■虚ろな器 (うつろなうつわ)-40.共闘 (2015年04月05日UP)

 「おーい、みんなー……」
 副委員長〈雲〉の、息切れした細い声も聞こえる。鴉の玄太が、開け放たれた襖の前を通過し、突き当りの窓に止まって一声鳴いた。
 B班の生徒達は、立ち止まって襖の中を覗いた。
 「何じゃこりゃー!?」
 「わかんない。助けて……〈柊〉ちゃんが捕まってるの」
 「隣の部屋にヘンな魔法陣があるんだ」
 驚愕の声を上げる級友に〈三日月〉と〈森〉が、助けを求めた。〈柊〉は〈三日月〉の言葉に、胃が痛んだ。そんな場合でない事は、充分承知しているが、罪悪感と敗北感が〈柊〉を蝕む。
 水を満たしたバケツを持った〈水柱〉が、〈双魚〉先生と共に隣室に足を踏み入れた。
 「下見の時は、こんな物、なかったんだがなぁ……」
 先生は、首を傾げながらも、小声で呪文を唱えた。簡易結界の前をうろつく魔物を指差す。風船が割れるような乾いた音を立て、銀鱗の魔物が消えた。
 「あ、これ、お前らでもいけるわ。やれ」
 先生は廊下に下がり、顎をしゃくった。どんな術を使ったのか、プロに掛かれば、一撃だった。満身創痍の未熟な生徒達に、何ができるのか。
 「A班とB班、全員で掛かれ」
 「えっ!? やれって……!?」
 「どーすんですかッ!?」
 「もう【魔滅符】使い切ってるし!」
 「ヒント下さい! ヒント!」
 生徒達から悲鳴が上がる。〈双魚〉先生は、面倒臭そうに頭を掻いて、さらに離れた。
 「んなもん、自分で考えろ。危なくなったら、助けてやる」
 今、現にA班、血だらけで、どう見ても危ねーよ……スパルタ過ぎんだろ、先生!?
 志方は銀鱗の魔物と、〈双魚〉先生を見比べた。
 残る魔物は三匹。委員長〈柊〉、神社の子〈梛〉、占い師志望の〈柄杓〉は、魔物に喰い付かれ、負傷している。動ける者も、できる事も、限られていた。

 どーすりゃいいんだよ……

 「そっちのお部屋、暗いから【灯】点けるねー」
 呪符の力を開放し、〈渦〉が部屋を仕切る襖に貼った。月光に照らされ、床の魔法陣がより鮮明になる。
 窓と、廊下に面した襖は、厳重に板が打ち付けられ、塞がれていた。
 魔法陣の中心に魔物が半分、突き出ている。魔物の鱗がギラギラと光を反射する。
 魔法陣の数歩中寄りで〈柊〉が立ち竦んでいる。流れる鮮血が光を返し、床に溜る。
 〈水柱〉がバケツの水を起ち上げ、床に滑らせた。板敷に広がる赤と青の血溜りが、魔力を帯びた水に流される。そのまま魔法陣に突入し、洗浄を始めた。
 ポーチから【消魔符】を取り出し、〈榊〉が魔法陣に近付きながら、呪文を唱える。
 簡易結界から出た〈三日月〉が、魔物本来の姿に戻った使い魔を呼び寄せ、抱きしめた。
 銀鱗の魔物は、相変わらず、〈柊〉、〈柄杓〉、〈梛〉の肉を齧っている。
 「何だこれ? スゲー重い!?」
 水を操る〈水柱〉が、額に脂汗を浮かべた。水の動きが鈍い。
 再び体が重くなった〈柊〉が、推測を述べる。
 「この魔法陣には、【吸魔符】と同じ効果があるようです。【消魔符】一枚では、完全停止できず、水に掛けた術の魔力を吸われているのだと思います」
 「ゲ……じゃあ、やめた方がいい? それか、やっぱ、魔法陣消すのが先?」
 返事を待たず、魔法陣から水を引き揚げようと、動かす。水は突然、制御を失い、そのまま床に広がった。魔力を吸い尽くされたらしい。〈柊〉の足元が水浸しになる。
 ポーチを探り、〈樹〉は残っていた呪符を取り出した。箒の柄に貼り付け、起動する。火柱が上がり、巨大な歯ブラシのようになった。火を噴く箒を勢いよく振り降ろす。A班の班長〈柊〉に歯を立てる魔物の腹に当たった。黒煙とドブ臭が上がる。熱さに驚き、口を開いた魔物を〈水柱〉が蹴り上げた。
 箒に貼った【炉】の火は、まだ燃えている。〈樹〉は、〈柄杓〉の背を齧る魔物を【炉】の炎で殴りつけた。銀鱗の魔物は床に落ち、火傷を受けた身を捩り、のたうち回る。
 余燼で〈梛〉に喰らい付いた魔物の目を焦がす。〈梛〉の手の甲から口を放し、床を転げ回った。白濁した小さな目玉が落ちる。

