■虚ろな器 (うつろなうつわ)-08.買物 (2015年04月05日UP)

 志方は〈雲〉を招き入れた。親切と善意に満ちた顔に、とても、その場凌ぎの言い訳だったとは言えない。〈雲〉に椅子を勧め、志方はベッドの端に腰掛けた。
 エアコンはないが、窓を開けると山からの風が心地よい。網戸に蛾が貼りついた。
 ……あー、ま、いっか。この際、聞いちゃえ。
 「笑わないで聞いてくれるか?」
 「うん、笑ったりしないよ」
 声を潜めて言う志方の目を真っ直ぐ見詰め、〈雲〉は請け合った。
 「俺、親に言われてさ、この学校の事、全然知らないで転校して来たんだ。元々魔法とかさ、オカルト方面に興味なくってさ、知識ゼロ……」
 「えっ? ……あ、ごめん、続けて」
 「何も知らなさ過ぎてさ、何聞けばいいかもわかんないくらいなんだ。取敢えずさ……えっと、ツカイマって何? 教科書、載ってる?」
 初歩的な質問を繰り返せば、すぐにバレる事だ。志方は色々諦め、副委員長にぶっちゃけた。副委員長の〈雲〉は予想外だったのか、驚いてはいるが、志方をバカにしたりせず、わかりやすく説明してくれた。
 「使い魔は、魔法使いが使役する小動物とかの事。教科は〈匙〉先生の魔術概論。絵本とかで、魔女と黒猫が一緒に出て来るよね。あの黒猫が使い魔だよ」
 「あぁ、あーゆーの」
 何となくわかった。詳しい事は教科書で確認しよう。魔術概論だな。よし。
 志方は担任が本物の魔法使いである事を思い出し、机に積んだ教科書に目を遣った。

 「あ、えっと、知識ゼロって、気にしなくていいよ。僕も、小さい時からずっと学院に居て、外の事、知らないし……生活科の教科書とネットで、知識はあるつもりなんだけど、経験がないから、いまいちピンとこなくって……そ、外の事、教えてくれないかな?」
 一気にそう言うと、〈雲〉は志方の目を覗き込んだ。縋るような眼差しに、何となく庇護欲を掻き立てられる。
 「いいよいいよ。気にすんなって。ギブアンドテイクって奴だ。俺の知ってる事ならさ、何でも聞いてくれ」
 「ありがとう。〈樹〉君も高等部からで、外の事には詳しいんだけど、霊視力がないから、わかんない事も多くて……」
 明るくなった顔が、申し訳なさそうに少し俯く。
 あー、そっか、買物の仕方とかは説明できても、買った物経由でヘンな因縁結ばないようにする方法とかは、わかんないだろうしなぁ。
 安さに魅かれて古本屋や中古CD屋で買物をして、散々痛い目に遭ってきた。失敗の数々が、スライドショーのように志方の脳裡を過ぎる。古着屋には、恐くて入れない。
 「買物実習って何? どんな事すんの?」
 「生活科の授業でお金の事と買物の仕方を教わってから、街に行って商店街で実際に買物するんだ。初等部の内は渡されたメモの通りに指定のお店で買って、中等部はお店の指定なしで物だけ指定されて、なるべく安くて品質がいい物を買って、高等部はお金だけ渡されて、自分が必要な物を買いに行くんだ。この間は、銀行で預金通帳を作ったよ」
 副委員長はすらすらと淀みなく答えた。きちんと段階を踏んで教えられているようで、志方は少し安心したが、引っ掛かる事を聞いてみた。
 「その、生活科の先生ってさ、見鬼か魔法使い?」
 「違うよ。どうしたの?」
 「えっと……じゃあ、その先生ってさ、〈樹〉君と同レベルの認識ってコトじゃね?」
 「あっ……!」
 今まで全く気付いていなかったらしい。〈雲〉は驚きに動きを止め、志方を見た。たっぷり三秒は黙っていたが、早口に教科担任を庇う。
 「で、でも、教科書には、お店の雰囲気とかにも気を付けましょうって書いてあるし、ちゃんとそう言うのも、教えてくれるよ」
 「お、おう。あのさ、教科書にも載ってるかもだけどさ、店自体の雰囲気が良くても、中古屋には気を付けろよ。俺が中学の時にもさ……」

 中学の時、どうしても欲しいゲームソフトがあった。
 新品で買うには小遣いが足りず、中古屋でなるべく状態のいい物を買った。しかし、元の持ち主が、何らかの事情で、不本意ながら渋々手放した品だったらしい。
 見鬼である志方には、雑妖や霊等は視えるが、人の「心残り」や穢れの類までは視えない。強い執着心が纏わりついたソフトは、周辺に漂う雑妖を呼び寄せ、志方はいつもより酷い目に遭った。
 ソフトに纏わる執着心が原因である事に気付き、元凶を手放すまで怪異は続いた。
 体育の授業中、バレーボールのトスで左親指を突き指。調理実習中、油が跳ねて右手を火傷。右目に麦粒腫ができて一週間、眼帯生活。車窓からポイ捨てされた空缶を後続車が跳ね、歩道を歩いていた志方の左目の上に直撃。公園でリードを放された犬が志方を咬み、飼い主が残念な人物だった為、泣き寝入りさせられた。
 件のゲームをプレイしようとすると、何故か、テレビの電源を入れても音声が出るだけで、映像が表示されなかったり、ゲーム機の電源が入らなかったり、セーブデータが消えたり、フリーズしたり、セーブ直前に電源が落ちる等のトラブルに見舞われた。
 これらの事が、購入から一週間足らずで志方の身に降りかかった。

 これ持ってた奴、自分より先にクリアされたくないんだとよ。
 へぇ、売っ払っちまったのに、まだ自分の物のつもりなのか。
 自分の物を他人に勝手に使われるのが堪らなく嫌なんだとよ。
 売って金を自分の物にしたのに、物も持ってるつもりなのか。
 こいつまだ生きてるのにな。もっと他にやる事あるだろうに。
 ニンゲンって奴ぁホントに欲深く業の深い生き物なんだなぁ。

 執着に気付いたのは、雑妖達がソフトのケースに座って話しているのが聞こえたからだ。まさかと思い、他のゲームをプレイしてみた。新品で買ったソフトでは、そんな現象は発生せず、何の問題もなく遊ぶ事ができた。
 結局、クリアする前に音を上げ、燃えるごみに混ぜて捨てた。
 元の持ち主にどんな事情があったのか、何故そんなにもゲームに思いを残したのか、志方にはわからない。
 嘘も誇張もなく、本当にあった事だが、どうせ言っても信じて貰えないだろう、と今まで誰にも話した事がなかった。
 ここには、志方と同じ目に遭った者が、居るかもしれない。
 経験はなくとも、同じ感覚を持つ者だから、信じて貰えるかもしれない。
 その希望が、志方を饒舌にした。
 副委員長の〈雲〉は一言も口を挟まず、居住まいを正して傾聴していた。話が進むにつれ、表情が恐怖と緊張に強張り、志方が話し終えてからも、眉間に皺を寄せて考え込んでいる。志方はその雰囲気に呑まれ、それ以上何も言えなくなった。
 やがて、〈雲〉は重々しく口を開き、副委員長として志方に依頼した。
 「その話、皆にもしてあげて欲しいんだけど、ダメかな?」
 「おう、こんな話でよかったらさ、幾らでもするぞ」
 志方は、いつもの癖で意識的に軽い調子で引き受けた。

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