■虚ろな器 (うつろなうつわ)-21.廃村 (2015年04月05日UP)

 マイクロバスが、木の枝が覆い被さる細い道に入る。暫く行くと舗装が途切れ、土の道になった。踏み固められた道に夏草が生え、緑のセンターラインになっていた。
 シャワシャワシャワシャワ……
 熊蝉の大合唱に空気が揺れている。
 村は、山の斜面を拓いた細長い集落だった。古民家と言われ、藁葺き屋根を想像していたが、いずれも瓦屋根だった。台風対策だろう。
 曲がりくねった道路沿いに家が点在する。集落を貫く道路は、アスファルトではなく、砂利が敷き詰められていた。タイヤが道を踏みしめる音が変わる。道路を挟んで斜面の上下に家が散らばり、斜面の下には棚田が刻まれていた。

 村の家々は、いずれも木造平屋建てで、年季の入った土壁は、近年までしっかり手入れされていたのか、状態がいい。雨戸が閉ざされている為、中の様子はわからないが、思っていた程、外観が荒れていない事に志方達はホッとした。
 視界の端、家の陰で雑妖が蠢いている。約二週間ぶりで目にした雑妖は、殊更に醜悪だった。志方は連中と目を合わせないように、なるべく日向に目を向けた。
 村で一番大きな家が本部だった。道路を挟んで村の広場と向かい合って建ち、斜面を背にしている為、日当たりがいい。
 事務員が、玄関の引戸に「本部」と印刷されたA4サイズの紙を貼った。紙の白さが眩しい。その両隣二軒ずつ、計四軒も浄化済みの安全地帯になっていた。安全地帯も斜面を背にしている。

 「委員長がA班、副委員長がB班。それぞれ担当の家の玄関にA、Bって貼っておく。掃除する場所を間違えないようにな。これ、この辺の地図」
 相変わらず眠そうな目で〈双魚〉先生が説明し、〈柊〉と〈雲〉に一枚ずつ、A4の地図を手渡した。
 「塩とゴミ袋が足りなかったら、本部に取りに来い。水は、各家の簡易水道が使える。広場の井戸も現役だ。好きな方を使え。あー、但し、そのまま飲むんじゃないぞ。ハラ壊すから。喉が乾いたら、本部に麦茶飲みに来い」
 「熱中症になるといけませんから、水分補給は小まめにして下さい」
 養護の〈白き片翼〉先生が補足した。
 生徒達は、長袖のジャージ上下とマスク、軍手、運動靴、体操帽、首にタオル、腰にウェストポーチを付けた暑苦しい恰好だ。
 「十時から始めて、十二時になったら一旦休憩。本部に弁当食べに来い。で、一時までは昼休みだ。六時になったら、終わらなくても撤収。学院に帰る。何か質問は?」
 生徒達は互いに顔を見合わせた。志方が腕時計に目を落とすと、午前九時三十八分だった。蝉の声に雑妖のざわめきが混じる。
 「ないか? ないな? 作業中でも、わからない事があれば、聞きに来ていいぞ。ま、呪文は教えてやらんがな」
 生徒達は、手に手にバケツ、雑巾モップ、箒、ちりとりを持ち、緊張した面持ちで次の言葉を待つ。
 「じゃあ、十時まで打ち合わせでもしとけ」

 どうでもよさそうに言われたが、生徒達は額を寄せあい、真剣に話し始めた。
 最初に、昨日の打ち合わせ通り、班長の〈雲〉が呪符と水晶を配る。
 まず、【防火】と【灯】が各一枚、【魔除け】三枚が、基本セットとして全員に配られた。数が足りず、〈雲〉だけは【魔除け】が二枚。
 志方には基本の他、【退魔符】が一枚と水晶一個。術を起動する呪文を覚える時間がなかったので、呪符の受け持ちは四種類だ。
 呪符は魔力なしで術を発動できる為、魔力を持たない〈榊〉、〈樹〉、志方〈輪〉に手厚く配分されている。水晶の残り二つも、魔力を持たない班員に配られた。
 〈樹〉と〈榊〉はそれぞれ六種類。基本セットに【炉】、【鍵】を加えた五種類と〈樹〉が【魔滅符】、〈榊〉が【消魔符】を持つ。
 自力で術を行使できる〈雲〉と〈火矢〉は、基本セットのみ。使い魔に魔力を供給する分、他に回せない〈渦〉は、基本に【鍵】を加えた四種類を受け持つ。
 それぞれ、呪符を確認すると、ウェストポーチに仕舞った。ポーチには、ハンカチ等と一緒にゴミ袋と塩も入っている。〈樹〉が、何故か声を潜めて言う。
 「物理的な掃除は、俺に任せてくれ」
 「じゃあ、私と〈雲〉君は、仕上げに水で丸洗いするね」
 魔法を使える〈火矢〉の言葉に〈雲〉が頷いた。〈渦〉が、のんびりと白蛇を撫でながら続ける。
 「それでー、大体キレイになるけどー、スキマとかに残ってないかー、銀条ちゃんに視てもらうねー」
 「物理的な清掃が終わったら、私が塩と箒で掃き清める。あ、勿論、掃除もする」
 「まぁ、まずは全員で【魔除け】を使って、雨戸を全部開けて換気して、皆で物理の掃除をする。それから雑妖を祓う、でいいね」
 班長の〈雲〉が手順を確認した。

