■汚屋敷の兄妹-汚屋敷の兄妹 44.霊視 (2015年08月16日UP)

 私達は、分家に引き揚げた。まだ本家では現場検証が続いてる。
 座敷には重苦しい沈黙が降りていた。

 お兄ちゃんと私は小さい頃、お母さんと三人で、お父さんの部屋の奥の部分に住んでた。
 開かずの間の隣。
 あれはきっと、ゆうちゃんのお母さん……
 自分で床下に埋まるなんて無理だから、誰かに埋められたとしか思えない。誰が犯人なんだろう。
 っていうか、あんな奥の部屋の下、他所の人は入り込めないし、お祖父ちゃんもお祖母ちゃんもお父さんも、知らない筈ないよね?
 誰が犯人でも、家の誰かが人殺しなんだ……ホント、もうやだ、この家。
 ゆうちゃんのお母さんが居なくなったのが、えーっと……三十年くらい前? じゃあもう、時効は成立してちゃってるのかな? 罪に問えるとか、問えないとかじゃなくて、悪いことしてそれを隠して、何にもなかったみたいに普通に生活してたのが、信じられない。
 あの縁側、いつからゴミで埋まってたんだろう? 開かずの間の床下に埋めたってことは、三十年前は最低でも、あの部屋に出入りできるくらいの隙間は、あったのかなぁ。
 だとしたら、悪いことをなかったことにする為に、ゴミで埋め立てちゃったんだ……
 お父さんって、誰かが悪いことするのを窘めるとか、自分の罪を償うとか、そう言う発想自体なさそう。
 もしかしたら、ゆうちゃんが部屋から出て来なくなっちゃったのも、それが理由なのかもしれない。
 もしそうだとしたら、ちょっと可哀そうだけど……うん、無理。やっぱり、今まで色々、いっぱい言われた酷い事とか、お祖母ちゃんへの仕打ちとか、許せない。無理。
 もう、あんな家、二度と戻らない。
 お母さんは、私たちにも内緒でこっそりお金を積み立ててくれていた。
 私たちが積み立てを知ってしまったら、お父さんに暴力で聞き出されて、取り上げられるって思ったんだと思う。
 お母さんの独身時代の貯金は、そうやって全部、取られたって言ってたから。
 お母さんは若い頃、本州の街で働いてて、お父さんは出稼ぎに行ってて、三年くらい付き合って結婚したらしい。
 付き合ってた当時は、会えるのが冬の間だけの遠距離恋愛で、お父さんは会える時も会えない間も、とっても優しかったらしい。
 そんなお父さん、全然、想像もつかない。
 結婚した途端、変わってしまったらしい。
 お母さんが、こっちが本性だって気付いたのは、私が三歳くらいの頃だったって言ってた。
 それまでは、お母さんが殴られたりするのは、お母さんが至らないヨメだからで「ちゃんとすれば、元の優しいお父さんに戻ってくれる」って本気で思って、頑張ってたって言ってた。
 世の中には、頑張らなきゃいけないことと、頑張っちゃいけないことがある。
 そのことに気付くのに、何年も掛かってしまって、私たちに「しなくていい苦労をさせてごめんね」って、島へ行く度に泣いて謝られた。
 お母さんの体調や、私たちの学校の事とか、色々あって、なかなか離婚の手続きが進まなかった。
 でも、年が明けたら、それも一気に進む。
 お母さんがこの家と縁が切れたら、私たちも、安心してこの家を捨てられる。
 殺されて埋められるより、薄情者と罵られる方がずっとマシ。人殺しなんかに何を言われても、平気。
 あれがゆうちゃんのお母さんだって、確認できたら、その後、どうするのかな? ゆうちゃんのお母さんの親戚とまだ連絡取れるのかな? 供養は勿論、お墓とか、どうするんだろう? そう言うの、ゆうちゃんにできるのかな?
 
 きっとみんな、同じことを考えてる。表情が暗い。
 床の間を背にした上座に叔父さん、その対面にゆうちゃん。
 廊下側の上座からノリ兄ちゃん、マー君、政晶君、ツネ兄ちゃん、叔母さん。
 縁側サイドの上座からお兄ちゃん、私、藍ちゃん、コーちゃんの順で座った。
 ゆうちゃんと叔母さんの間に三枝さんが立って、双羽さんと黒猫のクロエさんは、ノリ兄ちゃんの後ろに居る。
 黒猫は、猫用おもちゃを前足で抱えて猫キック。場の空気を気にせず、一人遊びしてる。
 かわいい。ちょっと和んだ。

 「いや、ムネノリ君の一声で令状もないのに警察動くって、ズルくねぇ?」
 「死体を見つけたら、普通に一一〇番するでしょ」
 ゆうちゃんが、沈黙に耐えられなくなったのか、余計な事を口走る。藍ちゃんがぴしゃりと言った。
 「あのね、僕、時々警視庁の人に頼まれて、行方不明者の捜索のお手伝いしてるの。空き家の床下とか、岸壁沿いの海底とかでよく見つかるんだよ。それでね、よく知ってる刑事さんに本家の事言ったら、ここの県警と駐在さんに連絡してくれたの」
 ゆうちゃんが震える手で湯呑みを掴んで、すっかりぬるくなった番茶をすすった。
 「いや、王族なのにわざわざ現場まで出向いて、警察犬の真似事してんの?」
 「行かないよ。お家か大学か警察署で、写真とか遺留品とか見せて貰って、生きてるかどうか視るの。生きてなさそうなら、三界の眼の範囲を広げて周囲十キロ圏内を視るの。その人かどうかまではわかんないけど、範囲内に死体があればわかるよ」

 都会って、そんなに怖い事がいっぱいあるんだ。
 でも、ここに居るよりずっとマシ。

 「今回は、本家をちゃんと視る為に三界の眼を開いたから、床下に居るのが視えたの」
 「いや…………あの……その、三界の眼ってのは、しっ知らない奴の事まで分かるのか? 写真とかなくて……その……おっオレの……」
 ゆうちゃんの声が震える。湯呑みを持つ手も震えてる。何を聞きたいかわかった。
 「個人の識別まではできないよ。生きてるかどうかと、人と魔物の区別がつくだけだもん。あの人を『ゆうちゃんのお母さんだ』って言ったのは、経済だよ」
 ゆうちゃんはツネ兄ちゃんを見た。ツネ兄ちゃんが、蜜柑に伸ばした手を引っ込めて答える。
 「子供の頃、階段で『ゆうちゃん』って呼んだり『ここから出して』って泣いてる女の人の声を何回も聞いたんだ。母さんに言ったら『そんな声聞こえない! 気持ち悪い事言うんじゃないの!』って殴られたから、生きてない人の声なのかなって思って。で、今回、宗教が『床下に人が埋まってる』って言うから、総合的に判断して、晴海叔母さんなのかもって……」
 ツネ兄ちゃんの歯切れの悪い説明に、叔母さんが暗い顔で相槌を打つ。
 「こう言っちゃ悪いんだけど、私もずっとあの家、気持ち悪いと思ってたのよ。何回か手伝いに行った時に経済君と同じ場所で……同じ声……聞いてるし……ゆうちゃんのお母さんが行方不明で……あの場所であんな声……って事は、つまり……そういう事なんだろうな……とは思ってたんだけど……証拠も何もないから……誰にも言えなくて……」
 「母ちゃん、それで俺らに本家に行くなって言ってたの?」
 コーちゃんが目を丸くして、真知子叔母さんを見た。霊視力のある二人が同時に頷く。

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