■汚屋敷の兄妹-汚屋敷の兄妹 48.新畳 (2015年08月16日UP)

 大晦日の朝。
 現場検証は昨日で終わったが、何となくそのまま全員が分家に泊まった。
 本家の庭には三軒の畳屋が、新品の畳を積んだトラックで集結している。
 「皆様、ご無理を申しあげまして恐れ入ります。お陰さまで新年を新しい畳の上で清々しく迎えられます。ありがとうございます」
 マー君が丁寧な礼を述べ、場を仕切ってくれる。
 「縁の色柄はお気になさらず、奥の部屋から順に入れ替えて下さい。古畳はこちらで処分致しますので、庭のこの辺に積んで下さい。では、宜しくお願いします」
 マー君、ツネ兄ちゃん、執事形態のクロエさん、俺、畳屋さん達と水を連れた双羽さんが家に入った。ゆうちゃんも遅れて入って来る。ノリ兄ちゃんと三枝さん、藍ちゃんと真穂は庭で待機。
 畳屋さん達が鮮やかな手つきで古畳を外す。俺達はそれを庭に運ぶ。
 腐った古畳は、ダニと黴と雑妖の苗床だ。外側を魔法で洗っても内側から湧いてくる。

 掃除してわかったことがある。
 この家は、人間の住居じゃない。化け物の巣だ。
 畳の内部にまで滲み通った穢れと怨念。それを喰らって殖える化け物。
 穢れも怨念も、この家に住む生きた人間が作り出したものだ。俺と母さんも、住んでいた頃……いや、今もジジイとオヤジとゆうちゃんを憎んでいる。恨んでいる。その気持ちも、化け物の餌なんだ。
 ジジイと祖母ちゃんはそれを隠す為に、オヤジはナチュラルに、物を溜めて部屋を塞いで、現実から目を逸らしてるんだ。
 物で隙間を埋めて部屋を塞いでも、犯した罪が消えてなくなったりはしない。
 ゆうちゃんの母親は、ここでずっと、誰かが見つけてくれるのを待っていた。
 ノリ兄ちゃんは、屋敷神様が今まで悪い物を外に出さないだけで精一杯だった、と言っていた。その意味が、今になってやっとわかった。

 双羽さんが、古畳の搬出が終わった部屋の床を丸洗いする。俺たちにとっては、もう見慣れた水の魔法だ。
 今朝、朝飯の後で、三枝さんに呪文の言葉の意味を教えてもらった。
 優しき水よ、我が声に我が意に依り、起ち上がれ。
 漂う力、流す者、分かつ者、清めの力、炎の敵よ。
 起ち上がり、我が意に依りて、洗い清めよ。
 ……そんな感じの意味らしい。
 水の持つ「清めの力」で、何もかもをキレイにして欲しい。
 魔力を帯びた雪解け水が、埃とダニと胞子と糞、そして、雑妖の蔓延る床で渦を巻き、全てを溶かし込んで泥流と化す。内包した汚れをゴミ袋に吐き出し、清水に戻る。
 水は双羽さんの命令に従って、何度も何度も繰り返し、化け物の巣窟を人間の住居に復元する。
 床板の木目が見えるようになり、部屋全体の明度が上がる。
 汚辱を雪(すす)がれた部屋を見ていると、俺の心も明るくなった。
 ゴミ同然の奴らなんて、恨む価値もなかったんだ。どうせ、家ごと捨てるなら、今までの恨みも一緒に捨てる。祖母ちゃんのことを叔父さんたちに託せた今なら、前に進める。もう、ホントに、自由にどこにだって行ってやるさ。
 巴一家と双羽さん、三枝さん、クロエさんには、どれだけ感謝しても足りない。今はまだ無理だけど、いつか必ず、恩返しする。
 何も知らない畳屋さん達は、ちょっと恐がりつつも、面白そうに水の魔法に見入っていた。

 丸洗いが終わった床に、畳屋さんが新畳を手際よく敷き詰めてゆく。
 畳替えが終わった部屋に藍ちゃんと真穂が、新しいカーテンを取り付け、元々部屋にあった物や新しい座布団など、軽い物を置いてゆく。
 執事の黒江さんと俺が、新しい家具と家電を物置部屋と納戸から出して、設置する。
 十畳の居間は、こたつとテレビ台と薄型テレビと電話。隣の十畳の和室には、何も置かない。
 六畳二間続きの祖父母ルームは、布団二組と小さなタンスひとつと、古い金庫と新品の電気ストーブ、それから背の低い本棚ひとつ。本棚の中身は古いアルバムだけだ。
 同じ広さのオヤジの部屋は、布団一組と小型のタンスひとつきり。
 十二畳の仏間には、何も置かない。その隣の十二畳の座敷は、押入れに来客用座布団と折り畳み式の座卓だけを搬入。
 応接間は洋間だ。空っぽのまま、カーテンだけ付けて、カーペットは敷かない。

 玄関には新しい靴箱と傘立てを置いた。
 靴箱は灯油の18Lポリタンク四つ分くらいの大きさで、履物は祖父母、オヤジの長靴各一足と下駄、つっかけ、草履のみ。
 傘立てはポリタンクひとつ分くらいの大きさで、傘は三本だけだ。
 応接間隣の五畳くらいの納戸は空になった。階段下収納には、何も置いていない。
 二階のゆうちゃん、俺、真穂の部屋も洋間なので放置。和室六畳二間の内、一間は畳四枚が足りなかった。
 「あー、すみません、ちょっと足りませんでしたね」
 「いえいえ、こちらこそ恐れ入ります。寧ろ年末のお忙しい時期にこんな短期間で、こんなにたくさんご用意して戴けまして恐縮です。年内に間に合った分は、すぐにお支払できるのですが、年を跨ぐ分に関しましては、祖母と個別にご相談戴けませんか?」
 マー君の言葉で畳屋さん達は、廊下の端に集まって相談を始めた。
 すぐに話がまとまったらしく、その内一人がケータイでどこかに連絡して、こちらに戻ってきた。
 「あの、夕方……七時か、八時頃でも宜しければ、支店の在庫をお持ちできるんですが……」
 「そちらさえ差し支えなければ……こちらこそ、ご無理申し上げまして恐れ入ります」
 畳屋さんの申し出にマー君が丁寧に対応した。
 「では、ひとまず、搬入が終わった分の精算をお願いします。請求書と領収証はお持ち戴いてますか?」
 畳屋さん達はマー君に言われて、車に取りに戻った。庭から畳屋さん達の驚く声が聞こえた。ノリ兄ちゃんの古畳を燃やす魔法だろう。
 マー君は、三店に現金一括で数十万円ずつ支払っていた。
 在庫があると言った店は「じゃ、すぐ戻りますんで!」と一番に出て行き、他の二店もホクホク顔で帰って行った。
 「いや、マー君、太っ腹はいいけど、ボられてないか?」
 ゆうちゃんがみみっちい事を言う。マー君はしれっと答えた。
 「これ、ばあちゃんの金だし。ムチャ振り超特急料金上乗せしてるし、こんなもんだろ」
 「はあ?」

47.祖母←前  次→49.別れ
↑ページトップへ↑

copyright © 2015- 数多の花 All Rights Reserved.