■虚ろな器 (うつろなうつわ)-46.慰労 (2015年04月05日UP)

 夕飯には、一人も欠ける事なく揃った。
 委員長はまだ足がふらつくようで、〈白き片翼〉先生に付き添われていたが、チキンカレーとサラダを残さず食べていた。
 同じ卓でカレーをおかわりしていた志方は、皆が揃った事にホッとしていた。この後、〈双魚〉先生から事件についての説明がある。
 犯人さ、とっとと捕まってくんねーかなー……
 香辛料の程良い辛さが食欲をそそり、ほぼ無意識にスプーンが動く。厨房で調合したらしく、薬膳風で刺激は少なかった。合間で麦茶を飲みながら、事件に思いを巡らせる。
 ゴミ……ペットボトルに指紋と唾液が付いてるから、そっから速攻で足がつくよな。前科者って、警察の犯罪者データベースに載ってるんだっけ? あ、でも、もしそうなら、そんなバレバレな証拠を現場に残したりしないよなぁ。
 ニュースや推理小説から得た情報を基に、つらつら考える。
 何の罪に問われるんだろ? 傷害? 殺人未遂? 不法侵入と不法投棄は確実だよな?えっと、それからさ、魔道犯罪規制法違反も……だよ、な?
 警察に就職するなら、法律の勉強も必要になる。研修はあるが、やはり大学は卒業しておくべきか。志方はスプーンを置き、進路に思考を飛ばした。
 指定校推薦は、魔道学部限定か……。でもさ、どうせこの学院を卒業したら、それ系の就職以外は無理っぽいんだよな。じゃあやっぱさ、そっち系の大学か。受験勉強、何すりゃいいか、後で副委員長に聞いてみよう。それより今はさ……

 志方は、隣でラッキョを噛んでいる副委員長を見た。その隣の〈樹〉は、ラッキョが苦手らしく、副委員長〈雲〉に自分の分を譲ろうかと言っている。〈雲〉も何か考え事をしているのか、上の空で自分のラッキョを噛み続けていた。
 向かいに座る〈三日月〉は、梅路を席に座らせ、空いた皿を下げに行った。梅路はテーブルに飛び乗り、毛繕いを始めた。
 先生は梅路を横目で見たが、何も言わない。いつもなら「梅路さん、お行儀悪いですよ」と、三毛猫を降ろす委員長〈柊〉は、麦茶のコップに唇をつけ、ぼんやりしていた。
 「あのさ、委員長って被害者なんだからさ、そんな、罪悪感持つなよ」
 志方は思い切って声を掛けた。〈柊〉は麦茶のコップから顔を上げ、志方をまじまじと見た。〈白き片翼〉先生は、何も言わずに二人を見守っている。
 「さっき、ここで話してたんだけどさ、鏡に映った犯人、無茶苦茶軽いノリだったの、覚えてる?」
 A班の班長〈柊〉は、力なく首を横に振った。志方は構わず続ける。
 「……うん、まぁ、スゲー軽いノリだったんだよ。バカ丸出しでさ、罪悪感のカケラもないっつーかさ、悪い事してる自覚ゼロみたいな……」
 B班の班長〈雲〉にラッキョの小皿を押しやりながら、〈樹〉が話に加わった。
 「で、多分、『ネットで拾った魔法陣、丁度魔法使い来るし、ホントに効くかやってみよーぜー、うぇーい』的なノリだったんじゃないかなって、言ってたんだ」
 「人を殺しかけたのは、あいつらでさ、委員長じゃない。委員長、被害者なんだよ。悪いのはバカな事したあいつらなのにさ、何で委員長がさ、そんな罪悪感でいっぱいなんだよ。自分さ、被害者なの、わかってる?」
 志方は、敢えて問い詰めるように言ってみた。優しい言葉は、既に他の者達から山盛りの気遣いと共に掛けられているだろう。その気遣いが、却って罪悪感を深めているのではないか、と思ったのだ。
 優しくすんのも、勿論、必要だけどさ、それはもう、〈白き片翼〉先生とかさ、女子とか仲のいい奴がやってんだろ。
 志方は〈白き片翼〉先生をちらりと見た。先生は何も言わない。
 委員長も反応がなかった。
 「んー……と、さ、夜中に会社の管理物件に不法侵入してさ、ゴミ不法投棄して、これだけでも充分、犯罪者。わかるよな、委員長、俺より頭いいんだからさ。あいつら、ガチで犯罪者なんだよ」
 委員長〈柊〉は、微かに頷いた。
 「で、その犯罪者集団が仕掛けた卑怯な罠にハメられた。これのどこにさ、委員長が責められる要素があるんだよ?」
 「わ……わた……私が、もっと……ちゃんとしてればッあんな事には……」
 志方の問いに重い口を開いたが、〈柊〉の声は震え、かすれていた。志方は委員長にカレーのスプーンを突きつけた。
 「いいや、違う。それはさ、プロになった時用の『気を付けましょうポイント』でさ、今、委員長が責められる事じゃない。あんなのさ、委員長でなくても、誰もわかる訳ねーからさ。責められる要素なんか、一個もねーよ」
 「A班も、魔力のない子に水晶渡してたんだよね? じゃあ、誰が行っても結局、罠に掛かってたと思うよ」
 ラッキョを噛みながら、B班の班長〈雲〉は別の可能性を示し、〈樹〉が静かな声で占いの結果を告げるように言った。
 「必要のない罪悪感に囚われて、何も見えなくなってちゃ、先に進めなくなるよ」
 「〈柊〉ちゃん、反省するポイント、ずれてるって言われてるよ」
 戻ってきた〈三日月〉が、梅路を抱き上げ、努めて軽い調子で言った。
 「反省と後悔は、正しく行わなければ、今後の為になりません。精神衛生上もよろしくありません。心が安定していなければ、術を正しく行使する事も、難しくなります。……今はまだ、動揺が大きくて難しいでしょうが、少しずつ、前を向いて行きましょう、ね? あなたも他の皆も、よく頑張ったから、一人も欠ける事なく、生き残れたのよ」
 それまで黙っていた〈白き片翼〉先生が、穏やかな声で締め括った。
 うわ、ヤベー……何かさ、フルボッコみたいになっちまった……
 志方はそっと、委員長の様子を窺った。〈柊〉は、こくんと頷いただけで、何も言わず、表情にも変化がなかった。

