■虚ろな器 (うつろなうつわ)-47.犯人 (2015年04月05日UP)

 生徒達を帰らせた後、魔法陣の部屋でも鏡を使った。
 思い入れの強い所持品や、髪等の体の一部、体液等があれば、実技試験をモニタしたのとは別の呪文で、持ち主の特定の場所に於ける過去の一定期間の様子を、映し出す事ができる。魔法文明圏の捜査では一般的な、事後撮りVTRとでも言うべき術を使用した。鏡に附属の水晶に記録する事も可能だ。
 実際に起きた出来事しか表示されない為、魔法文明圏では、そのまま証拠として採用される。科学文明圏では、国毎に対応が異なる。日之本帝国では、魔道犯罪に関してのみ、証拠採用される。
 鏡には、ペットボトル……唾液の持ち主を中心として、懐中電灯で照らされた部屋が映し出された。
 五人の男女が床を拭き、魔法陣を描く様子と、窓と襖に板を打ち付けて塞ぐ様子、天井にカメラをセットする様子が見えた。
 会話の内容から、撮影機材がセンサ付きの高感度カメラで、夜行性動物の生態観察等に使われる物だとわかった。
 若い男が押入れに入り、天袋から天井裏に上がった。魔法陣の真上に当たる天井板に穴を穿ち、カメラをセットしていた。
 捜査員が天井を確認したところ、実際に、小さなレンズとセンサ部が、板の穴から覗いていた。現場に残されていたカメラと記録媒体は、警察が押収した。
 鏡に映る五人は、完成した魔法陣を懐中電灯で照らし、ケータイで代わる代わる記念写真を撮っていた。五人の大人が、魔法陣を背に写真を撮り、はしゃいでいた。

 「は?」
 志方は思わず声が裏返った。
 「何だ? 〈輪〉、言ってみろ」
 「えっ……いや、その、犯罪の証拠写真をさ……わざわざ、自分で撮るとかさ……その人達、ひょっとしてさ…………バカ……なんじゃないか、な……と……」
 言ってしまっていいものかどうか迷いながら、結局、全部言ってしまった。〈双魚〉先生は、にこりともせず言い放った。
 「まぁ、そうなんだろうな」
 「えぇっ!?」
 生徒達から驚きの声が漏れる。
 「考えてもみろ、こんな何もない山ん中の廃村に、休日潰して一日ドライブ、不法侵入した他人ん家の床に、落書きしてドヤ顔で記念撮影。……それ以外の何だってんだ?」
 「あ……あぁ、はい、そうですね」
 そのバカに殺されかけた俺らって、一体……
 志方はげんなりした。
 「溶けたら勿体ないから、さっさと食え」
 生徒達を促し、〈双魚〉先生は口を結んで腕組みをした。先生のアイスは既に空になっている。
 担任と養護教諭も大急ぎでアイスを食べ、生徒達もそれに倣う。
 アイスは、カップに接している部分が溶け、程良く軟らかくなっていた。
 志方は半月振りに食べるアイスを、大して味わわずに流し込んだ。口の中に残っていた香辛料の刺激が、アイスの甘さに洗い流される。他の生徒も、食べ終わるまで続きを話して貰えないと察して、黙々とアイスを掻き込んだ。
 麦茶を一杯飲み干すと、〈双魚〉先生は力なく笑った。
 「悪事を働いた認識がないんだろうな。隠すどころか、世界中に向けて公開してるんだよ、これがまた」

 警察は、専務と部長から任意で話を聞き、心当たりの社員の情報を得た。若い男性の一人が、部長の部下の一人だった。
 彼の本名で検索し、実名で登録されたSNSを複数発見。うち、一件のプロフィールには、本名、顔写真、居住地域、学歴や勤務先等の情報も表示されていた。
 まだ、令状が発行されていない為、プロバイダやSNSの運営会社にログや個人情報の提出請求等はできず、本人なのか、彼を騙る誰かのSNSなのか、確認はできない。
 最近の日記には、山奥の廃屋に行った事、魔法陣を描いた事が書かれ、その時の写真も掲載されていた。捜査に気付き、削除される前に「魚拓」を撮り、保存した。令状なしで閲覧・保存できる公開された情報を、可能な限り収集する。
 平行して、友達リスト等の全体に開示されているページから、関係者の割り出しも進めている。
 コンビニ周辺で聞きこみを行った結果、ガソリンスタンドの店員が、彼らに道を聞かれた事を覚えていた。スタンドの防犯カメラに、その様子も記録されていた。ホームセンターで、窓と襖を塞いだ釘と板を購入した事も判明した。今後、販売記録と防犯カメラの録画の提出を受ける予定だ。
 令状が出れば、本人の携帯電話を押収し、GPSログで移動の経路もわかる。

