■汚屋敷の兄妹-賢治の12月26日〜12月28日 33.玩具(2015年08月16日UP)

 十二月二十九日。

 昨夜は吹雪。一晩で五十センチ近く積もった。双羽さんが、朝食を待つ間に分家の雪下ろしをしてくれた。文字通り、朝飯前。魔女って凄ぇなぁ。
 本家の庭には、またゴミ山ができていた。ヘドロ加減から、ゆうちゃんの物だ。夜行性なのか。
 今日は納戸の隣と仏間の隣と、階段下収納をやる予定。優先度の高い所からやったから、ここが最後になった。いや、後もう二部屋。ゆうちゃんの部屋とその真下……ノリ兄ちゃんに触るなって言われた部屋がある。ひしひしと何かヤバイ気配がして、近付くのも怖い。小さい頃、よくこんなのの隣の部屋に住んでたよな。
 ツネ兄ちゃんの提案で、居間と和室に仮置きした物を物置部屋に移した。ウォーミングアップ完了。
 今日は手分けする。真穂と藍ちゃんは階段下。マー君、三枝さん、クロエさんは仏間の隣。俺とツネ兄ちゃんは、納戸の隣。
 それぞれの場所の天井を双羽さんが洗い、三枝さんが雑妖を斬る。雑妖の勢力はかなり衰えていた。

 納戸の隣……玄関入ってすぐの部屋は、洋間だった。ソファの上と間に段ボールが置いてある。この部屋は、他と比べるとちょっとマシ。天井まで積み上がってない。
 足付き家具調テレビの上には置物ぎっしり。棚には埃塗れのレコードプレーヤーと、たくさんのレコード。なんちゃってマントルピースの上には、雉の剥製と鉄道模型、ごちゃごちゃした置物と止まった時計。剥製には勿論「何か」入ってる。飾り棚には、高そうな絵皿と骨董っぽい茶器とトロフィー。
 応接間って言うか、見栄張る為の部屋だ。
 俺とツネ兄ちゃんは、黙々と段ボールを運び出した。どうせ要らないから押し込んだんだろう。中を改めるまでもない。
 何往復かして、応接間に戻ると、ツネ兄ちゃんがソファの前に蹲っていた。
 「ツネ兄ちゃん、どっか具合でも……」
 悪くなっても何の不思議もない。でも、違った。ツネ兄ちゃんは泣いていた。その手の中には、古ぼけたソフビ人形。懐かしの何とかって番組で、ちょっと見た事がある。俺が産まれる前の特撮ヒーローだ。丁度、ツネ兄ちゃん世代。
 よく見ると、ヒーローの足の裏にマジックで名前が書いてあった。

 経済

 いかにもお年寄りっぽい達筆。ウチの年寄りの筆跡じゃない。
 ヒーローにも、雑妖が何匹も入っていた。
 どう見てもツネ兄ちゃんの持ち物だ。何とかしてもらえないか、双羽さんに相談しに行く。双羽さんは眉間に皺を寄せた。
 「器を壊さずに、ですか……難しいですね」
 「子供じゃないんだ。俺が諦めさせてやる」
 マー君が応接間に向かう。ツネ兄ちゃんと鉢合わせした。
 「……焼いてもらう」
 「祖父ちゃんの字だけでも、撮っとく?」
 マー君がポケットからケータイを出す。ツネ兄ちゃんは首を横に振った。
 「これ撮ったら、百%心霊写真になる」
 ツネ兄ちゃんが、ゴミ山の上にヒーローを差し出した。
 「これも、焼いて欲しい」
 「うん、いいよ」
 でも、ツネ兄ちゃんの手は、ヒーローを握ったままだ。たくさんの小さな手や虫の脚が、ヒーローから出てツネ兄ちゃんの手を掴んでいる。
 ノリ兄ちゃんが、杖の山羊でヒーローの頭を軽く叩く。ツネ兄ちゃんの手から、ヒーローが落ちた。すぐにいつもの呪文で、たくさんのゴミと一緒にヒーローを火葬する。
 地上に降りた太陽の炎を見ながら、マー君が思い出を語る。
 「巴の祖父ちゃんが買ってくれたんだ。三人とも同じの。母さんは経済と宗教には玩具買ってくれなくてな……」
 お揃いの玩具は初めてで、三人とも大喜びだった。巴の祖父ちゃんは、間違えないように足の裏に名前を書いてくれた。
 経済はこの家を怖がってたけど、ヒーローをお守り代わりにして、少し落ち着いていた。いつもみたいに怖がらないのが面白くなかったのか、単に欲しかったのか、ゆうちゃんが取り上げて隠した。
 「……で、今頃になって見つけた訳だ」
 思い出を語り終える前に燃え尽きた。
 巴家のお祖父さんの「孫を思う気持ち」まで呑み込んで、雑妖の巣にしてしまった。長男以外を蔑ろにする瑞穂伯母さんも、ゴミニートのゆうちゃんも、このゴミ屋敷も憎い。
 「ケンちゃん、思い出は心の中にあるから、憎まないで」
 ノリ兄ちゃんの声にハッとする。危うく俺も呑まれる所だった。
 「ケンちゃん、ありがとう。さぁ、早くゴミを捨てよう」
 ツネ兄ちゃんの笑顔が痛々しく、悲しい。