 高等部一年の誰もが上の空で、口数が少なかった。
 他学年が食事を終え、一人また一人と食堂を出て行く。
 志方は窓の外に目を遣った。まだ空は明るい。時々、鶏が鳴く声が聞こえる。学院の鶏は、定期的に徳阿波県内の養鶏場から補充されていて、小屋にはいつも一定数が居る。新しい鶏が来る度に、順位闘争で騒々しくなった。
 ……刑務所って、中、どうなってんだろうな?
 鳥小屋から連想したが、全く想像がつかない。
 いつもの調子で〈双魚〉先生が、ふらりと食堂に入って来た。志方達に緊張が走る。
 「まぁ、そう慌てるな。先生が食べ終わるまで、待ってくれ」
 カレーを手に、生徒から少し離れた席に落ち着く。〈双魚〉先生は、高等部一年生が固唾を呑んで見守る中、いつも通りのんびり夕飯を味わい、麦茶を飲み終えるまで、生徒達の視線に頓着しなかった。
 他学年の生徒は自室や娯楽室に移り、食堂に残っているのは、高等部一年生と〈白き片翼〉先生、〈双魚〉先生、いつの間にか隅でカレーを食べていた〈匙〉先生と、厨房の調理師達だけになった。
 今日は皿洗い当番が免除され、他学年の生徒も厨房に入っていない。
 担任の〈匙〉先生と除祓概論の〈双魚〉先生は、同時に食べ終わり、食器を下げに立った。〈双魚〉先生が厨房に何か言い、カウンター越しに保冷袋を受け取る。
 志方達の席に袋を置き、〈双魚〉先生はニヤリと笑った。
 「刑事さんからだ。他の奴らには内緒だ。誰にも言うなよ」
 カップのアイスだった。
 副委員長の〈雲〉が配る。先生にも行き渡り、五つ余った。余りは〈匙〉先生がカウンター越しに声を掛け、調理師に渡した。
 「さて、まぁ、溶けない内に食べながら聞いてくれ。聞きたくない奴は、部屋で食え」
 〈双魚〉先生は、手近な椅子を引き寄せて腰を降ろし、生徒達を見回した。六人席ひとつと、四人席ふたつに分かれて座っている。生徒達は、一人も席を立たなかった。
 〈渦〉がカップの蓋を開けると、他の生徒達も続いた。
 「じゃあ、聞くんだな。昨日、犯人がわかった」
 先生はいつもと同じ、眠そうな声で言った。
 生徒達はレジでくれる木匙を持つ手を止め、〈双魚〉先生を見た。委員長は食い入るような目で見詰めている。
 「お前らを帰らせた後……」
 バニラアイスを口に運びながら、〈双魚〉先生は説明を続けた。

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