 バカだ……ホンモノのバカが、居る……

 志方は聞いているだけで頭が痛くなってきた。普通の会社に就職しているいい年こいた大人が、休日の夜中に、勤務先の所有物件に不法侵入して、ゴミをポイ捨てして落書きして、ドヤ顔で写真を撮って、実名でネットにUP。その結果、魔道学院の生徒達が魔物に食われ、命を失いかけた事に気付いているのだろうか。
 何をどうやれば、こんなバカが普通に就職できるのか、志方にはわからなかった。あの専務や部長や人事の眼は節穴なのか。それとも強力なコネを持っているのか。仕事とプライベートの使い分けが、二重人格並に別なのか。
 魔力も霊視力もない「普通」の奴ってだけでさ、何でこんなバカが、普通の会社に就職できるんだ? 仕事する時だけハイスペックなのか?
 俺達は見鬼ってだけでさ、化け物呼ばわりされたり、異常者呼ばわりされたりして、「普通じゃないモノ」扱いされてきた。多分、普通の会社には就職できない。
 その割にさ、カタチのない力をアテにする連中に集(たか)られるんだよな。
 視えるだけでわからないし、何もできないし、責任持てないからって断ったら、贋物呼ばわりしていじめるってさ、あいつら何なの?
 力のない奴は、力のある奴をタダでコキ使って当然。
 力のある奴は、力のない奴の為に最優先で無償奉仕して当然、みたいな扱い。
 プロが居ても、近くに素人の能力者が居たら、そっちをタダで使うのが当然、利用しない奴はバカな偽善者って風潮みたいなの。
 何なんだろう? 格下扱いされてんの? 他人にない力を持ってる奴ってさ、能力のない奴の奴隷か何かなのか? 「普通」って何なの? 「普通」ってそんなに偉いのか?
 霊感みたいな生まれつきの能力だけじゃないな。
 能力的には誰でもできる「普通」の事でもさ、上手下手がある面倒臭い系のスキルは、労力の肩代わりを集られる。それと、宝くじとか懸賞が当たったら、「奢れ」って言う奴が湧いたりとか。

 中学ん時、美術部の吉川(よかわ)は、宿題のポスター、代わりに描けって、大沢(おおぞう)と青木(おおぎ)に押しつけられてた。
 裁縫が巧い西脇(にしわき)も酷かったな。長田(ながた)達のグループにギャーギャー言われて……
 「めんどーだからワッキーが家庭科の提出物作ってよ。こう言うの好きなんでしょ?」
 「私、こーゆーチマチマしたの無理ー。絶対、買った方が安くて早いのに無駄よねー」
 「成績下がったらワッキーのせいだから。自分のじゃないからって手ぇ抜かないでよ」
 ん? あれは単なるいじめ?
 数学とかの勉強でもさ、やたら「一緒にやろう」って言って来る奴ってさ、ホントは「一緒にやろう=答え写させろ」でさ、自分では何もしないんだよな。
 数学得意な奴が断ったり、模範解答を見せないで、やり方を教えようとしたらさ、ケチ呼ばわりするんだ。
 自力で問題解けるように教えて欲しい奴はさ、ちゃんと「教えて」って言うし……
 「足が速い」とかの身体能力系はさ、代わりに走れって言われない。野球の代走は、そう言うルールだから別。「こいつ足はやーい、きんもー」とかってさ、それをネタにいじめられたりしない。パシらされるのに足の速さは関係ない。スポーツできる奴は、逆にモテたりすんのにな。何なんだ、この違い。
 何であいつらはさ、自分は何の能力もない面倒臭がりのくせに、あんなに威張ってさ、能力や技術のある他人を見下して、上から目線で命令して、断られたらキレるんだ?
 怠惰な無能ってさ、権力の一種か何かかよ?

 科学文明国の常識は、魔法文明国の非常識。逆もまた然り。

 志方は、職員室の貼り紙を思い出した。
 そうなんだよな。行った事ないけどさ、魔法の国に行ったら、こっちで「普通」の奴って、「魔力も霊感もない異常者」呼ばわりされんのかな? 「魔法で連絡すればいいのに、ケータイ使って、デンパ飛ばしてるー。電磁波きんも―」とか、言われんのか?
 我ながらバカな想像に、志方は頭を振り、説明に意識を集中する事にした。

