■汚屋敷の兄妹-汚屋敷の兄妹 40.抜刀 (2015年08月16日UP)
「殿下がお優しいお方で、命拾いなさいましたね」
双羽さんは、妙に優しい声で言いながら、上着の内ポケットから剣の柄を出した。鍔を胸に当て、剣を引き抜くような動作をすると、白く輝く光の刀身が現れた。まるで体が鞘だ。叔父さんの後ろを通って、ゴミニートの横に立つ。
ゴミニートが首を竦める。双羽さんは障子を開け、縁側に出た。
「殿下は、王族の中でも特に強い魔力をお持ちで、我々の力は全く比較にもなりません」
双羽さんは、雨戸も開けた。外の風が卓上コンロの炎を揺らす。部屋の灯に照らされた庭は、雪で真っ白だ。
うどんを食べ終わった真穂が、下座の卓上コンロの火を消した。俺は笊に残った野菜を上座の土鍋に全部入れた。
ツネ兄ちゃんが座敷に戻ってきた。叔父さんが心配して声を掛ける。
「叔父さんのせいじゃありませんから……泣き疲れて、三枝さんが寝かしつけてくれました。多分、もう大丈夫です。ご心配お掛けしてすみません」
座敷にゴミニートの爆笑が響き渡った。真穂が窘める。
「笑い事じゃないんだけど……」
「いや……フヒヒッだっだって、デュフフねっ寝かしつけって、ぶひゃひゃひゃひゃ」
「宗教は、消化器系が未発達で乳幼児と同じ形のままなんだ」
ツネ兄ちゃんが深刻な顔で説明を始めた。
「乳幼児の胃って縦型で食べ物を貯め難いから、ちょっとした刺激ですぐ吐いてしまう。小さい子が泣き過ぎて吐いて、嘔吐物で窒息死って、よくある事故なんだよ」
「いや……デヒャヒャヒャヒャ……み、三十路でそれはフヘヘねーってフヒャヒャ……」
叔父さんが食卓を拳で叩いた。外まで響き渡る音に驚いたのか、ゴミニートの下卑た笑いが止まる。
「優一! お前は人の話もまともに聞けないのか! ……大人でも、病人や高齢者、酩酊者が嘔吐物で窒息死するのは、ままある事だ。お前、ヘタしたら人殺しだったんだぞ?」
「二人は宗教が子供の頃、護衛に任命されて、教育係も兼ねてる。三枝さんには、宗教と同じように、心臓に障碍がある息子さんが居たんだけど……その子は、護衛の辞令が出る直前に亡くなったんだそうだ。私達と同い年だったんだけどな……」
ツネ兄ちゃんが、しんみりした声で説明した。
「いや、計算合わねーだろ。二人とも、どう見ても二十代……」
「二人はゆっくり年を取る人種だから、見た目よりもずっと高齢なんだ」
魔法と科学を折衷する「両輪の国」も含めて、魔法文明圏の人口の約三割は、何百年も生きる長命人種だ。
「それで三枝さんは、宗教を我が子同然に思ってくれてる。……大体、ゆうちゃんが暴言吐いて傷つけた癖に、何、笑ってるんだよ!」
ついに怒ったツネ兄ちゃんに説明を任せ、マー君は食器を回収する。藍ちゃんが下座の土鍋を持って座敷を出た。
「いや、そんなのお前らが、先にオレに暴言吐いたからだろうが。何が『傷ついた』だよ。ニートは何言われても、サンドバッグでいろってのか!? そもそもオレを怒らせて、あんな事言わせたお前らが悪いんじゃねーか!」
何で、何もかも他人のせいなんだよ。呆れて声も出ない。
ゴミニートは「論破した」とでも思ってるのか、ドヤ顔でみんなの顔を見回す。