、父が居ない場所では、こそこそと陰口を叩かれた。どうせ日之本で暮らすなら、似たような意味の「愛子」にでもすればよかったのに、と。
「あんな陰口に負けるな。頑張って、他の誰よりも偉くなって、見返してやれ」
父は、何かある度に、後でそう言って励ましてくれたが、実家と縁を切る気はないらしく、親戚を窘めてはくれなかった。
この試験が終われば、もう少しで夏休みが始まる。
父に会えるのは楽しみだが、夏休みと冬休みに父の実家に帰省するのは、アマビリスにとって、気が重い行事だった。
卒業したらイヤな親戚とは縁を切る。
頼りにならない父は、アテにしない。
この学院には……日之本帝国には、身内以上にお世話になった。
国に恩返しするために公務員になる。公務員になって、国の後ろ盾を得たら、国の名を汚さないように、ちゃんと生活する。
その為には、この試験もこれまで通り、完璧にこなさなければならなかった。