■汚屋敷の兄妹-賢治の12月26日〜12月28日 28.提案(2015年08月16日UP)
ヘドロは逃げようとしたのか、蔵の方を向いた。クロエさんと双羽さん、三枝さん、ノリ兄ちゃんを見る。ツネ兄ちゃんが、ノリ兄ちゃんを紹介する。ヘドロは失礼極まりない事を言い放った。
「いや、えっ? あれっ? ムネノリ君って、死んだんじゃ……?」
ノリ兄ちゃんは改めて名乗ったが、ヘドロは名乗るどころか、キョロキョロしだした。
双羽さんが、向かいの畑の雪を軽トラ一台分くらい操る。雪の塊は空中で水になり、ふわふわ飛んでアメーバのように広がり、ヘドロ野郎を包み込んだ。
俺達が掃除の後でやってもらってる、体を洗う魔法だ。
ぬるま湯が、一瞬でドブ水に染まる。集っていた雑妖が一撃で消え、ヘドロも落ちた。
物理でもこんな汚ねーとか、何年風呂に入ってねーんだよ、このゴミニートはッ?
「ちょ……マジ凄くね?」
「一瞬でドブ色とか……ないわー。これはないわー」
「きんもー……」
俺、藍ちゃん、真穂が言葉少なに感想を漏らす。双羽さんが溜め息混じりに言う。
「一度では無理ですね。あと二回……いえ、三回」
ウチのゴミニートが、お手数お掛けしてすんません。双羽さんの予想通り、水の汚れを三回捨ててやっと、「ゴミニート」はただの「ニート」になった。
「ゆうちゃん、髪切るからじっとしててね」
ノリ兄ちゃんが、三枝さんに合図する。三枝さんは光の剣を抜いた。
「いや、ちょっ、おま……何て声出してんだよ。キモいから喋んな」
「ゆうちゃん、それはないだろ。宗教は声変わりしてなくて、これが地声なんだよ」
「いや、キモいもんはキモいだろう」
「貴方のように口臭が酷い訳ではなく、発言の内容に問題がある訳でもありません」
ツネ兄ちゃんと双羽さんのフォローやツッコミも、ニートは意に介さない。ドブ臭い口で罵詈雑言を吐き続ける。
三枝さんが剣で薄汚いロン毛を切ってくれた。ヘルメット風ヘアに藍ちゃんが爆笑する。
「プッ……! 無理……むりムリむりムリ、これは無理だわあはははははははは!」
「ちょっと、藍ちゃん、いくら何でも、そんな笑っちゃ悪いよ」
真穂が笑いを堪えた変顔で、藍ちゃんの脇腹をつついて窘める。
「どうせ明日、街に連れて行くし、この話題、終了な」
俺は、ゴム手袋の手をポンポンと打って締めた。これ以上、構ってられない。
ツネ兄ちゃんが、ニートにも、ノリ兄ちゃんは王族だと説明したけど、無駄だった。そんな国知らないとか言って、ノリ兄ちゃんの妄想呼ばわりするだけだった。
不敬罪で手打ちにされてしまえ。
ノリ兄ちゃんは、ツネ兄ちゃんに促されて話を続けた。
「山端のおばあちゃんの足の為でもあるんだけど、大掃除してお家をキレイにして、良くないモノをやっつけて、そしたら、ゆうちゃんのお母さん、見つかるよ」
「いや、良くないモノってなんだよ? オバケか?」
「うん。ゆうちゃん、視えてるの?」
「視えてたら、こんな状態で放置なんてあり得ないよ。山端の人達は霊感ゼロだよ」
ツネ兄ちゃんが口を挟む。ノリ兄ちゃんが首を傾げる。
「でも、真知子叔母さんは……」
「真知子叔母さんは、他所から来たお嫁さんだからな。日之本帝国とか科学文明の国にだって、魔力はなくても霊感だけある人なんて、いっぱいいるし」
知らなかった。真知子叔母さんが本家に入らないのは、そう言う事だったのか。
