■虚ろな器 (うつろなうつわ)-41.犯罪 (2015年04月05日UP)

 魔物が居なくなった部屋で、生徒達は呆然と立ち尽くしている。〈双魚〉先生の言った通り、自分達だけで何とかなった。
 ……ホントに、倒せたのか? あれで、全部?
 余りの呆気なさに、志方は不安に駆られ、室内を見回した。【灯】が発する月光に照らされ、薄明るい。窓が塞がれ、太陽の光は入らない。
 床に直接描かれた魔法陣は、完全に沈黙し、何の力も感じられなかった。
 廊下では、〈白き片翼〉先生がやさしい声で、呪文の詠唱を続けている。
 内科っぽいって聞いてたけど、怪我も治せるんだ……
 志方がぼんやり聞いていると、〈水柱〉が、ふらふらと廊下に出た。〈渦〉、〈樹〉、〈榊〉も後に続く。志方は取り残されそうになり、慌てて追った。
 「〈匙〉先生、すんませんが、刑事さんと会社の人ら、連れて来てくれませんか? あ、それと、鏡持って来て下さい」
 自分の顎をこねくり回し、何か考え込んでいた〈双魚〉先生が、口を開いた。〈匙〉先生は気軽に応じ、術で跳んだ。一瞬で姿が消える。

 廊下は、野戦病院のようだった。
 治療を受けた三人は壁際で虚ろな目をして蹲っている。ジャージのあちこちが破れ、肌が露わになっていた。魔物に喰い千切られた傷は、痕にならず、何事もなかったかのように治っている。衣服に残った血の染みの広がりが、傷の酷さを物語っていた。
 A班の班長〈柊〉は、蹲って顔を伏せたまま、全く動かない。
 神社の子〈梛〉は、呆然と虚空を見詰めている。
 拳の一撃で魔物を葬った〈柄杓〉は、肩を抱いて震えていた。〈火矢〉がその細い肩にそっと手を置き、寄り添う。
 使い魔の梅路も足の傷を癒され、〈三日月〉に抱かれて目を閉じている。〈三日月〉は頻りに梅路の背中を撫でていた。
 他の生徒達も、壁にもたれている。
 誰も、一言も、口を利かなかった。
 一通り治療を終え、〈白き片翼〉先生は水をバケツに戻し、ホッと息を吐いた。
 あんな化け物にいきなり襲われて、生きたまんま、自分の肉食われたんじゃ、そりゃ、トラウマにもなるわ……
 志方は、何と声を掛けていいかわからず、立ち尽くした。
 「先生、あの魔法陣って、何なんですか?」
 声を潜めて、〈樹〉が質問した。
 あの化け物は、霊視力を持たない〈樹〉の肉眼にも見えていた。だからこそ、箒に【炉】を付け、加勢できた。つまり、雑妖と違って実体を持っていたのだ。
 「両輪の国でよく使われる術式だな。他人の魔力を借りて、術を発動させるんだ。使いたい術に、吸魔と充魔の術を織り込む。素材等、詳しい事は知らんが、あっち方面では、罠や犯罪の手口にも利用される」
 廊下から部屋の奥を見遣り、〈双魚〉先生が淡々と答えた。先生は自前の魔力で術を行使できるので、詳しく知る必要がないのだろう。
 志方は、イヤな話に鳥肌が立った。
 仮に、警察のそう言う部署に就職したとして……と、志方は想像した。上に絨毯でも敷いて隠されれば、自分なら、まず気付かないだろう。魔力がないので、術を発動させる事はないが、同僚が魔力を持っていたら……と考え、背筋が寒くなった。
 途中から加勢しただけでも、こんなに足が震えている。いきなり襲われたA班の恐怖は、いかばかりか。想像する事さえ恐ろしい。志方はA班の面々を見回し、言葉を失った。どう考えても、掛ける言葉が見つからない。
 「掃除の続きは……」
 〈双魚〉先生が言い終わらない内に、何人かが力なく首を横に振った。
 「しなくていいぞ。現場検証があるからな。これは、れっきとした魔道犯罪だ」
 犯罪の単語に、志方の心臓が跳ねあがった。

 偶然、巻き込まれた? それとも、俺達を狙って……?

 不安に怯える目が、〈双魚〉先生に注がれる。先生は一人一人の顔を見て、その視線を受け止めた。〈柊〉は相変わらず、俯いている。
 「まぁ、今回は突然で驚いたろうが、自信を持て。一人も欠ける事なく、生き残って、魔物を全部倒せたんだ。お前達は、もうそれなりの力を身につけている。恐怖に心を食われんように、もっと自信を持てよ」
 「嘘ばっかり!」
 それまで微動だにしなかった〈柊〉が、勢いよく立ちあがった。
 級友達は呆気に取られ、委員長を見守る。
 「先生が見回りしたから大丈夫とか! 私達の手に負えないモノは居ないとか! 嘘ばっかり! さっき、私に『お前もまだまだだ』っておっしゃったじゃありませんか! 私に力がないから、負けたんです! 私のせいで皆が……!」
 尚も叫び続けるが、何を言っているか、涙で聞き取れない。〈白き片翼〉先生がそっと歩み寄り、抱きしめた。〈柊〉は先生の胸に顔を埋め、幼子のように泣きじゃくる。
 「大丈夫、もう大丈夫よ。怖かったのね。もう大丈夫よ。怖くないのよ」
 先生は、やさしく声を掛けながら、〈柊〉の震える背中を撫でた。
 「私が……! 私のせいで……!」
 「違うのよ。あなたは悪くないのよ。悪い事する人がいけないのよ」
 警察と会社の関係者を連れて、〈匙〉先生が戻ってきた。
 先生と捜査員の二人掛かりで、本部の鏡を運んでくる。廊下の空気が張り詰める。委員長が泣きじゃくる以外、誰も口を開かない。〈双魚〉先生の指示で、鏡はひとまず、魔法陣の隣室に設置された。
 〈双魚〉先生が、ざっと説明する。
 隣室から首を伸ばして、魔法陣を覗いていた会社関係者が、部屋の隅に退いた。捜査員達も、気味悪そうに顔を見合わせる。
 「さっき、本職の捜査員を呼びましたが、ちょっと現着に時間が掛かるそうで……」
 年配の刑事が、申し訳なさそうに言う。
 「いえいえ、すみませんね。こちらこそ、生徒の安全を第一にしましたんで、出て来た魔物は全て灰にしてしまいましたし、生徒の傷も癒してしまいましたんで、証拠保全も何もできてませんで、すみませんね」
 〈双魚〉先生は、大して済まないと思っていなさそうな調子で言った。
 証拠、と言う言葉に顔を上げ、〈水柱〉がゴミ袋を持って立ちあがった。

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