■虚ろな器 (うつろなうつわ)-48.聴取 (2015年04月05日UP)

 動揺が大きい為、翌日も高等部一年生の授業は休みになった。
 志方は何もする気になれず、ベッドに横たわってぼんやりと過ごした。目が覚めた事で、眠ってしまった事に気付いたが、夢を見ていたような見なかったような、はっきりしない眠りだった。
 寮に刑事が来て、個別に事情聴取が行われた。談話室に一人ずつ呼ばれる。精神的に不安定になっている生徒には、〈白き片翼〉先生が付き添う。午前中、起きていた者は先に済ませていた。
 志方は午後に呼ばれ、刑事と専門の捜査官を相手に一人で、自分の体験を語る。
 談話室に入ってすぐ、事情聴取に先立ち、捜査情報がこんなに詳しく知らされるのは、卒業後、専門捜査官になる者が多い事と、民間に就職しても、捜査に協力して貰う事があるからだと、説明された。
 志方は、自分でも嘘臭くて信じ難いと思いつつ、実際に遭った事をそのまま話した。刑事と専門捜査官は、現実離れした話を一切否定する事なく、聞いている。

 専門の捜査官は、年配の女性だった。
 普通のおばちゃん……を、ちょっとキリッとさせたみたいだな……
 志方は、テレビに出ている霊能者のような人物を想像していた。よく考えれば、魔法使いの先生達も、魔法が使える以外は、普通の人だ。外国の血が入っているので、外見は日之本帝国人っぽくないが、そんな人は幾らでも居る。
 「君も大変だったねぇ。でもね、もし将来、私と同じ仕事をするんなら、これも経験だから、今回のコト、よく覚えときなさいね。被害者の気持ち、忘れちゃダメよ」
 捜査官のおばちゃんに励まされ、志方は頷いた。
 将来の事は、まだ明確に決めていない。最近、警察も就職先の選択肢に入りつつあったが、今回の事で心が揺れていた。
 被害者としてはさ……二度とあんな事やらかす異常者とは、関わりたくないなぁ。んで、一生、刑務所に居て欲しいっつーかさ、罪悪感とか、なさげだし、死ななきゃ治らない系の奴ならさ、いっそ、来世でやり直して欲しいっつーか……
 志方が黙っていると、初老の刑事が、書き終えた調書を束ねながら言った。
 「今回はありがとうな。例のホトケさん、親御さんと連絡がついて、近いうちに実家に帰れる事になったよ」
 「えっ、あ、いえ、こちらこそ、ありがとうございます」
 思いがけず、殺人と死体遺棄事件の被害者・元野笙子のその後がわかり、安堵した。志方も、刑事に被害者のその後を知らせる。
 「あの後、すぐに成仏しました。刑事さんに、ありがとうって、笑ってました」
 「そうか。よかった。犯人を恨んで、悪霊にならずに済んだんだな。よかった」
 刑事はホッとした笑みを零した。

 事件から三日目、授業が再開された。
 例の件はくれぐれも内密に、と念押しされた以外は、いつもと変わりなく、日常が過ぎて行く。生徒達は、互いに事件には触れず、授業の遅れを取り戻す事に専念した。
 殊更に日常の回復に努める事で、事件を忘れようとしたのかもしれない。
 志方は、ここ数日分の新聞を隅々まで調べた。寮には全国紙が四紙と、徳阿波の地方紙、師国地方のブロック紙の計六紙がある。
 どの新聞も、全く今回の事件に触れていなかった。
 紙面には限りがある為、世の中で発生する全ての事件が掲載される訳ではない。それはわかっているが、志方は腑に落ちなかった。
 何かさ、いかにも飛び付きそうな猟奇事件なのにな。
 警察から魔道学院宛に、五人を逮捕したと言う連絡が入り、担任からその件を聞かされただけだ。

 釈然としないまま、日々は静かに過ぎ、試験の結果が返って来た。
 各教科の時間に答案が返却され、答え合わせをする。中学や高校の普通科と同じ光景だ。
 案の定、志方の成績はボロボロだった。
 ダメだった教科は、夏休みに頑張って追い付くとして、問題は、除祓概論だ。
 何でだ? これ、こんな……

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