■汚屋敷の兄妹-汚屋敷の兄妹 36.跳躍 (2015年08月16日UP)

 分家の庭に居る。

 「えっ? もう着いたの?」
 「うん」
 ホント、魔法ってスゴイ。みんなもキョロキョロ見回しながら、分家に入った。ホントに分家だ。凄過ぎて頭がついて行かない。手を洗って、ちょっと落ち着いたら思い出した。お礼がまだだ。私が、ありがとうって言うと、ノリ兄ちゃんは、いいよいいよって笑った。
 今夜は水炊き。ノリ兄ちゃんも食べられるように、お肉は脂の少ない鶏のササミ。それと、ちくわ。
 鍋物はみんな同じのを食べるから、リスク分散の為に護衛の二人は別メニュー。双羽さんは焼き魚とご飯と漬物、三枝さんは親子丼。
 にゃんこの形になったクロエさんが、バットに盛られたちくわをじーっと見てる。
 「クロ、ちくわ欲しいの? 叔母さん、クロに少しあげていいですか?」
 「いいよいいよ。まだあるから、別のを出してあげようね」
 ノリ兄ちゃんが聞くと、叔母さんは台所に引っ込んだ。お皿に一口サイズに切ったちくわを盛って、畳の上に置いた。
 「ありがとうございます。クロ、みんなが、いただきますしてから食べようね」
 「いいえ、どういたしまして」
 ノリ兄ちゃんが、にゃんこのクロエさんの代わりにお礼を言った。おあずけ状態の黒猫は、ちくわをじーっと見てる。そんなに好きなんだ。真知子叔母さんは、くすぐったそうに笑った。

 上座、床の間を背にしたお誕生日席に、米治叔父さん。廊下側の席に上座からノリ兄ちゃん、ツネ兄ちゃん、政晶君。ノリ兄ちゃんの膝の上ににゃんこのクロエさん。政晶君の向かいにお兄ちゃん。お兄ちゃんの隣は空の座布団が二枚。
 下座卓にはコーちゃん、私、末席に真知子叔母さん。叔母さんの向かいに藍ちゃんが座った。
 上座卓七人に大きな土鍋、下座卓四人にちょっと小さめの土鍋が湯気を立てている。
 ノリ兄ちゃんの後ろの小さい卓袱台に、双羽さんと三枝さんが座った。
 言われた通り、二人を待たずに食べ始めた。
 おいしい。真知子叔母さん、料理上手だなぁ。私達は、塩と酢で食中毒にならないようにするだけで、味を良くする余裕なんてなかった。お母さんと二人になれたら、ちゃんとした味のを作れるようになるかな?
 お祖母ちゃんは、食中毒にならない作り方を教えてくれた。学校の調理実習で習うのとは、全然違う。塩分が多くて、体に悪い作り方。食中毒は防げても、後で確実に病気になる。実際、お祖母ちゃんは入院してから、腎臓が悪くなってるのがわかった。健康診断に行かないから、気付かなかっただけ。
 真知子叔母さんの料理は、どれも薄味で優しいおいしさ。
 新鮮な材料で作ってて、栄養のバランスも塩加減もいい。
 家族のことを考えた愛情いっぱいのご飯。
 藍ちゃんとコーちゃんが羨ましい。わたしも毎日、こんなご飯を食べたかった。

 ノリ兄ちゃんの膝の上で、黒猫のクロエさんが、一生懸命ちくわを食べてる。
 かわいい。お掃除いっぱい頑張ってくれたもんね。お金が余ったら、ちくわ買ってあげようかなぁ?
 お礼のお金は受け取ってくれなかったけど、クロエさん用のちくわなら、受け取ってもらえるかな?
 クロエさんの栄養はノリ兄ちゃんの魔力だって言ってたけど、今、ちくわ食べてるし、本物の猫じゃないから、人間用のちくわで大丈夫だよね?
 お礼の品がアクセサリーとか残るものだと、後でガラクタになって迷惑かけちゃうかも知れないけど、消え物だったら、いいよね?
 まぁ、悪魔みたいなものとは言え、他人が勝手に食べ物を与えるのは躾によくないし、後で聞いてみよう。

 そこそこ食べ進んだ頃、マー君がゆうちゃんの手を引っ張って来た。ゆうちゃんの肩を押さえて、ノリ兄ちゃんの向かいに座らせる。マー君は「いただきまーす」と言って、お兄ちゃんの隣に腰を下ろした。
 「いや、あの、メイドさんは?」
 「クロに用事? 今、ちくわ食べてるから、後にしてくれる?」
 ノリ兄ちゃんが答えた。メイドさんって……クロエさんって呼び名がちゃんとあるのに。
 ゆうちゃんが、いただきますも言わずに箸を鍋に伸ばした。マー君がその手を叩く。ゆうちゃんは、マー君に嫌みたっぷりに言われて、嫌々「いただきます」と言った。
 叔父さんが、藍ちゃんとコーちゃんを紹介する。コーちゃんが、箸を持ったままぺこりと頭を下げた。ゆうちゃんは無反応。マー君も、政晶君を紹介した。
 「いや、中二って……マー君、幾つの時の子だよ!?」
 「算数も忘れたのか? 大学一回生で結婚して、二回生の時に生まれた子だよ」
 マー君が説明する。政晶君は、気まずそうに小声で「初めまして」と言った。
 他のみんなは、黙々と鍋をつついていた。
 マー君がゆうちゃんを肘でつついて促す。
 「ゆうちゃん、自己紹介は?」
 「いや…………えー……優一です」
 誰も何も言わずに頷いて、食事を続ける。何か気まずくなった空気を変えようと、叔父さんが明るい声で聞いた。
 「ゆうちゃん、元気にしてたか?」
 ゆうちゃんは無言で頷く。叔母さんが、コーちゃんにご飯のおかわりを渡した。
 「元日におばあちゃんが退院してくるけど、まだ完治してないから、ゆうちゃんがしっかり看病してやるんだぞ」
 「えっ? いや、賢治と真穂は?」
 「俺はもう家を出て大学行ってるし、大掃除終わったら、すぐ戻ってバイトに出るから」
 「私も、大掃除終わったら、家を出るから」
 「はあ? いや、いやいやいやいや、お前ら、何言ってんの?」
 まぁ、初めて説明したし、狼狽えるのも仕方ないか。

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