■虚ろな器 (うつろなうつわ)-15.犠牲 (2015年04月05日UP)

 食堂で班員が一塊になり、夕食を摂りながら作戦会議の続きを行う。夏の日は長く、まだ外は明るい。傾きつつある陽を視界の端に入れ、志方は話に加わった。
 「やっぱりー、今日はー、カラアゲだったねー」
 「血は給食のおばちゃんに頼んである。食べ終わったら、私が受け取りに行く」
 「ここで半分こして、後は各自、部屋で呪符作り」
 鶏の血液は女子が手配してくれた。
 「休み時間に職員室で他の材料と容れ物、貰って来たから、後で血と一緒に分けよう」
 班長が、椅子の背に引っ掛けた手提げ袋を軽く叩く。

 鶏のカラアゲ、千切りキャベツとトマト、味噌汁とご飯、ぬか漬け。
 何て事のないカラアゲ定食だ。だが、この鶏が呪符の為に犠牲になったかと思うと、なかなか箸が進まなかった。
 志方は千切りキャベツを口いっぱいに押し込んで、時間を掛けて咀嚼した。何とも言えない気持ちで、何も言えずにシャクシャクシャクシャク噛み締める。
 「まぁ、学校の鶏をここまでちゃんと使うのは、農業系以外では、ここくらいなものではないか?」
 普通にカラアゲを食べながら〈榊〉がポツリと言った。それに〈樹〉が半笑いで答える。
 「使い途は違うけどね」
 「えー? どー違うのー?」
 「えっ? ど、どうって……その……」
 「実家の近くに産業高校がある。卵の殻や糞、血液等は肥料、肉はスモークチキンやハンバーグ等、美味しい食べ方を色々研究して、ガラはスープにしたり、羽も渓流釣り用の毛鉤の材料にして、何も残さんらしい」
 言葉に詰まる〈樹〉に代わり、〈榊〉が懐かしそうに語った。〈雲〉が素直に感心する。
 「へー、羽や糞まで利用できるんだ。凄いね、産業高校」
 「詳しいのね。他所の学校の事、どうやって知ったの?」
 「ん? 友達が半分くらいそこでな。ウチの縁日に、産業高校が毎年、食べ物の屋台を出す。それで、たまたま、な。店の売り物並に本格的なパッケージも、食品加工や畜産の生徒が拵えておる」
 興味津々で瞳を輝かせて聞く〈火矢〉に〈榊〉は淡々と答える。幼稚舎からの三人と、都会っ子の志方と〈樹〉が知らない世界の話だ。五人にとっては非日常だが、〈榊〉にとっては、わざわざ調べるまでもない、日常の一コマに過ぎないのだ。

 さりげなく〈雲〉が話を戻す。志方はキャベツを飲み下した。
 「カラアゲ食べながらでいいから、聞いて欲しいんだけど、分担って……」
 丁度、男女一人ずつ魔力◎が居る。〈雲〉と〈火矢〉が、今夜から魔力の充填にあたる。他の四人は、消灯時間までに呪符を書き上げる。一枚でも多く、但し、正確に、だ。
 【防火】を〈榊〉と〈樹〉が三枚ずつ、【灯】を〈輪〉と〈渦〉が一枚ずつ、【魔除け】は最低でも各自二枚ずつ、時間が許す限り、たくさん作る事になった。
 「【灯】は前に作って、使ってないのがまだ少しあるし、羊皮紙と魔獣の消し炭はたくさんあるから、〈輪〉君、失敗しても気にしないで、どんどん書いて」
 「お、おう」
 「前の実習の残りもあるし、ホント、遠慮しないで。呪符魔術のペーパーテストは、除祓の実技テストとは別だから。いっぱい書いて覚えれば、試験勉強もできて一石二鳥ね」
 「お、おう」
 志方は、まだ一度も授業を受けていない特別科目について、不意に現実的なプレッシャーを与えられ、困惑した。班長と〈火矢〉の助言に、ただただ、頷くしかない。
 「呪符魔術」と言う非現実的な単語に、「ペーパーテスト」と言う耳に馴染んだ単語が組み合わさって、圧倒的な破壊力が発生する。志方は、何も始まらない内から、心が折れそうになった。溜め息を吐いて横を向く。
 蛇女〈渦〉が、カラアゲを美味そうに頬張っていた。丸呑みにせず、よく噛んでじっくり味わっている。このカラアゲの肉が、呪符素材の余りでも気にしない。好きな物を食べる幸せそうな姿は、肩に白蛇が乗っていても、愛くるしい。
 そうだよ、別にさ……〈渦〉さんは蛇、飼ってるだけでさ、本人は蛇じゃないし……
 どうせ、今回はロクにテスト勉強できないのだ。ペーパーテストなら、ミスしても自分の成績が下がるだけで、どうと言う事はない。だが、この実技でミスしたら、皆にどんな厄が降りかかって、どんな迷惑を掛けてしまうか、わかったものではない。

