■虚ろな器 (うつろなうつわ)-06.教室 (2015年04月05日UP)

 教室に入ると、級友の好奇心に満ちた目が集まった。副委員長の〈雲〉に案内され、用意されていた席に着く。そこでチャイムが鳴り、数学教師が入ってきた。
 「転校生の〈輪〉君だ。親御さんの仕事の都合で縦浜県から引越して来た。霊視力はあるが、魔力は無い。生活の事等も、教えてあげるように」
 算盤の缶バッジを付けた教師が、志方を簡単に紹介して、普通に数学の授業が始まる。午後の授業は、志方もよく知っている退屈さで進んだ。
 「おっと、忘れる所だった」
 授業の最後に、期末考査の範囲を書いたプリントが配布され、一気に目が覚めた。
 そう言われてみれば、前の高校もそろそろ、そんな時期だったな……
 教科書が変わった為、授業の進度はわからなかった。内容は以前の高校より明らかに難しい。編入試験では相当、下駄を履かされていた事を確信した。

 チャイムと同時に同級生が志方の席に集まる。全部で十一人だが、矢継ぎ早に自己紹介され、覚えきれなかった。
 思ったより魔力を持たない見鬼が多く、志方を入れて十二人中四人。全く力を持たないのは〈樹〉一人。魔力を持つ者は全員、どこか外国の血を引いているらしく、髪や瞳の色は様々だった。
 「私、一応、委員長です。わからない事があれば、何でも聞いて下さい」
 「あ、はい、ありがとうございます」
 〈柊〉がハキハキと言った。志方も釣られて口調を改める。
 突然、何かが志方の机に現れた。思わずのけぞる。三毛猫が飛び乗ったのだ。猫は驚く志方に構わず、顔を近づけて匂いを嗅いだ。
 「あ、もしかして、猫苦手? ゴメンね」
 赤毛の女子生徒〈三日月(みかづき)〉が、猫を抱き上げながら申し訳なさそうに言った。三毛猫は、大人しく抱っこされながらも、志方から目を逸らさない。覚えきれなくても、名札代わりのバッジがあるので、特に支障はなかった。
 「えっいや、別に苦手ってワケじゃない。いきなりだったから、ちょっと驚いただけって言うか……」
 「そう。よかった。このコ、私の使い魔の梅路(うめじ)。よろしくね」
 「えっ? 使い魔も紹介すんのー? ぎんじょ〜、出ておいでー」
 渦巻のバッジを着けた〈渦(うず)〉の懐から、白蛇が顔を出した。身を乗り出して志方の鼻先に伸び、紫の舌を出し入れして匂いを確かめる。
 志方は声もなく、動きを止めた。
 白蛇の銀条は、ひとしきり嗅いで納得したのか、くにゃりと曲がって主人の〈渦〉に顔を向ける。〈渦〉は満面の笑みを浮かべ、その頭を撫でた。
 「あらーぁ、〈輪〉君が気に入ったのー、よかったねー。今度、遊んでもらおうねー」
 蛇と遊ぶとかねぇよ! ッつーかさ、女の癖に蛇飼ってるとか、ねぇわ!
 自己紹介の時、ちょっと可愛いと思っただけに、悔しさ倍増で、志方は〈渦〉にだけは近付くまい、と心に決めた。髪と肌の色が淡い。儚く淡い光の妖精を思わせる容姿だが、それだけに、残念な趣味だった。
 「俺の玄太(げんた)、〈渦〉さんの銀条と仲悪いし、えっと、あっち居るし……」
 噴水の水部分だけを描いたバッジの〈水柱(みはしら)〉が、窓を指差した。外の手すりに鴉が止まっている。玄太は翼を広げて一声鳴き、志方に挨拶した。
 「玄太は、術で普通の鴉を使役してるだけだし、餌要るし、基本、外飼いなんだ」
 「へぇ……」
 志方には、ツカイマが何なのかわからないが、知っている事を前提に話されては、質問し辛かった。
 教科書に載ってるかな?
 何の教科なのかすら不明だが、ここで無知を晒すのは得策ではないと判断し、喉元まで出かかった質問を呑み込む。
 「私達の使い魔は、小さい魔物。幽界から呼び出して、この形にしてんの。魔力だけあげてればいいから、世話が楽ちん」
 「可愛くていいよねー」
 「いや、〈渦〉ちゃんのは、特殊だから。可愛さがわかんない」
 同意を求められた〈三日月〉が、即座に否定した。級友達も頷いて〈三日月〉に同意を示す。志方は、皆も同じ感覚を持っている事に安堵の息を漏らした。
 やっぱさ、ヘビ女は……ナシだよなぁ……
 「まぁ、神様の御遣いとして、大事にしてる地方もあるみたいだけど、銀条は、神様じゃなくて〈渦〉さんのだからなぁ……」
 「格が……いや、性質が違うでなぁ……」
 二枚の葉が交差した〈梛(なぎ)〉と、葉が茂った枝の〈榊(さかき)〉が、囁き合って腕組みする。二人は遠くの神社の子だと言っていた。
 どうやら、どちらの神使も蛇ではないらしい。二人共マークは神社の紋で、日之本帝国の伝統的な家紋だ。他の物とは趣が異なる。
 そんな事を話していると、六時間目のチャイムが鳴った。

 共通語の授業も滞りなく終わり、ホームルームが始まった。〈匙〉先生が志方に〈輪〉バッジと試験範囲のプリントの束を渡しがてら、同級生達に紹介する。
 「まぁ、もう皆知ってるけど、転入生の〈輪〉君だ。霊視力はあるが、これまで普通科に通っていたから、魔術の知識は少ない。その分、皆で助けてやって欲しい」
 志方は、制服の左胸にバッジを着け、同級生に向き直った。
 「し……あ、あの、〈輪〉です。宜しくお願いします」
 本名を名乗りかけ、慌てて言い直す。
 今更、何を話せばいいかわからない。それ以上言わず、席に戻る。級友たちに「こちらこそ、宜しく」と改めて迎え入れられ、照れ臭くなった。
 「えー、さて、来週からいよいよ期末考査だ。部活は今日から休み。しっかり勉強しろよ。始業式でも校長先生からお話があったが、高等部からは実技試験もあるからな」
 実技って、何の!?
 志方は思わず身を乗り出した。
 「それぞれの能力に応じて、働きぶりをチェックするから、サボらないように」
 「先生、どんな試験なんですか?」
 委員長の〈柊〉が、挙手して質問する。〈匙〉先生は、ニヤリと笑って答えた。
 「実技は学期毎に一教科ずつ。今回は除祓概論の実技だ。で、何をするかと言うと……」
 そこで言葉を切り、生徒達を見回した。無駄な「溜め」で否応なく緊張が高まる。静まり返った教室に〈匙〉先生の声が響いた。

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