■汚屋敷の兄妹-汚屋敷の兄妹 35.優劣 (2015年08月16日UP)

 マー君が「コンビニ行って来る」って怖い顔して車で出て行った。何だろ?
 クロエさんが、ノリ兄ちゃんと三枝さんに湖北語で何か言ってる。ノリ兄ちゃんが答えると、クロエさんは三枝さんと一緒に家に入った。
 暫くして、ゆうちゃんが箪笥を抱えて出て来た。三枝さんに軽くする魔法を掛けてもらう話だったみたい。
 ゆうちゃんは、ゴミ山の手前で手を滑らせた。足の上に箪笥の角が落ちる。あぁあ……
 「ゆうちゃん、大丈夫?」
 ノリ兄ちゃんが安全地帯から出て、ゆうちゃんを心配する。倒れたゆうちゃんは、何も言わない。三枝さんとクロエさんも駆け寄る。
 「優一さん、玄関まででよかったんですけど……」
 クロエさんの言葉で、魔法が解けて重くなって落としたのがわかった。先に言われてたっぽいのに、何で注意を守らないかな? 自業自得じゃん。
 三枝さんが傷の具合を調べて、ノリ兄ちゃんに報告する。靴下が血だらけ。
 「ゆうちゃん、爪は割れてるけど、骨は大丈夫だって。よかったね」
 入院レベルの大怪我じゃなくてよかった。ゆうちゃんはノリ兄ちゃんを睨みつけてる。
 「これだったら僕でも治せるから、ちょっと待ってね」
 ノリ兄ちゃんが杖を地面に置く。クロエさんに支えられて立って、呪文を唱え始めた。
 私が魔法に興味を持ったから、ノリ兄ちゃんは色々教えてくれた。魔法の呪文は、湖北語じゃなくて「力ある言葉」。どっちも何言ってるかわかんない。でも、「力ある言葉」はとってもキレイな響きだ。わかんないけど、何か好き。
 ノリ兄ちゃんの可愛い声が、歌みたいな感じで「力ある言葉」を紡ぎ出す。
 あたたかい何かが体を包む。全身にやさしい何かが行き渡る。霊感がある人には、これが何かわかるのかな? 筋肉痛でギシギシ言ってる体から、痛みの素が消えてゆく。こないだと同じ。体が軽く楽になる。
 ノリ兄ちゃんは唱え終わると杖を拾って、ゆうちゃんに大丈夫か聞いた。三枝さんが、倒れた箪笥をゴミ山に追加する。ゆうちゃんが靴下を脱ぐ。爪は全部ちゃんとしてる。靴下が血だらけじゃなかったら、怪我したのが嘘みたい。
 「よかったね。ちゃんと治ってて」
 「いや、あ……ああ。うん」
 「何でそこで『ありがとう』の一言が言えないのかなー」
 それまで黙っていた藍ちゃんが、通り過ぎ様に言った。箪笥の前にゴミ袋を置いて、ゆうちゃんに向き直る。
 「部屋掃除しなくてタンスに虫涌かして、捨てるのに自分じゃ運べないから、三枝さんに魔法で手伝ってもらったんだよね? クロエさんに玄関まででいいって言われてたのに、調子に乗って運ぼうとして怪我したのは、自業自得だよね? その怪我もノリ兄ちゃんに魔法で治してもらったのに、何で誰にも『ありがとう』とか『ごめんなさい』とかが言えないの? 何もかも誰かにやってもらって、当たり前だとでも思ってんの?」
 藍ちゃんはそこまで一気に言って、言葉を切った。誰も何も言わない。

 双羽さんが、泥水を従えて玄関から出て来た。座敷でお兄ちゃんがゴミ袋の口を括ってる。ゆうちゃんは、双羽さんが怖いみたい。
 「本家の長男ってそんなに偉いの? ムルティフローラ国王の玄孫で王位継承権持ってるノリ兄ちゃんよりも、ゆうちゃんの方が偉いの? 何で? 根拠は?」
 藍ちゃんが畳みかける。
 双羽さんが泥水の汚れを捨てて中に入ると、ゆうちゃんはやっと口を開いた。
 「いや、それは違うだろう。別にオレ……何も頼んでねーし、お前らが勝手に……」
 「ノリ兄ちゃん、こんな奴もう放っとこう! ゴミと一緒に腐ればいいのに!」
 「でも、折角ここまで片付けたし、おばあちゃんは、これからもここに住むし……」
 「あー……そうだねー。おばあちゃんが困っちゃうねー」
 藍ちゃんは諦めて、作業に戻った。
 「優一さん、藍さんのご質問に、回答なさらないのですか?」
 「え……いや……回答って……その……」
 クロエさんが質問する。ご主人様にお礼を言わないのは、悪魔でも気になるんだ。
 ゆうちゃんは考えて、考えて、考えて、やっと答えた。
 「いや、あの……オレよりも、ムネノリ君の方が……偉いよ。こ……根拠は多数決で……その……」
 藍ちゃんが吹き出した。ゆうちゃんが睨みつける。変な事言うからなのに。ノリ兄ちゃんが、話題を変えてくれた。
 「ゆうちゃん、お掃除続けるんだったら、クロエに手伝わせるけど、どうする?」
 「いや、やる。続ける」
 「そう。よかった。クロエ、昨日までと同じように、お掃除のお手伝いをしてあげて」
 クロエさんがイイお返事をして、ゆうちゃんを連れて家に入った。
 あ、ちゃんと掃除はするんだ。一応、会話もするようになったし、進歩してんじゃん。お礼は言えてないけど。

 座敷の畳から黴を剥がしていた双羽さんが、汚水を連れて廊下に出た。ゆうちゃん達に何か言って、玄関から出て来た。私の視線に気付いて、「血で汚れた衣服の洗い方を説明しただけです」と教えてくれた。何から何まで、ホント、ゴメンナサイ。
 日が落ちる前に何もかも片付け終わった。後はゆうちゃんの部屋と、その真下だけ。
 マー君から、お兄ちゃんのケータイに連絡があった。
 「今日こそは、ゆうちゃんを分家に連れ行くから、先に食べてて、だってさ」
 私達が、明日売りに行く物をガレージに仕舞っていると、中学生コンビが呼びに来た。玄関口で、政晶君がクロエさんにも声を掛ける。丁度、マー君も帰って来た。手分けして、換気の為に開放していた窓や雨戸、襖を閉めて回る。
 「何買って来たんだ?」
 「ゆうちゃんのパンツ」
 ツネ兄ちゃんに素っ気なく答えて、マー君は二階に上がる。入れ替わりにクロエさんが出て来た。
 ノリ兄ちゃんが、ゴミ焼きとは別の円を描いて待っていた。いつも通り一人ずつ、双羽さんと三枝さんに魔法で洗ってもらう。
 「みんな、この中入って。今日は疲れてるし、魔法で帰ろう」
 「うぉーッ! スゲーッ!」
 コーちゃんが叫んだ。私も胸がドキドキする。みんなが円に入ると、ノリ兄ちゃんは今までのとは全然違う雰囲気の呪文を唱えた。何か、詩の朗読みたい。
 一瞬、目眩みたいな感じがした。

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