■汚屋敷の兄妹-賢治の12月25日 13.玄関(2015年08月16日UP)

 「クロエ、お掃除の間だけ、双羽(ふたば)さんとケンちゃんと真穂ちゃんの指示に従って。優先順位は、双羽さんが一番上。あ、それから、三枝さんの通訳もして」
 「かしこまりました。ご主人様」
 クロエさんは琥珀色の瞳を輝かせ、優雅にお辞儀した。「ご主人様」って言うメイドが実在するとは思わなかった。色々とぶっ飛び過ぎて、もうどこにポイントを置いて驚けばいいかわからない。却って頭が冷えた。
 「クロエ、玄関を開けなさい」
 「はい、双羽隊長」
 外国人二人が、日之本語で遣り取りしている。何か変な感……いや、隊長って、何?
 クロエさんは敷地に入り、元気よく玄関を全開にした。
 ギチギチに詰まっていたヘドロと雑妖がどっと溢れる。一瞬、クロエさんの姿が見えなくなった。庭に汚染が広がり、嵩が減る。クロエさんは数歩退がって、手で体を払った。クロエさんにくっついた雑妖が、あっさり振り払われる。
 魔法使い三人とツネ兄ちゃんは、何も言わなかった。でも、顔に「やっぱりな」って書いてある。クロエさんに申し訳なさ過ぎて、掛ける言葉も見つからない。
 双羽さんが水を流し、ヘドロと雑妖を一カ所に集める。三枝(さえぐさ)さんがまとめて剣で斬った。斬っても斬っても、雑妖が溢れて来る。玄関の奥は、ヘドロと雑妖が詰まっていて、物理的な状態が見えない。
 「埒が開きませんね。矢張り、元を断たねば……」
 双羽さんが眉間に皺を寄せる。服をツンツン引っ張られた。真穂が小声で聞く。
 「どうなってんの?」
 「玄関開けたら、化け物がぎっしり居て、どばーってなった。ヘドロみたいな……」
 「うわ……」
 視えないながら、真穂も玄関に目を凝らした。
 「ケンちゃん、戸を外して、玄関の物、全部出そう。まずは動線の確保だ」
 ツネ兄ちゃんに言われ、俺は倉庫に入った。ここも開けたらヘドロと化け物が流れ出た。ゾクゾク鳥肌が立つ。住んでて平気だったんだ。別状ない。別状ない。気にしたら負けだ。俺は自分に言い聞かせ、ごちゃごちゃした棚を手探りした。何か小さい物が色々落ちたが、気にしない。工具箱を探り当て、庭に戻る。
 玄関の戸は、金属格子にすり硝子が嵌り、ネジ式の鍵が付いている。玄関にしゃがんで雑妖を手で払う。俺がやっても素通りするだけで、奴らは平気だった。戸は上下に小さなレバーがあり、外から外されないようになっている。案の定、錆と埃で固まっていた。
 俺は、マイナスドライバーを梃子にして、レバーを押し上げた。ギチリ。不吉な音が立つ。一瞬、折れるかと焦ったが、何とかこじ開けられた。上は埃が少なく、簡単に開いた。
 外した戸は取敢えず、横向けにして倉庫に立て掛けた。
 「箱か袋に入れて全て出し、必要な物だけ戻しましょう。クロエ、こちらのお二人に指示された物を運びなさい」
 「はい、双羽隊長」
 クロエさんが期待に満ちた目で、俺と真穂を見る。俺は、戸がずり下がらないよう、工具箱を置いた。真穂がぎこちない笑顔で言う。
 「じゃ、じゃあ、クロエさん、ゴミ袋に靴とか入れて、取敢えずその辺に置いて下さい」
 「クロエ、『靴とか』は玄関の床にあって、ゴミ袋に入る大きさの物全部。『その辺』って言うのは、今日の場合、僕がさっき描いた円の中だよ。真穂ちゃん、クロエは曖昧な指示がわからないから、具体的に言ってあげて」
 「はい、ご主人様」
 「は、はい、ゴメンナサイ」
 ノリ兄ちゃんが、円の前に立って杖で示す。俺は、クロエさんの頭がちょっと心配になった。普通、わかるだろう。
 「あ、ちょっと待って。ゴム手袋持ってきます」
 真穂がヘドロや雑妖をものともせず、家の奥に消えた。視えないって、幸せな事だったんだな。俺は、さっき灰を入れたゴミ袋の残りをクロエさんに手渡した。
 「手伝うよ」
 ツネ兄ちゃんが差し出した手に、黒いゴミ袋を渡す。視えてるのに手伝ってくれる。何てイイ人なんだろう。
 三枝さんは玄関前で雑妖(ざつよう)を斬りまくり、双羽さんは水を操って、外した戸を洗ってくれている。埃と煤と泥と黴が取れ、透明感を取り戻した。すり硝子の向こうがうっすらシルエット状に見える。
 真穂がコンビニ袋を抱えて戻ってきた。新品のマスクとゴム手袋を配る。
 「僕と三枝さんの分はいいよ」
 ノリ兄ちゃんは、直径が杖の長さくらいの円を描いて、その中に入った。三枝さんが外に控える。真穂はツネ兄ちゃん、双羽さん、クロエさんに渡し、残りをキレイになった戸の傍に置いた。
 「じゃ、みんな頑張ってね」
 ノリ兄ちゃんが、ひらひら手を振る。魔法使いとは言え、体が弱い人にこんな重労働、させられる訳がない。つーか、この人、王族だよ。畏れ多くて頼めねーよ。ゴミ焼だけで充分過ぎる。

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