■虚ろな器 (うつろなうつわ)-42.検証 (2015年04月05日UP)

 「あの……証拠、かもしれないし……えーっと、ゴミだし……そっちの部屋で、はっ犯人が、食べた……かも、しれないし、おにぎりの、ゴミが……これで、えっと、押入れにあったし……」
 大人達の注目を浴びて声が震え、説明がしどろもどろになる。
 初老の刑事が穏やかな声で生徒の説明を要約し、指差された襖の前に移動した。
 「こっちの部屋の押入れに、おにぎりのゴミがあったんだね? で、どうして、犯人が食べたと思ったのか、教えてくれるかな?」
 〈水柱〉は、緊張でガチガチに硬直したまま答える。
 「それは……レシートが、えっと、コンビニで、日曜だし……先生が、見回りした後に買った時だし……えっと、夜中……だよな?」
 最後は〈柄杓〉に顔を向けて言った。〈柄杓〉は唇を震わせ、無言で小さく頷いた。捜査員の一人が〈水柱〉に近付く。
 「ちょっと、そのゴミ、お巡りさんに見せてくれるかな?」
 〈水柱〉は、素直にゴミ袋を渡した。捜査員は、手袋の手でレシートをつまみ出し、目を通した。
 「麓のコンビニで三日前、日曜日の十九時四十八分に会計した。その直後に出発したら、到着は夜中、と言う事なのかな?」
 「えーっと、おにぎり、腐るし……その日に食べるし……遠いし……」
 「あぁ、暑いもんね」
 捜査員が、〈水柱〉の言葉を肯定する。志方は首を捻った。
 日曜日の夜中にさ、こんな山奥の気色悪い空家に来るかな? しかもここ、道から離れてるしさ……ゴミがあるからさ、来たのはホントだろうけど、おにぎりはすぐ食って、どっか泊って、朝か昼に来たって事、ねぇか? で、ゴミはここに捨ててった……とか?
 直接見た訳ではなく、いずれも推測の域を出ない。

 「じゃあ、そっちの部屋から観ますか? リセットするから、出席番号順に鏡に触れて」
 担任の〈匙〉先生が、生徒を呼び集める。
 生徒達は訳がわからないまま、のろのろと立ち上がった。出席番号の若い数人が、鏡が置いてある部屋の前に並ぶ。
 A班は、部屋に立ち入る事さえ恐ろしいのか、足が震えていた。〈匙〉先生と〈双魚〉先生が、鏡を廊下に運び出した。〈柊〉は、まだ嗚咽を漏らしている。
 〈匙〉先生が、出席番号順に一人ずつ徽を呼ぶ。呼ばれた通り、朝と同じ順で鏡に触れた。〈柊〉も〈白き片翼〉先生に付き添われ、鏡に触れる。
 生徒が手を触れる度に、鏡の縁の水晶が目を閉じるように輝きを失う。全ての水晶が沈黙すると、〈匙〉先生が鏡から取り外し、A4サイズのケースに納めた。
 代わりに別の水晶を嵌め込む。右上に三つ装填し、〈匙〉先生と〈双魚〉先生が、ゴミが見つかった部屋に鏡を運ぶ。生徒達は壁際に寄り、道を空けた。
 先生に続いて、警察と会社関係者が部屋に入る。
 志方は襖の陰に立ち、廊下から部屋を視た。雑妖は居るが、特にこれと言って、変わった所はない。
 軍手をはめ、〈匙〉先生はゴミ袋から空のペットボトルを一本取り出した。呪文のような、そうでないような事を呟き、ボトルで鏡面に触れる。
 雰囲気から、力ある言葉である事まではわかるが、志方の知識では、何を言っているか、内容まではわからなかった。
 鏡面が水面のように揺らぎ、鎮まる。

