■虚ろな器 (うつろなうつわ)-09.能力 (2015年04月05日UP)

 夕食後、食堂で志方の周囲に同級生が集まった。お茶を飲みながら、買物が原因で起きた苦い経験を語る。
 神社の子〈梛〉と〈榊〉、眼鏡っ娘〈柄杓〉。魔力のない三人の見鬼達は、志方と同様の経験があるらしく、「うんうん」「あるある」「わかるわかる」と相槌を打っていた。
 「霊視力じゃ、雑妖や霊の類は視えても、残留思念や穢れは視えないもんねぇ」
 魔力を持ち、幼稚舎から学院に居る〈三日月〉が、眉根を寄せて使い魔の梅路を撫でる。梅路は本物の猫のように目を細め、喉を鳴らして喜んだ。
 濃い茶髪の〈火矢(ひのや)〉が、畳んだエプロンの紐をこねくり回しながら、途方に暮れた。
 「そんなの、どうやって避ければいいんだろ……三界の眼なら、そう言うのも視えるらしいけど、レアな能力だし……私達みたいなタダの見鬼じゃ、どうしようもないよね」
 「サンカイノメ……?」
 神社の子〈梛〉が首を傾げる。
 ……まだ、習ってない話なのか?
 志方も〈梛〉と一緒に〈火矢〉を見る。彫が深く、大人っぽい顔立ちの少女だ。憂いに翳る瞳が艶っぽい。鼓動が高鳴り、志方は思わず目を逸らした。
 「三界の眼って言うのは、特異な視力の事。能力者もそう呼ばれます。物質界、幽界、冥界の三つの世界が同時に視えるから、三界の眼。肉眼や普通の見鬼でも視える物の他に、人や物、場所に残った思念とか穢れの類も視えます。それと、人の寿命とか、三界の魔物って言う特殊な魔物も視えるそうです」
 委員長の〈柊〉が淀みなく解説した。〈火矢〉と〈樹〉を除く級友が、興味深げに耳を傾ける。二人は元々詳しいのか、黙って頷いていた。
 「湖北地方……って言うか、ムルティフローラの王族にのみ、稀に生まれるレアな能力者です。三界の眼は、徽を『何者にも染まらない黒い動物』にする習わしがあります。魔法文明圏では、殆ど常識レベルの事です。大抵の国で、三界の眼じゃない人が、徽を黒い動物にするのは、法律で禁じられています。違反したら、死刑とかの重罪で……」
 「えぇっ!?」
 それまで黙って聞いていた〈樹〉が、勢いよく立ちあがった。椅子が倒れる音に、他学年の生徒達が、ギョッとしてこちらを見る。〈樹〉は周囲にペコペコ頭を下げながら、椅子を起こして座り直した。
 「何? 私、ヘンな事、言いました?」
 「いっいや、その……」
 委員長に問い質され、〈樹〉は下を向いて逡巡していたが、やがて顔を上げて答えた。
 「知り合いに、黒山羊を徽にしてる人が居たんだ。……でも、その人、もう、病気で亡くなってるし……えっと……」
 「黒山羊って、帝国大学の巴(ともえ)先生?」
 「えっ!? 〈火矢〉さん、知ってんの?」
 あれっ? 名前出しちゃっていいのか?
 志方は〈樹〉とは別の事に驚いて〈火矢〉を見た。
 「知ってるも何も、ねぇ……」
 高等部から入学した〈樹〉に問われ、〈火矢〉は隣に座る〈柊〉に同意を求めた。
 「私もお話した事ありますよ。この学院は、巴先生に凄くお世話になってたんです」
 「魔術概論の教科書、書いた先生よ? 教科書の最後のページ、見てないの?」
 「最初の入学式って言うか〜、開校式に〜来てくれたんだよ〜」
 「五周年の時も講演に来てたし。イケメンだけど、声がやたら可愛かったし」
 「それでその時に、タダで水晶に魔力補充してくれたんだよな」
 「ちょっと触っただけで満タンになって、あれ凄かったよねぇ」
 「魔法の実演も面白かったし。超! 為になったし」
 「亡くなったの、残念だったなぁ。まだ三十代だったのに……」
