■虚ろな器 (うつろなうつわ)-37.足跡 (2015年04月05日UP)

 副委員長〈雲〉を班長とするB班が、最後の一軒の掃除を始めた頃、委員長〈柊〉を班長とするA班も、最後の一軒に取り掛かっていた。
 水の魔法で〈森〉が屋根を洗い、班長の〈柊〉が窓と戸袋、外壁等を洗浄した。
 班長が無施錠の玄関を開け放つ。日に晒された雑妖が、悲鳴を上げる暇もなく消えてなくなった。
 三和土の埃が乱れている。
 「下見には〈双魚〉先生、お一人でいらっしゃいましたよね?」
 「多分……にしては、何か、足跡……多くない……?」
 不審に思った〈柊〉が足を止めた。玄関から奥に伸びる廊下を視線で辿り、〈森〉が首を捻る。暗がりから、雑妖がこちらを窺っていた。
 「おうちの人が、忘れ物を取りに来た、とか?」
 「何でだよ。どう見ても年単位で放置してんのに、今更、忘れ物もないだろ」
 眼鏡女子〈柄杓〉の暢気な発言に〈梛〉が鋭くツッコんだ。複数の靴跡が、何度か往復しているように見える。いずれも大人の大きさだ。土足で自宅に上がるとは考え難い。
 「えっ……じゃあ、逃亡犯が潜んでる、とか?」
 自分の発言に怯え、〈森〉の語尾は震えていた。三毛猫型の使い魔梅路を抱いた〈三日月〉が、廊下の奥の闇に目を凝らす。
 「……今は、誰も居ないよ」
 「時間ないし、さっさとやろう」
 〈水柱〉の言葉に全員が頷く。使い魔の鴉玄太も主の肩で、同意するように一声鳴いた。

 これまでの家で、使い魔達を外で待機させる必要がないとわかったので、連れて入る。
 使い魔のいない〈柊〉と〈森〉が、術で灯を点し、これまで通り二手に分かれた。班長〈柊〉、見鬼の〈柄杓〉、使い魔を肩に乗せた〈水柱〉は家の東半分。灯を持つ〈森〉、神社の息子〈梛〉、使い魔を抱いた〈三日月〉が、西半分の窓や雨戸を開けに行く。
 この家には、襖が残っていた。
 〈森〉達は、玄関を入ってすぐ、西隣の襖を開けた。畳はなく、降り積もった埃の上を雑妖が蠢いている。
 使い魔の梅路が威嚇の唸りを上げると、雑妖達は壁際に退いた。
 この部屋には、何年も人が立ち入らなかったようだ。
 先生も襖を開け、中を覗いただけらしい。埃に足跡は付いていなかった。鼠の糞らしき黒い粒が、幾つか落ちているだけだ。
 神社の息子が、破れた障子を開け、南向きの縁側に出て、雨戸を開けた。外の新鮮な空気と光が、部屋の澱みを一掃する。足元に纏わりついていた雑妖が、陽光に触れて声もなく掻き消えた。
 明るくなった縁側から隣室に入り、窓を開けて風を通す。〈三日月〉が部屋を仕切る襖を開け放ち、二間続きにした。

 三人は、部屋の北側の襖も開放し、廊下に出た。
 西の突き当たりの小窓と雨戸を開ける。暗い廊下の先に、四角く光が見えた。東端の小窓は既に開放してあり、東西に風の道が通った。
 廊下を挟んだ向かいの部屋に入る。こちらは小部屋だった。幅は同じだが、奥行きが先程の半分しかない。奥の襖を開ける。押入れだった。雑妖が犇めきあい、通勤ラッシュの満員電車のようになっている。
 今はそれに構わず、窓と部屋を仕切る襖を開けて、家の中央を通る廊下に出た。
 今の所、虫と雑妖の類しかおらず、ここも難なく終わりそうだった。
 「前、ここに来た人達って、こっち側にはこなかったんだな」
 足元の埃を見て、〈梛〉は確信した。下見に来た先生の物らしい大人の足跡が、一組だけ残っている。
 東に目を遣ったが、班長達が通った後で、元の足跡は確認できなかった。

 中央廊下の突き当たりは、納戸だった。班長達が開けた木のドアの奥には、首の折れた扇風機や足付きの古びたブラウン管テレビ等、壊れた家電製品が幾つか残っていた。
 納戸の西隣の襖を〈森〉が開ける。茶の間と台所だ。台所部分は土間で、隅に竈がある。竈の横は勝手口だ。〈三日月〉が開けると、外の風が吹き込んだ。
 「昔のおうちって、面白いねー。あれ、なぁに?」
 竈の上に設(しつら)えられた小さな神棚を見上げ、〈三日月〉が誰にともなく聞いた。腕の中で梅路が欠伸をする。〈梛〉が、少し考えて答えた。
 「神棚だよ。この位置のは、竈や台所を司る神様をお祀りしてるんだ。神棚は、えっと、ちっちゃい祭壇……で、わかる?」
 「うん。何となく」
 「えーっ? 何となくって、何だよ?」
 横で遣り取りを聞いていた〈森〉が、苦笑する。廊下に出ながら〈三日月〉は頬を膨らませた。
 「えーっ? だって、正式な祭壇って、見た事ないもん。わかんないよ」
 東側で女子の悲鳴が上がった。
 三人は顔を見合わせ、次の瞬間、駆け出した。

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