■虚ろな器 (うつろなうつわ)-04.級友 (2015年04月05日UP)

 地味な少年二人が、お盆を手に志方達の卓に来た。
 志方の正面と隣がまだ空いている。中等部の三人が、先輩どうぞどうぞ、と着席を促し、六人掛けの食卓が埋まった。
 「さっき、ちょっと聞こえたんだけど、同じ学年なんだね。俺〈樹(いつき)〉。よろしく」
 「僕、一応、高一の副委員長やってます。あ、えっと〈雲(くも)〉です。外部の事とか、色々教えて貰えると嬉しいです」
 樹木バッジの黒髪と、色白で病弱そうな栗毛が同時に箸を手に取り、ぺこりと頭を下げる。志方も軽く会釈を返し、改めて同級生に自己紹介した。
 「〈雲〉君、俺の方こそ、わからない事だらけなんで、色々教えて貰えると助かります。よろしくお願いします」
 おっかなびっくり、ぎこちなく言葉を交わす。中学生三人は、会話の主導権が先輩に移った事にホッとした顔で、気楽に昼食を口に運んでいた。
 「〈輪〉君、霊感あるって聞こえたんだけど、退魔師(たいまし)とか目指してんの?」
 「えっ? ……いや、霊感あるったって、視えるってだけで何もできないし……ここだったら、自分の身の守り方くらいは教えて貰えるかなって程度で、卒業したら、普通に大学行って、普通にサラリーマンとか……うーん……最近、不景気だし、公務員とか……?」
 期待の籠った眼差しで〈樹〉に問われ、志方は自分でも意外な程、素直に答えた。味噌汁を飲み干した〈雲〉が話に加わる。
 「退魔師になるのに魔力は必須じゃないし、一回、資格取っちゃえば、民間でも公務員でも、食いっぱぐれないから、いいよね」
 「えっ?」
 「僕も公務員か民間か、まだ迷ってるんだ。公務員だと自衛隊と警察の二択でキツそうだけど、民間も警備会社とか駆除業者とか、ハードなとこばっかりだし、でも、個人で開業するのは元手がないから、ムリっぽいし……」
 おっとりした〈雲〉の口から、初耳の情報が幾つも飛び出し、志方は話について行けなくなった。
 志方の発言を良い方向に誤解している事は、この際どうでもいい。

 進路について、今まで何となく漠然と、なんとかなるだろう、程度にしか考えていなかった。テキトーに、学力に見合ったどこかその辺の大学に行って、テキトーに、バイトでもしながら、勉強して卒業して就活して、どこかテキトーな会社か役所で働ければいい。
 高望せず、霊視力を持っている事を周囲に知られさえしなければ、普通に暮らして行けると思っていた。
 特に学びたい事など何もなく、大学は就職を先延ばしする為に、どこでもいいから自分の学力で入学できて、大卒の肩書を貰えさえすればいいと思っていた。資格や検定も就職で有利らしいから、と学校で受けさせられた語学系しか持っていない。
 退魔師には資格が必要だが、魔力は不要な事も、今、初めて知った。時々、テレビのニュースで流れる悪徳業者の犯罪情報しか知らなかった。
 この瞬間までは、単に胡散臭い業界と言う認識しかなかったが、〈雲〉の話では、警察や自衛隊にも退魔師の部隊があるらしい。
 やっぱ、魔物とかと戦ったりする特殊部隊なのか?
 「〈雲〉君、体弱そうに見えるんだけど、そう言う特殊部隊っぽいのって、体力……」
 「うん、やっぱり心配だよね。でも、物理的に戦う訳じゃないから、外国だと、肉眼は見えないけど霊視力が強い人が部隊に居て、索敵を専門にしてたりするんだって。だから、僕でも他の人に体を守って貰えれば、何とかなるんじゃないかな?」
 それだけ言うと、〈雲〉は午後の授業に遅れないように、卓の誰よりも少ない量の昼食をせっせと口に運んだ。
 志方は就職についても、具体的な職種や業務内容について、考えた事もなかった。
 前の高校で同級生にバイトの愚痴を聞かされた事があったが、テキトーに聞き流していた。夏休みになったら、何か短期のバイトでもしようかと思っていたが、それもこんな山奥からでは通えそうもないな、と荷物を片付けながら諦めたばかりだった。