 魔法陣に、発動した【消魔符】が投げ込まれた。
 中心から出現しつつあった銀鱗の魔物が、二つの世界の間で分断される。こちら側に現れていた部分が倒れ、青い血が床に広がった。断面は切れ味のいい刃物で切断されたようにキレイだ。切り口が急速に色を失い、半分の魔物は灰になって崩れた。
 急に解放された〈柊〉が、支えを失って魔法陣の外側に倒れる。〈水柱〉が支え、そのまま肩を貸して廊下に連れ出した。
 「あんな雑魚に食われるとは、お前もまだまだだな。ま、その位なら〈白き片翼〉先生が、キレイに治して下さる。痕は残らんから、安心しろ」
 傷の具合を確めた〈双魚〉先生が、安心させようと、軽く言って笑う。〈柊〉は床に蹲り、顔を上げられなかった。〈水柱〉は何も言わず、すぐ部屋に戻った。
 「文間にて綾成す妖し肖りて、怪しき力零しつつ
 危うき業の綾解き、過たず過ち正せ、綾織り成せ」
 【消魔符】の呪文を唱え、〈渦〉が自前の魔力で術を行使する。モップの柄で魔法陣の中心付近を打つ。呪符二枚で、どの術が止まったかわからない。吸魔と充魔、召喚だけとも限らない。念の為、更に術を打ち消しに掛かった。
 簡易結界から出た〈森〉が、床でのたうつ魔物を部屋の隅へ蹴る。志方もそれに倣い、もう一匹を隅に蹴り転がした。
 目を焼かれた魔物が、小柄な〈柄杓〉を襲う。〈柄杓〉は素早く軍手を脱ぎ捨て、水晶を握った手で【魔滅符】の呪文を唱えた。
 「清き陽よ、烈夏の日輪、澱み裂き、魔の目貫け、魔を滅せ
 不可視の焔光、焼き焦がせ、罪穢れ討ち、碍魔を滅せ」
 水晶の魔力で術が発動する。〈柄杓〉は小さな体を捻り、水晶を握った拳を魔物の横面に叩きつけた。
 魔物はビクリと硬直し、動きを止めた。拳が触れた部分から、じわじわと光沢を失い、全体が色を失うと、灰となって崩れた。

 強ぇ……〈柄杓〉さん、強ぇ……

 志方は、小柄な〈柄杓〉が、拳の一撃で魔物を屠った事に言葉を失った。
 副委員長〈雲〉と〈森〉が、負傷した〈梛〉を両脇から抱え、廊下に連れ出す。魔物が志方の足元から身を翻し、血の匂いを追って跳躍した。
 「ボサッとするな!」
 武闘派巫女〈榊〉が怒鳴り、〈梛〉の足に喰らい付こうとする魔物の頭を踏み付けた。魔物が歯を鳴らして身を捩り、虫の足を闇雲に動かして逃れようとするが、〈榊〉は足を放さない。
 怒鳴られて我に返った志方は、震えの止まらない手でポーチを探った。ビー玉大の水晶を取り出す。〈火矢〉が〈柄杓〉を支え、廊下に避難させた。
 除祓概論の〈双魚〉先生の指示で、〈雲〉と〈森〉が、水を汲みに走る。治癒の術に必要だと言うのが聞こえた。
 再度、同じ呪文の詠唱を始めた〈渦〉に、部屋の隅から魔物が跳びかかる。〈水柱〉が早口に呪文を唱え、水流で魔物を床に叩きつけた。〈樹〉が火の消えた箒で、その頭を押さえる。
 担任の〈匙〉先生、養護の〈白き片翼〉先生が駆けつけ、負傷者の治療を始めた。〈白き片翼〉先生のやさしい声が、癒しの呪文を詠じる。
 負傷した梅路を三毛猫型に変え、〈三日月〉が抱きかかえて廊下に出た。
 「ヤバッ! そっち行った!」
 火傷を負った魔物が〈樹〉の箒を抜け、志方に跳ねる。〈水柱〉が再び水流をぶつけ、窓を塞いだ板に叩きつけた。火傷を負った魔物が床に落ち、こちらに頭を向ける。
 落ち着け、自分! 〈水柱〉君達が援護してくれる。呪文をとちらなきゃ、いける。
 志方は、汗で貼り付くゴム手袋を脱ぎながら考えた。
 先程〈柄杓〉が使った【魔滅符】の呪文は、まだ覚えていない。場の穢れを祓う事で、魔物の弱体化を狙う。〈渦〉の隣に立ち、力ある言葉で【退魔符】の呪文を唱えた。
 「撓らう灼熱の御手以て、焼き祓え、祓い清めよ。
 大逵より来たる水の御手、洗い清めよ、祓い清めよ。
 日々に降り積み、心に澱む塵芥、薙ぎ祓え、祓い清めよ。
 夜々に降り積み、巷に澱む塵芥、洗い清めよ祓い清めよ。太虚を往く風よ……」
 握りしめた水晶が熱を帯び、光の幻視が体の中心に向かって広がる。
 「……日輪翳らす雲を薙ぎ、月を翳らす靄を祓え」
 結びの言葉を発声した瞬間、水晶から力が波となって、放出された。
 床から身を起こした手負いの魔物が、力の波を受け、動きを止める。
 「清き陽よ、烈夏の日輪、澱み裂き、魔の目貫け、魔を滅せ、不可視の焔光……」
 武闘派巫女〈榊〉と力を持たない〈樹〉が素手で水晶を握り、同時に呪文を唱えた。
 それぞれ、〈榊〉は足元の魔物に〈樹〉は窓際で動きを止めた魔物に狙いを定める。
 「……焼き焦がせ、罪穢れ討ち、碍魔を滅せ」
 魔滅の力を帯びた拳を銀鱗の魔物に叩き込む。
 術の拳を受けた二匹は、呆気なく灰になった。

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