■虚ろな器 (うつろなうつわ)-12.授業 (2015年04月05日UP)

 翌日。三時間目が除祓概論の授業だった。
 教科担当の〈双魚〉先生は、焦げ茶の髪に白い物が混じる初老の男性教諭で、眠そうに期末考査の説明をした。昨日の〈匙〉先生の説明に加え、班分けが発表される。
 「二手に分かれて、村の掃除をして貰う。班はこう……」
 黒板に書きだされる班を生徒達がメモする。志方は副委員長の班だった。

 〈雲〉〈榊〉〈火矢〉〈渦〉〈樹〉〈輪〉
 〈柊〉〈梛〉〈水柱〉〈柄杓〉〈森〉〈三日月〉

 よりによって、何の知識もない自分と、何の能力もない〈樹〉が同じ班なのは、戦力的に如何なものか。おまけに、気マズい雰囲気になった〈榊〉と、なるべく関わり合いになりたくない蛇女〈渦〉と同じ班にされてしまった。
 視線に精一杯の非難を籠め、〈双魚〉先生を見詰める。
 「この間の実習の成績で割り振った。変更は認めない。元々〈輪〉が転入して来なければ、一人少なくても何とかなりそうな班だ。見鬼が増えて少し有利になったくらいだぞ」
 同じく不満げに何か言い掛けていた〈火矢〉が、それで口をつぐんだ。
 「委員長の班は、皆がちゃんと力を発揮できるように、役割分担をしっかり決めとけ」
 「はい!」
 委員長〈柊〉は、いいお返事のお手本のように、背筋を伸ばして応えた。
 「えーっと、家は十七軒ある。その内五軒は先週、浄化しておいた。危ないと思ったり、休みたくなったら、そこに行くんだ。一応、電気と簡易水道も来てる。トイレもそこを使うように」
 つまり、残り十二軒を六人ずつに分かれて清掃、浄化するのだ。一人一軒の計算になるが、個々の能力が異なる為、それぞれの適性に応じて役割分担して行う。
 委員長〈柊〉が挙手し、クラスを代表して質問する。
 「先生、物理的なお掃除はわかるんですけど、浄化ってどうすればいいんですか? 実習したのは、簡易結界の作り方と、弱い雑妖の追い払い方……だけですよね?」
 「ん? あぁ、それで何か問題あるか? 人が住まなくなって虚ろな器になった家から、雑妖の類が居なくなりさえすればいいんだ。無理して倒す必要はない。今回のテストは、【場の浄化】だ」
 「……わかりました。ありがとうございます」
 委員長が着席すると、同級生から安堵の息が漏れた。教室の空気が緩み、お互いに明るくなった顔を見合わせる。
 「どうせ村の周囲は山林だ。あんなもん、掃いて捨てる程居るからな。全部倒そうとしたら、キリがない」
 教科担任の一言で、空気が一気に冷え込んだ。
 副委員長〈雲〉が手を挙げ、恐る恐る質問する。
 「あ、あの、そんなたくさん、僕達だけで、できるんでしょうか?」
 「あぁ、できるできる。先週、全部の家を視て回って確認した。君らでも、どうにかできる程度のモノしかいなかった。恐怖に付け込まれないように、気合い入れとけ」
 〈双魚〉先生は気楽に笑った。

 毎年さ、こんなもんなのかもな。
 志方は、先生の生ぬるい笑いに何となく納得した。
 室内飼いの猫を公園等、屋根のない広い場所で放すと、怯えてパニックになる。生徒達の大半が、室内飼いの猫と同じ状態なのだ。病院等で時々外に出される事はあっても、外の世界を殆ど知らない。
 外は、恐い世界だ。
 〈双魚〉先生は、通院に勘付いた猫のように怯える生徒を「あー、ハイハイ、こわくないよー、だいじょうぶだからねー」と、あやしているのだ。
 飼い猫なら一生、外の世界を知らずに安穏と暮らせるのだろうが、彼らは、そうは行かない。進学にせよ就職にせよ、後三年足らずで、否応なく放り出されてしまうのだ。
 俺や〈樹〉みたいな途中入学の奴は、さしずめ、野良上がりってとこか。
 「はーい、じゃ、班で机寄せて作戦立てろ。わからない事があれば、聞きに来い」
 先生の言葉でガタガタと机を動かし、六人ずつ向い合わせになる。副委員長の〈雲〉が班長になり、自然に場を仕切った。
 「じゃあ、まずは皆の能力の確認から始めようか。えーっと……」
 言いながら、ルーズリーフに名前代わりの徽を書き出し、班員について〈雲〉が知っている事を並べる。

 〈雲〉魔力◎、見鬼、体力×
 〈榊〉見鬼、[神楽舞]、[剣術]
 〈樹〉[知識]◎、[占術]
 〈火矢〉魔力◎、見鬼
 〈渦〉魔力△、[使い魔]、見鬼
 〈輪〉見鬼

 「えっと、間違ってたら、教えてくれる?」
 「大丈夫、合ってる」
 「〈輪〉君は、他に何かある?」
 ルーズリーフを覗きこんで、班員達が言う。〈火矢〉に聞かれ、志方は首を横に振った。
 「あ、そうだ、〈渦〉さんの魔力は、使い魔が居て他に回せないから、△にしたよ」
 「うん、ごめんねー。足引っ張っちゃうかもー?」
 「そんな事ない。銀条の偵察、アテにしてる」
 のほほんと謝る〈渦〉の肩を〈榊〉が軽く叩く。
 「先生、装備って事前に教えて戴けないんですか? 何があるかで、作戦が変わって来るんですけど」
 隣の班長〈柊〉が質問した。当然の疑問だ。
 「ん? あぁ、そうだな。まだ現物が揃ってないんだが、一応の予定では、魔力の水晶が、班に三個ずつ。ビー玉大で満タンの物だ。失くすなよ?」
 途端に教室がざわめく。
 答えながら〈双魚〉先生は、黒板に装備を追記する。
 「えー、それから呪符は、【消魔符(しょうまふ)】【退魔符(たいまふ)】【魔滅符(まめつふ)】が班に各一枚ずつ。他の物は呪文のカンペ以外、各自、試験までに準備する事」
 魔力の水晶だけで、ざっと百八十万円。呪符の材料費を加算すると、最終的に何百万の経費になるのか。

 退魔師って……カネ……掛かるんだな……

 志方は、班長が装備を書き写す手元を呆然と見守った。
 「掃除用具は、学校の備品を持って行く」
 教科担任が、思い出したように付け加える。志方は、まだ何か言い忘れがないか、不安になった。
 「物理的な掃除は任せてくれ。こう見えても、実家じゃ掃除のメイン担当だったんだ」
 自信に満ちた顔で〈樹〉が言った。〈渦〉が目を丸くする。
 「えー、〈樹〉君、すごーい。おうち全部、お掃除してたのー?」
 「うん。玄関、風呂、トイレ、台所、廊下、階段、各部屋、庭の草毟りまで、全部だ」
 志方は何か家庭の事情でもあるのか、と勘ぐり掛けて、止めた。今はそんな余計な事を考えている暇はない。後悔しないよう、積極的に質問を口にする。
 「教えてちゃんですまん。この、呪符ってさ、どういう物なんだ?」

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