 「卒業後は、適性を活かした専門職や、公務員……」

 事務員の説明の具体的な内容がわかり、志方は自分も箸を動かしながら、野菜炒めをよく噛んでいる〈雲〉をまじまじと見た。
 何でそんな詳しいんだよ。
 「〈雲〉君は魔力も霊視力もあるから、きっと優秀な退魔師になれると思うよ。俺はどっちもないから、いっぱい勉強しないと……」
 「えっ? それで、ここ卒業してさ、何になんの?」
 志方は〈樹〉の言葉に思わず箸を止めた。
 学力は高いが魔力も霊視力もない……ある意味、バカだと思った類の者が目の前に居た。無意識に失礼極まりない発言が飛び出したが、〈樹〉は特に気にする風でもなく、はにかみながら答えた。
 「占い師になるんだ。占術って、魔力がなくても使える魔術の一種だから、俺でも頑張れば占い師になれるんだよ。たくさん勉強して、ディアファナンテに留学して、本格的な占術を身に着けたいんだ」
 占いが魔法だという事も初耳だ。
 志方の認識では、占い師はテキトーにカードを捲って、テキトーにそれっぽい事を言って、金を取るだけの胡散臭い連中でしかなかった。
 「ディアファナンテ……?」
 「担任の〈匙〉先生の曾祖父(ひいじい)さんが、ディアファナンテ人なんだって。それで先生も言葉がわかるから、放課後に色々教えて貰ってるんだ」
 〈樹〉から見当違いな答えが返ってきたが、志方はそれについて何も言わず、大学芋を口に放り込んで、地理の記憶を手繰った。
 ディアファナンテは、日之本列島から鯨大洋(げいたいよう)を東に隔てたアルトン・ガザ大陸にある。同名の高地に位置し、周囲から隔絶された環境にあった。
 大陸北部には科学文明の大国バンクシアや、国連本部があるバルバツム連邦があり、周辺国は全て科学の国か両輪の国。アルトン・ガザ大陸では、ディアファナンテ唯一国が、純粋な魔法文明国だった。
 魔法文明国は鎖国政策を採る国が多いが、ディアファナンテは、国際交流に力を入れる稀有な国家だ。
 試験前に一夜漬けでしか勉強しない志方にしては、よく覚えていた。
 流石に、何も知らずに転入した事を覚られるのはマズいと思い、持てる知識を総動員して話題に食い付く。
 「確か……魔術検定の本部がある……んだったよ……な?」
 「うん。もうすぐ今年の分が〆切になるけど、〈輪〉君は何級受けるの?」
 「えっ? 俺? 俺は、その……成績悪くてさ、受験料をドブに捨てるみたいなもんだから、オヤジが止めとけってさ……えっと、〈樹〉君と〈雲〉君は何級受けんの?」
 はい、こんな話題振ったら、そう来るんでした。失敗失敗。
 全力で誤魔化して、投げ返す。
 「今年は取敢えず、六級受けるつもり。まぁ、俺は魔力ないから、最高でも四級までしか受けられないけどな……」
 「僕も今年は六級を受ける予定だよ。いきなり上の級を受けても難しいだろうからね」
 先輩二人の手堅い話に、後輩三人と転入生の志方は感心した。何の検定でも同じ対策の筈が「魔術検定」となると、何やら凄い話に聞こえる。霊視力はあっても、魔力のない志方には、三級以上の受験資格がないらしい。
 まぁ、どうせそんなの受けないから、どうでもいいけど。
 志方は、先輩二人が後輩に請われて語る検定対策をテキトーに聞き流しながら、野菜炒め定食を食べ終えた。
 幼稚園児らの卓は、デザートの大学芋に取りかかっていた。賑やかにはしゃぎながら、ベタベタの芋を素手で掴んで、保育士に叱られている子もいる。
 その卓だけ、違う世界に見えた。

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