■虚ろな器 (うつろなうつわ)-49.成績 (2015年04月05日UP)

 八十二点。

 六時間目、除祓概論で配られたA4用紙には、徽と点数、総評が印字されている。
 なんだかいい加減そうな〈双魚〉先生とは思えない。採点基準と評価のポイントと、改善点がきっちり簡潔にまとめられていた。
 「あぁ、その評価票な、警察学校の特務科と、自衛隊の特殊部隊の奴、足して二で割って、甘くしてあるんだ」
 票に困惑の目を走らせる一年生に、〈双魚〉先生は、いつもの眠そうな声で説明した。
 魔力を持たない自分のどんな行動が、どう評価されたかよくわかり、改善点も明確にしてある。今後の生活……特に雑妖や浮遊霊への対処方法についても、役に立つであろう実用的で具体的なアドバイスだ。
 基準がガチ過ぎる。俺らってさ、思いっ切り、レール敷かれてんじゃね?
 一通り目を通し、志方は警察と自衛隊の二択を突きつけられたような気がして、胸の奥をチクリと刺されるようなイラ立ちを覚えた。

 「あ、それとな……」
 先生は、何でもない事のように続けた。
 「お前らに小遣いがある。出所は、例の不動産会社。『お見舞い』と言う名目だが、まぁ要は口止め料だな」
 誰も口を開かなかったが、教室の空気がざわついた。梅路が耳を伏せる。〈双魚〉先生は、口をへの字に曲げ、一人一人の目を覗き込むように見回した。
 「以前、買物実習で作った口座に振り込まれる。……〈柊〉、お前の言わんと欲する所は、わからんでもない。だがな……」
 名指しされた委員長は、机の下で拳を握った。何を言われるのか、と同級生達は、息を詰めて見守る。
 「汚いとは思っても、世の中、そう言うもんだ。それにな、会社だってある意味、被害者だ。社員の不法行為に対する使用者責任はあるが、村に死体が埋まってたのは、会社のせいじゃない。リゾートにするのに、イメージダウンで商売あがったりだ」
 「でも……魔法じ……」
 「今言ったばかりだが、会社には、社員の不法行為に対する使用者責任は、ある。その償いとして、金を払うんだ。イメージダウンを防ぐ為の、口止め料も兼ねているがな。社員にもまぁ、多分、会社から何かお咎めがあるだろうが、そっちはわからん」
 遮られた〈柊〉は、険しい目で〈双魚〉先生を見上げた。二人の視線がぶつかる。先生は顔色ひとつ変えずに続けた。
 「カネなんか貰っても仕方ない、そんなもん要らんって面だな? だが、この国は、そう言う国だ。カネで世の中が回っていて、色んな物の尺度がカネだ。形あるものも、ないものも、カネに変わる。『償い』もそうだ」
 先生はそこで言葉を切り、生徒達の反応を待った。

 石のように黙っている。
 A班の班長〈柊〉の拳は、血の気を失い、震えていた。
 同じく、A班で肉を齧られた〈梛〉と〈柄杓〉は、諦めきった顔で、先生の言葉に耳を傾けている。
 怪我こそないが、恐ろしい目に遭った〈森〉は緑の瞳を伏せた。〈水柱〉が机に向かって「でも…………だし……」と、言っているが、殆ど聞き取れない。
 使い魔を傷付けられた〈三日月〉は、無闇に三毛猫を撫で回している。使い魔の三毛猫梅路は大人しく、されるがままになっていた。
 まぁ、それくらいしか、ないっちゃないんだけどさ、別に、皆がそれで納得してる訳じゃないし、俺もさ、今まさに、納得いかねーんだけど……
 志方は、無言で先生を見詰め返した。
 「科学文明圏で暮らすってのは、そう言う事だ。所変われば法変わる。どこの国のどの時代のどんな制度でも、全ての人が納得できるなんて事は、ありゃせん」
 流暢を通り越し、口の悪い日之本帝国語でベラベラ喋る。
 この魔法使いは、一体、どこの出身なのか。顔立ちは南方系の異国風だが、焦げ茶色の髪と瞳は、この国でも決して珍しい物ではない。
 担任の〈匙〉先生は、曾祖父がディアファナンテ人だ。かなり日之本帝国の血が入っていて、パッと見はその辺によくいる感じの普通の人。よく見れば、髪の色が少し明るく、やや彫りが深い顔立ちから、僅かに異国の気配が感じられる。
 「最近は大分マシになったが、この国の多数派の民族は、排他的だ。元々ここに住んでる見鬼の力を持つ少数民族ですら、多数派に同化させて当たり前で、異質な者を居ない者扱いする奴が多い。先生はこの国で暮らして百年ちょいだが、未だに他所者扱いだ。お前達もこの国で暮らしてくなら、その辺も覚悟しとけよ」

 百年……?