 A班も手順の確認をしていた。神社の子〈梛〉が、掃除の説明をする。
 「まず、雨戸と窓を全部開けて、換気する。ついでに陽光も入るから、それだけでも弱いのは散る」
 幼稚舎から居る面々が頷く。境内のお清めで、A班の中では掃除に詳しい。〈梛〉の言葉には、説得力があった。
 「奥の部屋から順に箒で掃き清める。掃除は上からやるもんだから、天井と壁を掃いてから、床な。掃き掃除が終わったら、雑巾掛け。モップが届かない所は、〈柊〉さん達に魔法でやってもらう。いい?」
 「勿論です」
 「うん」
 〈柊〉と〈森〉が、元気よく応じた。こちらの班でも、使い魔が居る〈三日月〉と〈水柱〉は、魔法を使わないらしい。呪符の束をポーチに押し込んでいる。
 「物理的な掃除が終わったら、箒を洗って、床に塩を撒いて、掃き清める。それで完了」
 「一応、安全地帯、作っとこっか? 掃除するお家のすぐ傍に簡易結界作って」
 「そだね。梅路と玄太ちゃんは、お外でお留守番だもんね」
 〈柄杓〉の提案に〈三日月〉が同意する。主人にだっこされた三毛猫型の使い魔梅路は、聞いているのかいないのか、目を閉じていた。

 乗用車が砂利道に侵入してきた。梅路が耳だけをそちらに向ける。マイクロバスの隣に駐車し、三人の男性が降りてきた。志方達が何事かと視線を注ぐ。
 担任の〈匙〉先生が説明してくれた。
 「村を買った会社の偉い人達だ。除祓を見学したいそうで、急に来る事になったんだ」
 「……素人……ですよね? 危なくありませんか?」
 委員長が眉根を寄せた。幾分か、見世物扱いへの不快感も含んだ視線で、乗用車から降りてきた年配の男性達を視ている。
 先頭を歩く男性がスーツの上着を腕に掛け、もう一方の手を挙げて鷹揚に挨拶する。数歩離れて後ろを歩く二人は、軽く頭を下げ、会釈した。
 「おはようございます。間に合ってよかった。名前、ダメなんだってね? 会社名も言わない方がいいのかな? あー……私は、この村を買った……えー……不動産屋の専務です。君達、除祓師の卵の活躍、楽しみにしてますよ。頑張って下さい」
 除祓師を目指す者ばかりでもないのだが、そんな事は意に介さない性格なのか、情報伝達に齟齬があるのか。
 専務は柔和な笑みを浮かべ、一方的に励ますと、玄関から本部に入った。

 「あー、そろそろ、始めるか? その前に手袋脱いで、本部で鏡に触って行け」
 試験開始六分前。〈双魚〉先生が、何事もなかったかのように声を掛けた。
 縁側の雨戸と障子が開け放たれ、古い姿見が置いてあった。畳の部屋には不似合いな装飾が施されている。よく見ると、装飾は古代の文字らしい。志方の知識では、意味はわからない。縁には、水晶なのか硝子なのか、淡い光を宿した玉が十二個、配されている。
 担任が、縁に手を掛け、呪文らしき言葉を呟いた。
 「これはモニタだ。鏡面に触れた者の一定時間内の行動を映し出す。多分、大丈夫だと思うが、何かあった時、すぐにわかる」
 ……えっと、魔法の監視カメラとモニタなのか? ま、先生の人数少ないしさ、そりゃそうだよな。
 縁側から手を伸ばし、出席番号順に鏡に触れる。
 一番の〈水柱〉が、恐る恐る指先で触れた。鏡面に水面のような波紋が、音もなく広がる。思わず手を引っ込め、じっと手を見る。特に異常はない。縁の玉の光がやや強くなったが、〈水柱〉は気付かなかった。
 「時間、勿体ないから、さっさとしろよー」
 〈双魚〉先生が面倒臭そうに言った。二番手の〈雲〉以降、大急ぎで次々に触れる。生徒が手を触れる度に、時計回りで縁の玉が光を強くする。
 最後に志方〈輪〉が触れ、全ての玉が輝くと、〈双魚〉先生が試験の開始を告げた。
 「じゃ、始め」
 「ご安全にー」
 養護の〈白き片翼〉先生に見送られ、移動した。

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