■虚ろな器 (うつろなうつわ)-03.学食 (2015年04月05日UP)

 志方は、いつもの癖で一段ずつ、ゆっくりと足許を確かめながら階段を降り、二階の食堂に入った。
 扉を細く開けると、美味そうな匂いが廊下に流れ出た。今日の昼は、炊きたてのご飯、揚げ物と味噌汁と、何かの炒め物らしい。
 食卓は、十人掛けから四人掛けまで大きさがまちまちで、幼児用の低い食卓もふたつあった。ざっと見たところ、大小合わせて百席程度。幼児用の席がある以外は、前の高校の学食と似た雰囲気だ。
 食堂の中には、まだ誰もおらず、ガランとしている。
 カウンターの奥に厨房が見えた。中で三人の調理師が忙しく働いている。志方は遠慮がちに声を掛けた。年配の調理師達が、一斉にこちらを向く。
 「あのー……今日からお世話になります。高等部一年のしか……〈輪〉です。何かお手伝いしましょうか?」
 姓を口に出しかけ、徽に言い直す。
 人のよさそうなおばちゃんが、目尻を下げて答えた。
 「そう。よろしくね。じゃ、悪いけんども、ちびちゃん達の分、並べといてくれる?」
 カウンターの足下に鞄を置き、目顔で示されたお盆を手に取る。
 定食屋でよく見る漆塗り風のプラスチックのお盆だ。野菜炒め、鰯フライ、ご飯、味噌汁、大学芋が幼児用の器に盛り付けてあった。
 味噌汁を溢さないよう、慎重に幼児用の食卓に運ぶ。
 五人前、全て配膳すると、別の調理師に手招きされた。
 「ありがとね。はい、これお駄賃」
 カウンター越しに、爪楊枝に刺した大学芋を差し出された。礼を言って頬張る。先に揚げてあったようで、程良く冷めた芋が、ほくほく旨い。素朴な甘みに緊張が解ける。知らず知らず、肩に力が入っていたようだ。
 これまでの学校で聞き慣れた音色が、微かに聞こえた。四時間目の終鈴だ。
 「大きい子はセルフサービスだから、一人前持ってって、好きな席でお食べ」
 志方は窓際の六人席の角に座り、葱とワカメの味噌汁を一口すすった。
 赤味噌にイリコ出汁の旨みがたっぷり溶け込んでいる。学食にありがちな安物の即席ではない。本気の味噌汁だ。
 生ワカメの弾力に、徳阿波県の特産品が、イリコとワカメである事を思い出した。そう言えば、ほくほく甘い渦潮芋(うずしおいも)もそうだった。

 男子生徒数人が息を弾ませ、駆け込んできた。チャイムと同時に教室を飛び出したらしい。先客の姿を見付け、怪訝な顔をしながらも足を止めず、カウンターに直行する。
 「おばちゃーん、俺、大盛りー!」
 「俺も!」
 「僕もー」
 「あー、はいはい、たんとお食べ」
 毎日同じ遣り取りをしているらしく、すぐにおかずと大盛りご飯の乗ったお盆が、カウンターの上に現れる。口々に礼を述べると、大事そうにお盆を持って志方の所に来た。
 杯のバッジを着けた赤毛の少年が、遠慮がちに声を掛ける。
 「あー……えー……っと、初めまして。隣、いいですか?」
 「ん? うん、こちらこそ初めまして」
 志方が箸を止めて応じると、三人は嬉しそうに同じ卓に着いた。
 歩いてきた生徒達が、ぞろぞろと食堂に入って来る。どこの学食でもお馴染みの喧騒が始まった。
 「あ、あの、あの、もしかして、転校生、ですか? 僕、中等部二年の〈三ツ柏(みつがしわ)〉です」
 三枚の葉の徽を着けた茶髪の少年が、緊張にうわずった声で聞いた。他の二人だけでなく、後から入って来た生徒らも、こちらに意識を向ける。
 志方は頷いて、周囲にも聞こえるように答えた。
 「うん。高等部一年に転入して来たんだ。マークは一応、ただの丸印で〈輪〉。こちらこそ、よろしく」
 「外部の先輩増えた!」
 「スゲー。高一、これで十二人だぞ」
 「いーなー、友達いっぱい、いーなー」
 ささやきが漣のように食堂に広がる。
 志方は気恥ずかしさを誤魔化す為に、ご飯をわしわし掻き込んだ。炊きたてご飯に塩味の利いた野菜炒めを乗せ、口いっぱいに?張る。野菜炒めは、小学校の給食に近い懐かしい味だった。
 「〈輪〉先輩、俺〈二ツ火(ふたつび)〉って言います。俺、ただの見鬼なんですけど、先輩、魔力ある人ですか?」
 「ないよ。俺もただの見鬼」
 炎を二つ並べた徽の黒髪の少年が、キラキラした目で質問した。志方は、自分と同じ能力しか持たない者がいる事に少しばかり安堵し、軽い調子で答えた。
 保育士に連れられ、幼稚園児二人が入ってきた。先に座って待っていた小一らしき三人が、早く早く、と手招きする。
 「ここ、空いてる? 座っていい?」

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