 鏡の中で、円い光が闇を眩しく照らしていた。西の襖に映る光の中心に円い影がある。光源は、LEDの懐中電灯なのだろう。
 「すごいおっきいお家ね」
 えっ……? 誰、これ?
 志方は息を呑んだ。知らない声が聞こえる。若い女性のようだが、姿は見えない。
 「古いお家って初めて。ね、後で探険しよ?」
 「んー……、まぁ……余裕があったら……な」
 若い男の声が、渋々答えた。

 一言断り、〈匙〉先生が鏡を部屋の南西隅に移動し、押入れに対して平行に置いた。
 大人達も移動し、押入れの前を空け、志方の前を塞ぐような形で並んだ。
 志方は少し移動し、部屋の北東隅付近の廊下に立った。丁度、鏡と対角線の位置だ。鏡を見詰める。人垣の隙間から、僅かに鏡が映す影が見えた。

 「ここ、ホント何もないね。本気でリゾートにする気? つまんないのに」
 別の女性が疑問を口にする。
 「俺に言うなよ。会社の方針なんだから。でも、意外とこう言うとこって、需要あるみたいだぞ? 田舎リゾートっつーの? 田舎暮らし疑似体験、【何にもない】を楽しむ? みたいな?」
 そう言った別の若い男性に続いて、複数の男女が入り乱れて喋り始めた。おにぎりを開封するらしい音も聞こえる。

 「確か、プレスリリースは、まだ……」
 専務が小声で秘書に確認する。秘書は小さく頷いた。
 県の関係者か、会社関係者か、古民家の元所有者か。或いは、学院関係者か。
 村のリゾート化計画を知り得る者は、限られている。尤も、三人知れば世界中とも言う。誰かがネット上で呟きを洩らせば、瞬く間に世界中の知るところとなる。
 ……でも、今、会社を庇ったよな?
 高校生の志方が気付いたくらいなのだ。刑事や専務は、とっくに犯人の目星を付けただろう。

 「ま、滅多にないチャンスだし、ガッツリ決めよう」
 ビニールを丸めるようなクシャクシャと言う音の後で、先程とは別の男性が楽しそうに言った。複数の男女がそれに同意する。
 四、五人居るらしい。ペットボトルの数から考えると、五人か。

 ……で、五人掛かりで、何をガッツリ決める気だよ? 何を?
 現在、この場に居る全員が、固唾を呑んでその声に耳を澄ます。

 「ちょっと、ゴミ散らかさないでよ。もー」
 「二、三日すりゃ、学院の奴らが掃除するし、その辺、置いとけよ」
 「えー? いいの?」
 「持ってっても邪魔になるだけじゃん」
 「あっちの部屋は狭いからな」
 懐中電灯が動き、間取図らしき物を照らす。

 ……計画を知っててさ、間取図ゲットできてさ、で、俺達のテストの事を知ってる人?
 更に対象が絞り込まれ、志方は足が竦んだ。

 光が揺れ、板敷を歩く土足の足音が移動する。

 鏡から人影が消えた。〈匙〉先生が呪文を唱え、ペットボトルで鏡面に触れる。水晶が目を閉じ、暗くなった。
 「あの……そろそろ、子供達を休ませてあげたいのですが……」
 〈白き片翼〉先生が、漸く泣き止んだ〈柊〉を抱きしめ、背中をさすりながら言った。〈双魚〉先生と初老の刑事が、顔を見合わせる。目顔で何事か遣り取りして、刑事が申し訳なさそうに答えた。
 「遅くまで、すみませんね。もしかすると、明日以降、説明にお呼び立てする事が、あるやも知れませんが……」
 志方は腕時計を見た。十八時四十八分。とっくに試験終了時刻を回っていた。
 廊下の窓から射す光は弱く、東の空は薄青く暮れている。窓で大人しく待っている玄太が、影絵のように見えた。
 生徒達は、本物の魔法使いである〈匙〉先生と〈白き片翼〉先生に付き添われ、逃げるように古民家を後にした。

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