■虚ろな器 (うつろなうつわ)-34.説得 (2015年04月05日UP)

 志方の問いに、沈思黙考していた〈雲〉が、刮目して答えた。
 「説得しよう」
 「えっ?」
 「今朝の糸瓜の人みたいに」
 箪笥を注視したまま、〈雲〉は箒を壁に立て掛け、戸口に立った。
 「あのー、箪笥さん。少し、お話、いいですか?」
 「何ぞ?」
 箪笥が〈雲〉を見降ろす。目らしき物はなく、箪笥からは、手足が生えているだけだ。それでも何故か、視線を感じた。
 「あのー、ここ、もうすぐ宿泊施設になるんです。それで、僕達が掃除に来て……」
 「シュクハクシセツ……とな?」
 古箪笥には、「宿泊施設」と言う語彙がないらしい。「滞在型リゾート」は、もっとわからないだろう。〈雲〉班長は、答えに窮した。〈榊〉が助け船を出す。
 「旅人を暫く泊める宿の事だ。家人は住まない。旅人が、入れ替わり立ち替わり来る。その者達に貸すだけだ」
 「ふむ……宿……か。ふむ……」
 箪笥は、板張りの床に正座した。
 顔はない筈なのに、志方には、箪笥が神妙な顔をしているように視えた。
 逆さにした箒で床を打ち、武闘派巫女〈榊〉が続ける。
 「だが、箪笥が喋ったり歩いたりしたのでは、皆、気味悪がって寄りつかんだろうな」
 「ふむ……気味悪い……か……」
 箪笥の声が小さくなり、しょんぼり項垂れる。〈榊〉が畳みかけた。
 「そうだ。家人でさえ、斧で打ち壊そうとしたのだろう? 普通の箪笥ならば、そのような目に遭わずに済んだのだ。大人しく、普通の箪笥のフリをするがいい」
 「ふむ……わかった……」
 そう言ったきり、箪笥はふっつりと黙った。
 膝に手を置き、神妙に正座している。
 誰も、口を開かなかった。

 物置部屋に、静寂が訪れる。

 物理的な掃除が済み、粗方、汚れがなくなった板の間の空気は、冷ややかだった。真冬ならさぞ、底冷えがする事だろう。
 空気は黴臭く、古い埃の臭いも籠っている。
 雑妖達が廊下の床に降り、成り行きを見守る。
 ついに耐えきれなくなり、〈樹〉が口火を切った。
 「何、澄ました顔で、正座してんだよッ!」
 「普通の箪笥に手足はねぇ! 引っ込めろッ!」
 つられて志方もツッコむ。一旦、口を開くと勢いを止められなくなった。
 「ゆるキャラか!? 箪笥のゆるキャラ『タンスたん』のつもりでいんのか!? ゆるくねぇッ! 全然ゆるくねぇよ! リアル箪笥で古くてボロいしさ、金具錆びてるし、手足長くて何かキモいし、子供が見たら泣くわ! ってかさ、襖開けてこんなん正座してたら、大人もちびるっつーの!」
 怒濤の罵倒に箪笥が狼狽える。錆びた金具をカタカタ鳴らし、上目遣いに生徒達を見回しているようだが、誰も志方を止めない。
 「引出しに着物仕舞うって事は、お前の腹ん中に入れるっつー事だろうが! 妖怪の腹に服片付ける女なんざ居ねぇ! 無茶言うな!」
 「あぁ、ないわー、マジ、ムリー」
 魔法使いの〈渦〉が、同意した。その細い肩には、使い魔の白蛇を乗せている。
 「〈輪〉君、気持ちはわかるよ。男の僕でも無理だよ。でも、ちょっと落ち着いて。もうあんまり時間ないし、これ、どうするか、早く考えよう」
 班長の〈雲〉が、時間を気にして言った。日没まではまだ間があるが、試験終了まで無駄にできる時間はない。
 「先生、害はないから放っといていい、みたいな事言ってたし、ちゃっちゃと掃除仕上げて、【鍵】掛けちゃわない?」
 〈火矢〉が〈渦〉のポーチをつつく。〈渦〉が【鍵】の呪符を取り出して言った。
 「魔力上乗せしてー、開かずの間にしちゃうー?」
 「いやぁあぁあぁ……一人は嫌じゃあぁぁあぁあ……」
 床を掻きむしり、箪笥が泣きだした。
 「妖怪を泣かすとは……流石、魔女と言うか、何と言うか……」
 「いやぁあぁあぁ……置いてかないでぇえぇえぇ……」
 巫女の〈榊〉が溜め息を吐く。
 あ、あぁ、そう言や、二人ともホントに魔法の使える女の子だ。魔女(まじょ)っ娘(こ)スゲー。
 志方が感心していると、その魔女っ娘達の矛先がこちらを向いた。
 「何でもするからあぁ……置いてかないでぇえぇ……」
 「えぇーっ、〈輪〉君のがヒドい事、いっぱい言ってたのにー?」
 「私達のせい? キモいとか言ってた〈輪〉君のせいじゃない?」
 「悪い所全部直すから……何でもするからあぁあ……」
 「あ、いや、その、まぁ……箪笥、すまん。ちょっと言い過ぎた。でもさ、そんなベラベラ喋って泣き叫んで、手足生やした箪笥は、もう普通の箪笥としては、使えないんだよ」
 志方は、泣き叫ぶ箪笥に軽く頭を下げた。〈樹〉が腕組みする。
 「何でもするからあぁあ……捨てないでぇえぇぇ……」
 「どっかの大学の魔道学部で研究対象か、お化け屋敷のアトラクションくらいしか、使い途ないだろうなぁ」
 「おい、箪笥、さっきさ、何でもするっつったよな? ここに居ても使い途ねーから、どっちか選べ。学者に貰われんのと、見世物にされんのってさ、どっちがいい?」
 志方が問うと、箪笥はピタリと泣き止んだ。迷っているのか、やや傾いて、膝の上で拳を握っている。
 「俺ら急いでるから、早く決めてくんねーか?」
 「先生の知り合いの学者か、ここをリゾートにする業者経由で遊園地か。いずれも本来の用途には使われんが、まぁ、そこは諦めて、誰かの役に立てるだけでも、御の字とするがいい。さもなくば、焼却処分は免れまい」
 イライラと貧乏ゆすりする〈樹〉を手で窘め、〈榊〉が言った。
 箪笥がすっくと立ち上がり、ぺこりと頭を下げた。引出しが飛び出る。箪笥は自分の手で慌てて押し戻すと、言った。
 「学者の所へ、やって下され」
 「よし、決まったね。じゃ、後で先生に言うから、取敢えず庭で待っててくれる?」
 班長が砂利道の方向を指差し、廊下の壁際に避ける。班員も道を開けた。箪笥は雑妖を蹴散らし、駆け出した。板の間に響く足音が、遠ざかる。
 一同、太い息を吐き、顔を見合わせた。
 「ここの仕上げは僕がするから、他のとこ、よろしく」

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