「他のお部屋は、みんなで協力してお掃除してる最中だから、ゆうちゃんは、ゆうちゃんのお部屋をキレイにしてね」
「いや、いやいやいやいや、それは違うだろう。ムネノリ君、掃除なんてものは、オンナがするもんなんだよ。本家の長男であるオレは、今まで掃除なんてした事ないし、これからする予定も、その必要もないんだ。わかるな?」
「ご自身でなさらないのでしたら、部屋の中身は私共が全て搬出し、焼却処分致しますが、宜しいですね?」
双羽さんが冷たく言い放つ。ニートが詰め寄った。
「はあ? 何言ってんのオマエ? 何の権限で本家の長男であるこのオレに指図してんの? 他人の物全部燃やすとか、頭沸いてんじゃねーの? 何様のつもりなの?」
双羽さんは何も言わずに、水の魔法でニートの口の中を洗った。水塊はすぐに口から流れ出た。胴を伝って地を這い、切り落とされた髪を巻きあげ、ゴミの上に舞いあがる。水塊は髪を吐き出し、清水に戻った。
「何様って……さっきツネ兄ちゃんが言ってたよね? ノリ兄ちゃんはムルティフローラの王族だって。王族の命令で近衛騎士が動くって言ってんの。権限も何も、山端家の俺と真穂の許可があるんだから、問題なんてないだろう」
「いやいやいやいや、何言ってんだよ。それは違うだろ。家長のジジイは今、留守だし、そもそも、そんな許可出す訳ねーだろ」
俺の説明に、ニートは口応えしかしない。
ゆうちゃんも所詮、このゴミ屋敷の跡取りだ。家族よりゴミが大事なゴミ側の人間なんだ。
そもそも、家長のジジイとオヤジが、「掃除なんてオンナがするもんだ」って決めつけて、散らかす一方で全く片付けなくて、ゴミを捨てさせなくて、増やす一方だから、この惨状なのに。
今時そんな男尊女卑……っつーか、昔の人は、こんなゴミ屋敷になんて住んでなかったろうに。
時代劇でも、普通に男の奉公人とかが掃除してるシーンあるし。いつ、誰が、掃除は女の仕事って決めたんだよ。どこソースだよ?
ジジイとオヤジが、単に自分がやりたくないから、祖母ちゃんと母さんと、真穂に押し付ける為にそう言ってるだけなんじゃないのか?
確かに「掃除のおばちゃん」は存在する。でも、俺が見た限り、水都じゃ駅の清掃とかビルメンテナンスの掃除担当とか、役所がやってるゴミ収集も民間の古紙回収とかも、男性職員のが多い。
小中学校では、男女混合で掃除当番があった。高校は、トイレ掃除だけ男女別だったけど、掃除当番は男女関係なくあった。
バイトしてる居酒屋にだって、男女関係なく掃除当番がある。店長も料理長も掃除してる。っつーか、新入りには、店長が掃除のやり方を説明してくれる。
工事現場のおっちゃんも、警備員のおっちゃんも、竹箒持って現場の掃除してる。
神社もお寺も、巫女さんや尼さんもするけど、男の神職や僧侶だって、境内の掃除してんじゃん。
場を掃き清めるのに、行為者の性別なんて関係ない。
現にこの家も、掃除しただけで、雑妖がスゲー減った。居間の隣の部屋は、窓を開けて換気しただけでかなり消えた。
魔法で雑妖を消してもらってるのは、掃除する前だ。その場所も、すぐに掃除しなきゃ、ゴミから次々発生してきてキリがない。
どっかの工場が3S……整理、整頓、清掃を徹底して、スゲー業績伸ばして、ニュースにもなってた。
整理整頓は、仕事の基本なんだ。
普通に生活してればわかるし、どこでもやってることだ。