 幼稚舎から在学する級友達が、口々に巴先生の思い出を語る。中等部から入学した見鬼の〈梛〉、〈榊〉、〈柄杓〉も知らないらしく、羨ましそうに聞いていた。
 「教科書に書いてある著者名は、この国で生活する為の仮のお名前です。王族としての御名は当然、今でも秘密です」
 「ふーん。何か見た事ある文章だなーとは思ってたけど、教科書だから、そんなもんかと思って、作者が誰かって、全然気にしてなかったよ。って、えっ? 王族?」
 「巴先生は、何代か前にムルティフローラ王家の血が入ってて、先生ご自身も王族でした。本物の王子様だったんです!」
 委員長がうっとりと語る説明に〈樹〉が狼狽える。
 「えっ? あいつそんなスゲー奴だったの? あ、あいつって、中学の時の友達なんだけど……確かに、一回、ムルティフローラの親戚ん家に行くって言ってた事があって、お守りの作り方、教えた事もあるけど……友達の叔父さんが巴先生だから、つまり……」
 「王子様の親戚とお友達!?」
 〈柄杓〉と〈三日月〉が同時に食いついた。
 魔力があろうがなかろうが、女って奴はミーハーなんだな。
 志方はそんな二人をぼんやりと眺めた。視界の端で〈渦〉が興味なさそうに銀条と戯れている。これはこれで、関わり合いになりたくない手合いだ。
 「俺、中二の一学期に田岐(たぬき)に引越して来て、それからリアルで会ってないけど……」
 「えーっ? メールとかSNSとかしてないの?」
 「してる。けど、あいつ自身は魔力も霊視力もないぞ? 王族と親戚ってのも、今、知ったくらいだし……いや、まぁ、安全の為に、世間的には内緒だったのかもだけど……」
 戸惑いながら〈樹〉が答える。二人は一瞬、落胆の表情を見せたが、すぐに立ち直り、質問を重ねた。
 「でも、カッコイイんでしょ?」
 「優しい? ね、そのコ、優しい?」
 「えっ、あ、あぁ、顔? 顔なの? まぁ、巴先生の縮小コピーみたいな感じで、性格はちょっと暗いけど、大人しくて真面目だったな」
 日之本帝国人らしい平凡で地味な容姿の〈樹〉は、ややムッとしながらも律儀に答えた。ミーハー女子二人から歓声が上がる。
 イケメンで特殊能力持ちで、頭もいい王子様ってさ、天は一体、一人の人間に何物与えちゃってんだよ? ……あ、でも、早死に……
 志方は、複雑な思いで「巴先生」に想像を巡らせた。

 「今、そう言う話じゃありませんから、ちょっと戻します。買い物でうっかり危険物に手を出さないように、どうすればいいか、考えましょう」
 委員長がひとつ咳払いして、脱線した話を軌道修正した。ミーハー女子二人は、バツの悪そうな顔で小さく肩をすくめた。
 神社の娘〈榊〉が、極当たり前の事のように言った。
 「実家に時々、曰く付きの品が持ち込まれて、お祖父ちゃん達が何とかしておるな」
 「うちも大体、そんな感じ。俺、跡継ぎだから、夏休みとかに実家帰ったら、お祓い手伝わせて貰ってるんだ」
 「手伝いって?」
 身を乗り出して〈水柱〉が聞く。〈梛〉は興味津々な視線から逃れるように目を逸らし、頭を掻いた。
 「いや、まぁ、その、俺、まだ全然、あれで、えっと……」
 「何でもいいから、教えてくれる? 俺、父さんが除霊師だし、卒業したら手伝うし。モノのお祓いって、まだ見た事ないし」
 更に言い募られた〈梛〉は、観念して正直に語った。
 「あー……そのー……手伝いったって、道具を神殿に運んで、終わったら片付けるってだけで、中で何やってんのかは、まだ見せて貰ってないんだ」

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