 ……うん。よし、決めた。今回、他は捨てよう。

 志方は、夏休みに頑張って二学期に追いつく覚悟を決め、〈渦〉に倣ってカラアゲにかぶりついた。油と脂が溶け合った肉汁が口いっぱいに広がる。ブロイラーより運動量が多いのか、弾力のある肉を噛み締める度に、旨みが溢れ出た。下味のショウガがさっぱりとして、全体の味を引き締めている。
 呪符素材の残り物でも、鶏はやっぱり美味しかった。
 残さず食べた後、食器の返却と引き換えに、鶏の血が詰まったペットボトルを受け取る。給食のおばちゃん達は慣れているのか、イヤな顔ひとつせず「試験、頑張ってね」と渡してくれた。
 卓に戻って分配する。
 血液は、ラベルのない五百ミリリットルのペットボトルに八分目程入れてあった。水を足してあるのか、さらりとして色も薄い。それが二本。
 班長の〈雲〉が弁当用の小さなソース入れを六本、手提げ袋から取り出した。続いて、スポイト、黒い粉が入った硝子瓶、紙束、コンビニのレジでくれる小さなプラスチックのスプーン。
 「では、私は消し炭を分けるとしよう。〈雲〉君、血を分けてくれんか?」
 「うん、わかった」
 〈榊〉が、袋状に折ったルーズリーフを六枚並べ、粉の瓶を開けた。
 「あ、じゃあ俺、紙配るわ」
 〈樹〉が葉書サイズの紙束を手に取った。分厚く、表面がざらついている為、ゆっくり一枚ずつ剥がして机に並べてゆく。六枚並べ終え、その上に次を重ねる。紙を捲る度に、ほんのり獣の匂いが漂った。
 班長は黙々と、スポイトで薄赤い液体をソース入れに移していた。時々、ペットボトルの蓋を閉め、激しく振って、分離した成分を均一化する。
 〈榊〉はスプーン一杯ずつ、即席の紙袋に黒い粉を入れていった。六袋を一巡し、手際良く二巡、三巡してゆく。
 志方は、手伝えそうで手伝えない作業を、手持無沙汰に見守った。
 ヘタに俺が手伝ったら……
 粉をこぼしたり、血をこぼしたり、もしかすると、瓶ごとひっくり返してしまうかもしれない。どこまでが自分の迂闊さで、どこからが雑妖の厄のせいなのかわからないが、これまでの志方なら、確実にやらかす。
 あれっ? ここってさ、ひょっとして……?
 志方は、厄の枷が外れている事に気付き、視界が拓けた。
 学院の結界内なら、雑妖の悪影響が排除される。この学院内で何か失敗しても、それは自分だけの責任だ。

 俺の本当の実力が……わかる?

 生まれて初めて、雑妖に邪魔されず、自分本来の能力を発揮できる。期待と高揚感に鼓動が高鳴った。実技テストへの不安が吹き飛ぶ。
 これまで散々「不運大王」として、周囲の失笑を買ってきた。
 志方は「運も実力の内」と言う言葉を、反吐が出る程、嫌悪している。
 視えない人々は、あれを「運」の一言で済ませるが、視える志方にとっては、悪意ある存在による明確な「妨害」だった。
 【魔除け】があれば、学院の外でもある程度、その「妨害」を排除できる。志方は「不運大王」ではない本来の能力が知りたかった。
 「足りなかったら言ってね」
 容器に入りきらない素材と紙の余りは、まとめて班長の〈雲〉が管理する事になった。

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