■虚ろな器 (うつろなうつわ)-13.呪符 (2015年04月05日UP)

 「呪符は、一回分の魔力が籠められてて、呪文を唱えれば、誰でもその術が使えるんだ。魔力が切れたら灰になっちゃうんだけど、モノによっては水晶より強力だよ」
 「この【消魔符】は、近くで使われた魔法を一種類、一回だけ無効化する呪符なんだ。呪符より強力な術だと押し切られちゃうけど、この国なら、まず大丈夫。それから……」
 班長の〈雲〉に続いて、知識豊富な〈樹〉が、具体的な効力を説明する。
 【退魔符】は、呪符に籠められた魔力より弱い残留思念や穢れを消滅させる。
 【魔滅符】は、呪符より弱い魔物を消滅させる。
 それぞれの効果範囲は、呪符に籠められた魔力による。
 「えっと、これ以外は、自分で作りなさいって……何が要ると思う?」
 装備を見て、〈火矢〉が不安そうに班員を見回す。班長の〈雲〉も首を傾げた。
 「そうなんだよね。教わった呪符で掃除に使えそうなのって、何だろう?」
 「書くのは俺がするから、〈火矢〉さん達は、魔力を籠めてくれないかな?」
 「あっ、そうしてくれる?」
 〈樹〉の提案に〈火矢〉が瞳を輝かせる。
 「それでー、何が要るのかなー?」
 「雑妖に集られないように、【魔除け】だけは、絶対要る」
 「要る要る! 絶対要る!」

 どんどん話が進む。志方は何の事やらさっぱりわからず、〈雲〉と〈樹〉に視線で助けを求めた。
 「呪符は、書く人と魔力を籠める人が別でもいいんだ。材料が特殊だから、コピーや印刷はできない。全部手書きしなきゃいけないんだけど、ミスったら修正できなくて、イチからやり直し。面倒臭いんだ」
 志方は、〈樹〉のわかりやすい説明に頷き、先を促した。
 「俺達が作れるような【魔除け】は、虫除けスプレーって言うか、蚊取り線香くらいの……ほんの気持ち程度の効果しかないけど、ないよりはマシかな」
 「他に習ってるのは、【防火】、【安眠】、【灯】、【鍵】、【炉】だけど……」
 「火災予防と悪夢見ないのと、懐中電灯と鍵と卓上コンロって、掃除に関係ないよね」
 「電気ー、来てるって言ってたもんねー」
 班長の補足に〈火矢〉と〈渦〉がダメ出しする。
 まぁ、そりゃそうかもしれないけど……
 「あの、さ、余裕があったらでいいんだけどさ、念の為にさ、【防火】と【灯】も、少しだけあったら、いいかな……と思うんだ」
 志方は、これまで雑妖に仕掛けられてきた不運の数々を思い起こし、恐る恐る提案した。皆が小さく首を傾げる。
 「えっと、あいつらさ、結構、電気系統にも悪さするんだ。電気来てるのに、誰も住んでない古い家って事はさ、最悪、漏電火災とか……」
 「うわ、そうなんだ」
 「ヤバー」
 「じゃあ、六軒分、全部作ろ! 私、頑張るから! ね? ね?」
 幼稚舎から居る〈雲〉、〈渦〉、〈火矢〉が驚く。〈榊〉と〈樹〉は言われて気付いた程度で、反応は薄かった。〈榊〉が付け加える。
 「では、ついでに【灯】も、時間があれば作ろう。ブレーカーを落とされたり……いや、電気が来ておっても、蛍光灯があるか、わからんからな」
 普通に引越したなら、家財道具は残っていない筈だ。日中とは言え、古い家の中は暗いに違いない。
 暗い所であいつらとやり合うとかさ、無理ゲー過ぎんだろ……
 「何かあった時用にー、身代わり人形もー、欲しいけどー、時間ないからームリねー」
 「もっと早くわかってれば、よかったのにね」
 悔しがる〈渦〉に〈火矢〉が相槌を打つ。身代わり人形は、志方にも想像がつく。厄を肩代わりさせるヒトガタやカタシロの類だろう。ニュースで、流し雛の伝統行事を見た事がある。雛人形本来の用途だ。

 隣の班も喧々諤々、議論を重ねていた。国数理社共通語、生活、美術、音楽、保健体育。実技以外の試験勉強もある。呪符の準備にばかり時間を割けないのだ。自力で何とかする事と、呪符の力を使う事をどうするか、慎重に決めなければならない。
 先生が付いているから、幾ら何でも命に別条はないのだろうが、皆、なるべく痛い目に遭いたくないので、成績はさて置き、真剣そのものだ。
 「呪符の材料ってさ、どうやって調達するんだ? 書き方教えてくれたらさ、俺も手伝えるんだけど……」
 「羊皮紙と魔獣の消し炭は、呪符師の〈筆(ふで)〉先生に分けて貰って、鶏の血は鳥小屋のを給食のおばちゃんに〆て貰って……」
 「お肉はー、後でカラアゲとかにー、してもらうのー」
 志方の申し出に〈雲〉と〈渦〉が答える。志方は思わず頬が引き攣った。〈榊〉が窓の外に目を遣り、呟く。
 「魔力の充填には時間が掛かる。今日から書き始めねば、間に合わん」
 「皆がー、一度に作るからー、きっと暫くー、おかずは鶏肉ねー」

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