■虚ろな器 (うつろなうつわ)-20.朝礼 (2015年04月05日UP)

 期末考査最終日。除祓概論の実技試験当日を迎えた。
 志方は昨夜、〈雲〉に【安眠】を一枚貰い、たっぷり休んだ。経験上、寝不足でアレと対峙する危険性をよく知っているからだ。
 すっきり目覚めた代わりに、枕元は呪符の残骸で灰だらけになっていた。だが、お陰で前日までの試験疲れが、すっかり取れた。
 手早く掃除し、万全の体調で食堂に降りる。
 皆、落ち着かない様子で、もそもそ朝食を摂っていた。
 今朝はサンドイッチ。照り焼きチキンサンドとチキンカツサンドだ。新鮮な野菜も挟まっている。いつも通りに美味しい筈だが、緊張の為か、殆ど味がわからなかった。
 実技試験の高一は、全員、長袖のジャージ上下だ。暑いが、ダニ等による虫刺され予防の為なので、仕方がない。
 もう一方の班は、装備の最終確認をしている。班長の〈柊〉が、強張った顔で手帳を睨み、リストを読み上げていた。

 教室に入ると、マスクと軍手とゴム手袋、ウェストポーチ、塩が詰まったチャック袋が各机の上に置いてあった。
 ホームルームが始まると、先生がぞろぞろ教室に入ってきた。担任の〈匙〉先生、除祓概論の〈双魚〉先生、呪符魔術の〈筆〉先生と、養護教諭の四人だ。
 養護教諭は、年配のふくよかな女性だ。缶バッジではなく、銀のペンダントの徽で〈白(しろ)き片翼(かたよく)〉先生。〈雲〉の話では、ディアファナンテ出身の呪医で、魔術師の国際機関「霊性の翼団」に所属しているらしい。
 ペンダントは、霊性の翼団の身分証だ。どの系統の魔術の専門家であるかを示している。〈白き片翼〉は、鳥の翼が片方だけついた蛇。病気を癒す術を習得した医療者の証だそうだ。科学文明国の内科医に相当するらしい。
 「おはよう。皆、昨日はちゃんと寝たか?」
 担任の爽やかな笑顔に、生徒達は微妙な顔で返事を保留した。志方は昨夜、〈雲〉に貰った【安眠】で呪符使用の練習をした。睡眠時間の確保との一石二鳥で、体調はよかったが、空気を読んで黙っていた。
 「えー……まぁ、もし体調が悪くなっても、本部に〈白き片翼〉先生がいらっしゃるから、無理しないようにな」
 「重い物を運ぶ時は、腰を傷(いた)めないように気を付けるんですよ」
 ディアファナンテ人の養護教諭が、流暢な日之本語で注意を与えた。
 「えっ? 重い物って?」
 「ん? あぁ、古くて要らない家具を置いてったお家が、何軒かある」
 空き家には何も残っていないと思っていた〈水柱〉が、ポロリと質問を零す。〈双魚〉先生は、眠そうに答えた。
 「付喪神(つくもがみ)が居るが、別に害はない。祓わなくていいぞ。せいぜい、丁寧に拭いてやれ」
 神様……なのか? じゃあ、大事に扱わなきゃな。
 志方は、ツクモガミを知らなかった。皆は嫌な顔で、頬を引き攣らせている。
 続いて、〈筆〉先生が呪符の使用上の注意を説明し、担任が締め括った。
 「一軒終わる毎に本部へ来るように。先生達が霊的に閉じて掃除完了だ」

 事務員が運転するマイクロバスで、高等部一年生は、山中の廃村に向かった。危なげのないハンドル捌きで、曲がりくねった山道を行く。
 志方には、こんな山奥にもアスファルトの道路が通っている事が、不思議だった。
 窓の外を山の緑が流れ、ついでに種々雑多な妖魔も流れた。
 放棄された棚田に雑草が生い茂り、青草の影に雑妖が見え隠れする。雑妖は窓に飛びついて車内を覗き込み、侵入できない事に気付くと、すぐに視界から消えた。
 バックミラーから交通安全のお守りがぶら下がり、ハンドルには、志方がまだ見た事のない呪符が貼ってある。
 お守りと呪符、どちらの効果なのか、或いは両方なのか。絶大な威力だ。
 あの呪符、作れるようになりたいな。テストが終わったら〈筆〉先生に聞いてみよう。
 呪符師の〈筆〉先生は、校庭で手を振り、一年生を見送ってくれた。
 志方は、初めて具体的に学びたい事と目標ができたが、本人にその自覚はない。村に着くまで、ハンドルの呪符に羨望の眼差しを注ぎ続けた。

19.父娘 ←前 次→ 21.廃村
↑ページトップへ↑

copyright © 2014- 数多の花 All Rights Reserved.