 志方は言葉を失った。他の生徒達も、驚いて顔を上げる。
 魔法文明圏の全人口の内、三割程度が数百年生きる長命人種だ。
 もし本当に、長命人種だとすれば、白髪交じりのこの先生は、一体、何百年の時間をこの世で過ごして来たのか。
 「卒業して世間に出たら、イヤと言う程、理不尽な目に遭うだろう。でもな、全ての人の望みを叶えようとすると、誰の言い分も通らなくなるんだ。皆が少しずつ我慢して譲り合って、お互いに落とし所を見つける事で、一応、成り立ってるからな。会社の対応も含めて、今回の事はいい社会勉強だ。金はひとまず受け取って、大人になってから、じっくり意味を考えろ。その内……わかる」
 余人より長く生きている魔法使いの〈双魚〉先生は、いつになく饒舌で、大人らしい説教をしていた。
 「ニュースで見たけどさ、『社員がやったことだから、ウチは知らない』って切り捨てる会社もあるしさ、タテマエだけでも、お見舞い出すだけ、まだマシかもな……」
 志方は色々と諦めて呟いた。
 委員長が驚いた顔で振り返り、目が合った。
 「信じられないだろうし、許せないと思うけどさ、居るんだよ。実際、そう言う無責任で狡い奴ってさ……いっぱい」
 複数の場所で、息を飲む気配がする。志方は、トカゲのしっぽ切りを語った自分に向けられる「信じられない物を見る目」に困惑した。
 「お金では、解決も納得もできない事って、確かにあるけど、お金で何とかなる事も、一応、あるからなぁ」
 妙に実感の籠った声で〈樹〉が、しみじみ言った。今度はそちらに視線が注がれ、志方は内心ホッとした。
 「でも……わかりません。お金って、働いた対価として支払われるって、教わりました。こんな事で……償いなんて……」
 委員長の声は途中から小さくなり、震えて消えた。同じく魔物に齧られた被害者の〈梛〉が、静かな声で言った。
 「心と体の傷を、ハシタ金で買い叩かれたみたいで、ムカつくよな」
 「でも、犯人はすぐ捕まったし、まだよかった方じゃない? お母さんの所、時々、泥棒とか、轢逃げの犯人を探して下さいって、お客さん、来るって言ってるもん」
 占い師志望の〈柄杓〉が、どこか遠い所を見て呟いた。
 齧られた背中はキレイに治してもらって、治療費も掛かってないし云々。聞き取れないような独り言の後、大きな声で締め括った。
 「私は、別に、これでいいよ。刑はぬるいかもしれないけど、会社はクビになりますよ……ね?」
 眼鏡の奥から、〈双魚〉先生を見る。
 先生は苦笑した。
 「さぁな? その辺は、会社の判断によるからなぁ」
 「普通に考えれば、ネットで犯罪自慢する輩を長居させる事はなかろう。しかも、実名で、だ。今回は巧くもみ消せたとしても、また同じバカを繰り返さんとも限らん」
 神社の子〈榊〉が、常識的な説明をした。
 「余程強力なコネでもない限り、バカを庇うメリットがない」
 「前科が付いて、会社クビになったら、社会的なダメージ大きいよな。執行猶予が付いても付かなくても、前科は前科だし」
 高等部から入学した〈樹〉が言うのを、幼稚舎からの内部生達は、成程そう言うものなのか、と感心して聞いている。

 先生が、思い出したように付け加えた。
 「刑事さんから聞いたんだが、B班がやった離れに人形があったろ? あれ、あいつらが持ち込んだんだそうだ」
 「えぇっ?! 何の為に?」
 怖い目に遭った〈火矢〉が、非難と疑問の混じった声を上げる。〈双魚〉先生は、わざとらしく渋面を作って答えた。
 「純粋に、イタズラ目的で」
 「せんせー、犯人の名前、何って言うんですかー?」
 元気よく手を挙げて〈渦〉が質問した。
 「知ってどうするんだ?」
 「お金の代わりにー、犯人の髪の毛か顔写真って、貰えないんですかー?」
 「ダメだ。そんな事をすれば、今度はお前が、魔道犯罪者として捕まるぞ。この国は、個人の手による復讐を禁じているからな」
 「えぇーっ」
 まだ幼い魔法使いの〈渦〉は、不満に頬を膨らませる。
 何をしようとしているかよくわかり、志方は頭がくらくらした。
 「お前達がわざわざ、手を下すまでもない。奴らは自滅する」
 先生は、きっぱりと断言した。先程まで、会社が行う犯人への処遇には明言を避け、のらりくらりと躱していたのが嘘のように、鋭い目をして続ける。
 「お前達の大半は、魔力を持つ本物の魔法使いだ。その恨みを買った事くらい、奴らだってちゃんと気付いてる」
 そこまで言って、先生は教室を見回し、口元をニヤリと笑みの形に歪めた。
 誰も何も言わない。

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