■虚ろな器 (うつろなうつわ)-10.異物 (2015年04月05日UP)
「そっか。やっぱ、それだけヤバイって事だし。自分で自分を守れるようになってからじゃないと、危ないし。技術身につけるの、一緒に頑張ろうな」
「あ、あぁ、うん。頑張る」
技術? やっぱここ、そう言うのもさ、ちゃんと教えてくれる学校なんだ。
特にがっかりする事もなく、さらりと励ます〈水柱〉の言葉に志方は安心した。
お祓いができなくても、詰(なじ)られない。
ただそれだけの事で、穏やかなぬくもりが、心にじんわりと広がる。何故か胸がいっぱいになり、鼻の奥がツンと痛んだ。志方は涙が滲んでくるのを全力で堪えた。
小学校の高学年辺りから中学卒業まで、女子に話し掛けられる事と言えば、こっくりさん要員か、「私の守護霊サマ視て〜」「私の前世占って〜」「こっくりさん、帰ってくれなくなっちゃった! 助けて!」「肝試しに行ったら憑かれちゃったみたい。お祓いして」だった。
志方には、視えるだけで「それ」が何なのかは、わからない。
ましてや、自分の身ひとつ守れない子供だ。
何の修行もしていない志方に、お祓いの方法などわかる筈もなかった。
わざわざ山奥の古刹に行って、老僧から「安全地帯の作り方」と言う名目で、単なる掃除のコツを教わっただけに過ぎない。
正直に、視えるだけで、祓えない事を伝えた。
「えぇっ!? 志方君、霊感あるんでしょぉ? 守護霊サマとか、わかんないのぉ?」
「えぇーッ! ウッソぉ? マジィ? マジでぇ? どぉしてわっかんないのぉ?」
志方は、一度もこっくりさんに参加せず、視えたモノが何なのかわからないので、霊視の結果も一切言わない。こっくりさんの帰還も、お祓いも不可能だ。
本当にヤバそうな子には、自室を安全地帯にする方法を伝えるのが、志方にとって精一杯の親切対応だった。
その結果、志方に泣きついてきた何の能力もない女子に取り囲まれ、詰られた。
「掃除でお祓い? バッカじゃない!?」
「ホントぉはぁ、なんにも視えないんでしょぉ?」
「霊能者気取りのニセモノじゃん」
「ウソつき……!」
「霊感あるって言っとけばぁ、志方君でもぉ、女子が喋ってくれるもんねぇ」
「サイッテーのウソつきじゃん!」
本当に心霊スポットで憑かれていた子は、事故に遭う等、数々の不幸に見舞われた。
その後は、女子の口コミネットワークで「贋物」「霊感あるのに助けてくれないケチ」「嘘吐き」「あれは志方の呪い」云々、矛盾と悪意に満ちた噂が、尾鰭背鰭を付けて学校中を駆け巡り、いじめられた。
人の噂も七十五日と言うが、学年が変わる頃には「志方には霊感がある」と言う、彼らにとって都合のいい部分だけが残り、毎年、同じ事が繰り返された。
いじめられている件を先生に伝える勇気はなかった。
霊視力のない大人に、志方の気持ちをわかって貰えない事は、両親や祖父母で経験済みだった。身内ですらそうなのだ。他人である先生には、「霊感があるなんて言って、気を惹こうとするオマエが悪い」等と逆に責められるかもしれない。
男子の中には、いじめや霊感云々を全く気にせず、普通に遊んでくれる子も数人居た。彼らは学年が変わり、クラスが分かれると離れて行った。その程度の浅い付き合いだからこそ、何も気にせず遊べたのだろう。
変な事で噂が広まり、悪目立ちしてしまった志方は、学校では目立たぬよう息を潜め、なるべく人と関わらずに過ごした。
オカルト方面に無関心である事を示す為、遊びに誘われなかった休み時間には、これ見よがしに科学系の雑誌を読み耽った。お陰で理科と数学の成績は比較的よかったが、志方が本当に望んだ効果は、得られなかった。
同級生と遊んでいても、学校に志方の居場所はなかった。
家族と一緒に暮しても、家の中に理の居場所はなかった。
店で買物していても、電車に乗っていても、映画を観ていても、他人とは違う世界を視、否応なく違う世界を生きている志方には、何処にも「居場所」がなかった。
どこに行っても、何故か周囲から浮き、ヘンな目で見られた。
志方自身は目立たないように、服装にも言動にも体臭にも細心の注意を払っていた。流行りの話題について行く為だけに、大して興味のない番組もチェックした。
嫌われないように気を遣い、誘われれば断らず、ウザがられないように、自分からは、なるべく関わらなかった。
暗い奴だと思われない為に、深刻な話題は避け、いじめられている事も、どうせ知っているだろうから、言わなかった。
周囲と同化するように気を付けていたつもりだったが、何故か、志方の霊視力を知らない筈の見知らぬ他人にまで、異物扱いされた。
中二の塾帰り、ファストフード店で同級生とダラダラしていると、近くの席のギャルグループに話のネタにされた。
「ねぇねぇ、あの子、ちょっと雰囲気変わってるよねぇ」
「えー? どの子ぉ?」
「ホラぁ、あの……」
服装の特徴が志方と完全に一致したので、思い過ごしではない。
「あぁ、ホントー。なんか、違うーってか、きんもー……」
「わかる? やっぱ、そうだよねぇ? 何でだろ?」
「さぁ〜? 何かキモイよねぇ。カオとかじゃなくってぇ、何てゆーかー、ふいんき?」
ヒソヒソ喋る声の調子と、チラチラとこちらを見遣る視線が、志方の胸に深く刺さった。
「あー、わかるわかるー。何がどうっ……てんじゃないんだけどぉ、キモイ、よねぇ?」
「カオはフツーなのにぃ、フシギー」
「ふいんきキモメンって奴ぅ?」
「プフッ! 何それぇー?」
「ふいんきイケメンの逆? ッてカンジ? キャハッ」
「ちょーっ! キャハッ……それはマズイっしょックククッ……流石にぃー……」
本人に聞こえてはマズいと言う自覚はあるのか、ギャルグループは声を潜め、笑いを堪えていたが、席が近く、小さくともよく通る声質が災いして、筒抜けだった。
いつものように、雑妖の嘲笑かと思っていたが、志方が紙ナプキンを取りに立つと、気マズそうに口をつぐみ、席に戻った途端、再開した。人間の女が、自分の意思で語っている事を、志方は期せずして確認してしまった。
「女の勘」とはよく言うが、そんな事までわかる物なのか、と志方は戦慄した。
その一件以来、志方は何処に行っても、身の置き場のない、居心地の悪さを自覚するようになった。
声に出さなくとも、何となく志方の周囲からは人が居なくなる。電車も、身動きとれない程の満員でない限り、志方の周囲には微妙な空間が空いた。
自意識過剰ではない。見鬼の志方と、そうでない人々の間には、厳然とした壁があった。
何がそうさせるのか、わからない。
彼らは無意識に志方との間に壁を作り、自分達とは別種の生物として扱った。
ここには、その壁がない。