偉い人や男は掃除しなくていいって言うのは、この家だけの特殊ルールだ。
まぁ、これを説明しても、ゆうちゃんはゴミ側の人間だから、理解できねーんだろなぁ……
真穂が怒鳴った。
「おじいちゃん達がガラクタもゴミも捨てさせてくれないから、ゴミ屋敷になってるんじゃない! おばあちゃんが大怪我したのに、まだわかんないの!?」
「いやいやいやいや、それは違うだろ。家にある物は全部財産だ。勝手に捨てんなよ! 家長のジジイか、ジジイが留守の時はオヤジか、跡取りのオレの許可を取れよ。常識的に考えてそのくらい分かれよ! 低能共が!」
「虫食いでボロボロでもう着られない服とか腐ったりカビたりした食べ物とか私が生まれる前に賞味期限が切れて腐食してる缶詰とかお父さんが生まれる前からの古新聞とかそう言うのもウチの財産なワケ? 割れた食器も押入れの中で腐ってグズグズの布団や座布団もムカデやネズミやゴキブリの死骸もゆうちゃんの財産なの? 他にもいっぱいギュウギュウに押し込まれてる邪魔なだけでどうしようもない物に一体どんな価値があるの? ねぇ?」
真穂が息継ぎなしで言い切った。
ホントにもう、全員うんざりしている。
ノリ兄ちゃんが、クロエさんに掃除の説明をさせると提案した。それでもニートは、そんな物は跡取りの自分の仕事じゃない、と突っぱねた。
「うわー……引くわー。テレビでやってたゴミ屋敷住人と役所の遣り取りまんまじゃん」
藍ちゃんが、三枝さんの後ろに隠れて言った。
「この状態をおかしいと思わない時点で、何かしら精神的な問題を抱えてると思うよ。普通の人はゴミに埋もれて生活してないし、虫の死骸や腐敗した物を部屋の中に放置したりもしないんだよ」
ツネ兄ちゃんが、可哀想なものを見る目でニートに懇々と説く。いつからそんな状態なのか質問したが、ニートはうるせぇ! としか言わない。洗われて体の状態がよくなった事を説明しても、ニートはあの水は何なのか、と明後日な質問を返す。
双羽さんとツネ兄ちゃんが魔法だと答えると、ニートは変な声出して爆笑した。
「なに笑ってんだよ。今、身を以て体験しただろうが」
俺はゴミ袋をゴミ山に追加しながら、吐き捨てた。真穂と藍ちゃんもマスクをして袋詰め作業に戻っている。
もうこんなの構ってられない。
ノリ兄ちゃんは、俺に使ったのと同じ「一時的に両眼を開く」魔法をニートにも使おうかと提案してくれた。
「いやいやいやいや、いらねーし。その魔法が一時的に霊感を付与する術かどうか、オレには確認のしようがないだろ。幻覚の魔法掛けて『ほーら☆おうちにはオバケがいっぱい☆』とかやられたら、たまったもんじゃねーっつーの」
みんな呆れて物も言えない。ニートは勝ったと思ったのか、ドヤ顔で部屋に戻った。
マジ使えねぇ。ゴミニートめ。
ノリ兄ちゃんとツネ兄ちゃんが、額を寄せあって小声で相談する。すぐに話がまとまり、ノリ兄ちゃんはクロエさんに命令した。
クロエさんが、ゆうちゃんの部屋に入る事は禁止。
クロエさんが、ゆうちゃんに掃除の仕方を教える事。
ゆうちゃんが自ら部屋からゴミを出したら、クロエさんが、ゴミ焼き円に運ぶ事。
ゆうちゃんが自ら掃除している限り、クロエさんが、答えられる質問に答える事。
ゆうちゃんが自ら掃除しない場合、クロエさんが、部屋の物を全て窓から出す事。
「かしこまりました、ご主人様」
クロエさんは、ゴミ袋の束を抱えて二階に上がった。