 「魔法陣な、あれ、詳しく調べたら、色々間違ってたぞ」
 説明は、除祓概論の〈双魚〉先生から、魔術概論の〈匙〉先生に代わっていた。
 外側から順に、最外周は吸魔の術、次が吸魔と充魔の術を組込んだ足止めの術、同じく充魔を組込んだ結界。中央は、充魔を組込んだ召喚の術と送還の合言葉で、召喚対象は、幽界の浅い層に住む小さな妖魔だった。
 捜査員がネットでそれらしい画像を検索すると、「魔力がなくても魔法が使える」と言う触れ込みで、魔法陣を紹介するオカルトマニアのサイトがヒットした。
 そのサイトでは、「召喚は自己責任です」と前置きした上で、魔力の水晶などを配置して、安全に魔物を観賞する方法として掲載していた。
 中心の魔法陣で小さな妖魔を召喚し、結界で閉じ込める。万一、結界を突破されても、足止めの術で魔法陣の外には出られない、と言うつもりの物らしい。
 占い師志望の〈樹〉の推理は、ほぼ的中していた。
 あの古民家の魔法陣は、結界部分の力ある言葉の綴りを書き間違っていた為、銀鱗の魔物は自由に行動できた。しかも、足止めの術は、それを踏まなければ発動しない。魔物は虫の足で跳躍し、術の部分を飛び越えた。
 最初から欠陥だらけの魔法陣なのだ。

 委員長が唇を噛む。
 「肝心な部分を間違ってるんだから、どうしようもないな」
 「あの人達がもし、魔力の水晶でやってたら……えっと……行方不明事件……?」
 鼻で笑う魔法使いの担任の言葉を受け、〈樹〉が言葉を選んで言った。
 少なくとも、魔物を召喚した五人は、食われて跡形も残らなかっただろう。そして、自由になった魔物達は、無人の村から山に逃れ……
 志方達は、それ以上想像するのを止め、溜め息を吐いた。
 高価な水晶をケチって、学院の生徒の魔力をこっそり使おうとしたのは、結果的によかったのか、悪かったのか。
 「刑事さんが、今日、裁判所に令状出してもらえるって言ってたから、そろそろ逮捕されてる頃じゃないかな」
 担任教諭が、遠くを見詰めて言った。

 うっかり魔法陣書き間違えたから、過失です。別に魔力持ってる子を殺すつもりはなかったんです。わざとじゃないんですって事でさ、まさか、無罪になったり、執行猶予が付いたりしないよな?
 志方は、逮捕後を想像してみた。凶悪犯に対する執行猶予や無罪の判決に、遺族や被害者が記者会見で憤る様子が報じられる事がある。ネットでそう言う事件を検索すれば、刑が軽過ぎると憤る人々の書き込みが溢れている。
 刑務所に入りたいから、とコンビニ強盗をする輩も居るご時世だ。有罪で実刑判決が出ても、刑務所は、ある種の人々にとって、ひょっとすると、シャバよりも居心地がいいのかも知れない。
 武勇伝にして、自慢する奴かもしれないしさ……刑務所に入って反省したとしても、反省のポイントが、「今度は捕まらないように巧くやろう」とか「書き間違えないように気を付けよう」とかで、「能力がないから、手に負えない魔法に手を出すのは止めよう」にならないバカだったりしたら、ヤだなぁ……って言うかさ、そもそも、その危険情報は野放しなのか? ネットに魔法陣を載せた奴ってさ、お咎めなしか? テロにも使えるのに。
 志方はどうしても、考えが悪い方向に向くのを止められなかった。

 被害者の〈梛〉が、担任に聞いた。
 「先生、犯人は捕まった後、どうなるんですか?」
 「最近、法律が変わったらしいが、この国なら、懲役か罰金じゃないか? 先生の曾祖父の国は、場合によっちゃ、死刑よりキツい刑もあるけどな」
 ディアファナンテに親戚が居る担任の〈匙〉先生は、首を捻りながら答えた。
 「わ……わた、私達の命って、そんなに、軽いものなんですか?」
 一番の被害者である〈柊〉の地を這うような声が、食堂に響いた。震えているのは、動揺なのか、怒りなのか。〈白き片翼〉先生が、その震える肩にそっと手を置く。
 担任は悲しい声で続けた。
 「軽くない。決して軽くはないが、科学文明の国では、冤罪や更生の可能性を考慮して、加害者の人権も尊重されるんだ」
 「偶々、お前達にあれと戦う力があったから、大事に至らなかっただけだ。なけりゃ、近隣の集落も襲われて、大惨事になってたところだ。そんな軽い刑では済まんだろうよ」
 除祓概論の〈双魚〉先生が付け加える。
 「あ、それとな、まだ捜査中だから、今聞いた事は、誰にも秘密な。捜査に支障が出るから。あのバカな大人みたいに、ネットに書き込むのもナシな」
 今日の所は、それで解散になった。

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