■汚屋敷の兄妹-賢治の12月25日 10.視力(2015年08月16日UP)

 知らない人が五人。内、三人は明らかに外国人。思ってたのと違う人が、自発的に手伝いを申し出てくれた。ありがたいけど、よくわからん状況。共通語会話には自信あるけど、何と言えばいいかわからない。俺と真穂は、途方に暮れて立ち尽くした。
 「まずは……雪を除ければ宜しいですね?」
 「は、はいッ!」
 双羽(ふたば)さんに聞かれ、俺と真穂は思わず背筋を伸ばして、駐在さんのように敬礼した。双羽さんはおバカな兄妹に構わず、初めて耳にする響きの言葉で何か言いながら、右手を横に伸ばした。敷地の前で手を上げ、バックオーライの動きをする。
 「あ、そうだ。二人とも、おうちが今、どんな状態かちゃんと視てみる?」
 ノリ兄ちゃんの質問の意図がわからない。俺と真穂は首を傾げた。ツネ兄ちゃんが、眼鏡を押し上げて呟く。
 「視えてたら、こんな状態を放置できる訳ないもんな……」
 「はい。あの、ゴメンナサイ。ウチはどっからどう見ても最悪なゴミ屋敷です。それはよくわかってます。でも、好きで放置してるんじゃないんです」
 真穂が深々と頭を下げる。ノリ兄ちゃんは、真穂に顔を上げさせ、説明を始めた。
 「あ、違うの。そう言う意味で言ったんじゃないの。あのね……」
 魔法文明国では、所謂「霊感」がある人が普通だ。物質と霊質の両方が視えて当たり前。物質しか見えない人は「半視力(はんしりょく)」と呼ばれ、保護の対象になる。日之本帝国などの科学文明国では、半視力が普通で、霊視力を持つ人は少ない。
 「半視力の人用に、視力を一時的に貸す術があるんだけど、視てみる?」
 「……えっと……何が視えるようになるんでしょう?」
 話が見えない。俺は恐る恐る手を挙げて、ノリ兄ちゃんに質問した。
 「いっぱい居るよ」

 何がッ?

 「宗教(むねのり)、それじゃわかんないだろ。……死骸やガラクタから湧く奴とか、自然に居る奴とか、とにかく、雑多な妖魔が庭にギッチギチに詰まってて、足の踏み場もない。屋根にもぎっしり乗ってるし、壁にも貼り付いてて、家が物理的に見えないんだ」
 ツネ兄ちゃんが、淡々と説明してくれた。
 俺と真穂は振り向いて、別な意味で驚いた。
 雪の塊が宙に浮いている。屋根の雪が全くない。勿論、妖魔は視えない。声も出ない俺達に、ノリ兄ちゃんが重ねて聞く。答えられずにいると、ツネ兄ちゃんが鋭く言った。
 「宗教、それはどんな術なんだ? 持続時間は? 副作用はないのか?」
 「副作用? ないよ。効果は七日間。借りた眼は閉じられないけど」
 「いや、それ、眼球乾くだろ」
 「肉眼は貸さないから、閉じられるよ。僕がやると三界(さんかい)の眼(め)で、寝ててもオバケとか穢(けが)れとか視えたままで……」
 「怖くて寝らんないだろうが! お試しで一分だけとかないのか?」
 「んー……手を繋いでる間だけって言うのもあるけど、それじゃ、お掃除できないよ?」
 「こんなの一瞬視えれば充分だ!」
 駄目なテレビショッピングみたいなノリだけど、大体の事はわかった。
 「じゃあ、あの、手を繋いで視る方で、お願いします」
 俺が手を出すと、ノリ兄ちゃんは、双羽さんと同じ雰囲気の言語で何か言った。誰かに話し掛ける感じではない。詩やお経を詠じるような口調だ。ノリ兄ちゃんは言い終えると、俺の手を握った。
 「おうち視て」
 言われて、顔を向ける。俺は、吸い込んだ息が喉に詰まった。さっきツネ兄ちゃんが言った通りの状態だ。ヘドロのような物が、家の形に盛り上がっている。庭はヘドロのプール。その中を種種雑多な化け物が蠢いている。同じ形は一匹も居ない。虫や動植物、人間の断片を継接ぎしたみたいな、よくわからないモノ達。人っぽい形でも、異様に手が細長かったりして、一目で人外だとわかる。器物に虫や動物を足したみたいなのも居る。
 「私も、視せてもらっていいですか?」
 「視るな」
 俺は吐き気を堪え、それだけ言った。怖いのに目が離せない。無意識に力が入ってしまったらしい。ノリ兄ちゃんが痛そうに「離して」と手を引いた。

 手が離れると、タダのゴミ屋敷に戻った。
 「真穂はオバケとか苦手だろ。やめとけ」
 「オバケが居るの?」
 「ツネ兄ちゃんの言う通りだった」
 真穂は気味悪そうに家を見て、一歩下退いた。俺は少し考えて、思い切って言った。
 「俺に一週間、視力を貸して下さい」
 「えッ?」
 複数の声が重なった。ノリ兄ちゃんは気にせず、コートの内ポケットからボールペンを出して、俺の右掌に複雑な模様を描いた。くすぐったいが、動かさないように堪える。
 「おい、宗教(むねのり)……」
 「本人がいいって言ってるんだし、いいじゃないか」
 「はい。あの、ちゃんと見届けたいんで」
 俺が、ノリ兄ちゃんとツネ兄ちゃんを交互に見て言うと、ツネ兄ちゃんは溜め息を吐いて横を向いた。ノリ兄ちゃんは俺の右手を握り、さっきと同じ響きの言葉で、違う事を言った。言い終えてすぐ、手を離す。
 さっきのアレが視えた。

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