 怒りに任せてガンガン捨てる。悪趣味な絵皿かと思ったら、雑妖の目だった。絵皿も何か入ってる生温かい雉の剥製も、人形もテレビの上の置物も、全部ゴミとして捨てた。
 この世にお前らの居場所なんかない。あっちの世界に帰れ。
 真穂と藍ちゃんは、一番に物出しを終え、選別にかかっていた。
 階段下は壊れた家電のみ。仏間の隣は座敷で、大量の家具の上や間に、お中元お歳暮と冠婚葬祭の贈答品。立派な化粧箱に入ったまま、埃を被っていた。
 応接間も、見栄張りグッズと応接セットとオーディオセットの他は、贈答品だった。大きい家具はクロエさんと三枝さんが出してくれた。
 俺とツネ兄ちゃんも選別に加わる。
 「ラッピング剥がしたら、キレイなのばっかみたいだし、これは売ろう。で、小さい家具を買おう」
 タオルと洗剤は、コーちゃんが教えてくれたペットNPOに送る事になった。送料は発掘した大量の切手を使う。宛名ラベルの差出人欄を正直に書いて、お礼状とか届いたら、ジジイとオヤジがNPOに迷惑を掛けるに決まってる。だから、NPOの所在地で住所欄を埋めて、氏名はツネ兄ちゃんのヒーローにする。
 捨てる物、売る物、送る物に分ける。
 食品は全部、期限切れ。缶詰とか膨らんでヤバイ。

 クロエさんが応接間のカーペットを丸めて持って来た。ダニと雑妖の巣だ。これで、中の物は全部出た。
 「出荷用の箱でまとめて送ればいいよね。このままだと、箱多過ぎるもん」
 藍ちゃんが、タオルを化粧箱から出しながら言った。過剰包装を開封するだけでも、結構な作業量だ。その後、大量のゴミになる。NPO大迷惑だ。
 「ウチの白菜の箱でいいよね。ラベルもあるし」
 「いいのか?」
 「お父さんが『ダメ』なんて、言うワケないじゃん」
 藍ちゃんは屈託なく笑った。
 タオルは一旦、ゴミ袋に集めて、ガレージに置く。洗剤類もその隣に集積。
 「これは置いとけば? 祖父ちゃんのだろ?」
 マー君が、埃塗れのトロフィーをゴミ山から引き抜いた。トロフィーには、人の目玉に虫の足が生えた雑妖が、びっしり集っている。って言うか、トロフィーから湧いてる。
 俺は全力で首を横に振った。ツネ兄ちゃんとノリ兄ちゃんも、顔が引き攣ってる。
 「政治、それ、雑妖の発生源」
 ノリ兄ちゃんが言うと、マー君は無言でゴミ山に投げ込んだ。三枝さんが、ノリ兄ちゃんに近付こうとした雑妖を魔法で消す。
 双羽さんが各部屋の丸洗いを終えて、汚水を連れて出て来た。ゴミ山に汚れを捨てて、再び中へ。魔法使い以外の五人で、選別を続ける。
 ノリ兄ちゃんが、ゴミを灰にする。俺達は、売る物と送る物を分けながら、送る物の過剰包装を剥いた。
 小銭がぎっしり詰まった一升瓶を十一本、発掘した。これは、祖母ちゃんの郵便貯金の口座に入金する事にした。

 「昼飯できたぞー」
 コーちゃんと政晶君が、呼びに来た。
 もうそんな時間か。七時頃から作業を始めて、今、十二時過ぎ。五時間ちょい。
 タオルと洗剤をペットNPOに贈る事を伝えると、コーちゃんは超笑顔で言った。
 「じゃ、俺、箱詰めと宛名書き、手伝うよ。そんくらい、いいだろ?」
 「いいのか? 受験生。情報で助かったし、無理しなくていいんだぞ」
 「無理じゃない。息抜きだよ。息抜き。それに俺も身内なのに何もしないとか、なぁ?」
 最後は政晶君に言った。
 「分家で作業する分には、危なないんちゃうん?」
 政晶君が、商都弁でノリ兄ちゃんに聞く。ノリ兄ちゃんは、母屋を視て、屋敷神様の方を視て、政晶君に視線を戻した。
 「いいんじゃない?」
 軽トラにタオルと洗剤と小銭の瓶を積んで、俺は一足先に分家に戻った。

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