■汚屋敷の兄妹-真穂の12月 06.開始 (2015年08月16日UP)

 十二月二十四日。

 お兄ちゃんと私は、朝早く家に戻った。「普通にキレイな所」から帰ると、自分ちの汚さを改めて思い知らされる。庭のガラクタは、雪に埋もれて見えない。
 二人で屋根の雪降ろしをしていると、畑帰りの人達が話し掛けて来た。
 「ケンちゃん、久し振りだな」
 「お久し振りです」
 みんな声が大きいから、屋根の上と農道のままでも充分、会話できる。
 「すっかり大人になって。どうしたが? 急に」
 「お祖母ちゃんが、大怪我したって聞いたんで」
 「あぁ、災難だったげな。もちっと、まぁ、アレだ……その……頑張れよ」
 近所の人達は、言葉を濁して帰って行った。悔しいけど、言いたい事はそれでよくわかってしまった。
 雪降ろしで体が温まってほぐれた。二人でやると、いつもの倍以上も早く済んだ。

 お兄ちゃんが玄関を開けて途方に暮れた。
 「さて、どっから手ぇつけるかな……?」
 「トイレとお風呂。重要度が高くて狭くて物が少ないから、早く片付くし、キレイになったらヤル気も出るよ」
 私は、作戦が決まってから、ネットで調べた事を説明した。掃除用具と洗剤も発掘してある。それに、そこはある程度、掃除を進めてあった。
 ネットで掃除方法について、相談やアドバイスや情報交換する掲示板を見つけた。そこの過去ログを夢中で読み漁った。
 家族がゴミやガラクタを捨てさせてくれない、ゴミを拾って家に溜める事で悩んでるのは、ウチだけじゃなかった。
 同じ悩みを持つ仲間がいる。
 何とか説得して掃除した人、家族の入院中にこっそり大掃除した人、コツコツ掃除を続けている内に、家族が影響されて、掃除するようになった人、業者を呼んだ人、家族が亡くなってから片付けた人……事情が違うから、方法も手段も違うけど、家をキレイに片付けられた人達の報告は、喜びに満ちていた。
 永遠に片付かないなんて事はない。
 どんなにゴミが山積みでも、ひとつずつ捨てていけば、いつか必ず片付く。
 希望が、私にヤル気と力を与えてくれた。

 トイレの水洗タンクと、便器内にクエン酸を入れて一晩放置。これだけで、クエン酸水溶液と接していた部分が、びっくりするくらいキレイになった。その分、他の部分の汚れが際立ったけど、何もしないより、ずっとよかった。年単位でこびり付いていた黒ずみや尿石が、少しでも消えた事は大きい。
 お風呂はいつも私が最後だから、掃除をしてから体を洗っている。
 洗剤は売る程あるから、惜しみなく使った。使いかけのボトルを何本も発掘したから、使い切ってやった。
 今日までに少しでも掃除を進めていたから、次にやる事も決まっている。
 私とお兄ちゃんは、マスク、ゴム手袋、薄手の透明レインコートを装備。土足で家に入る。因みに、マスク、ゴム手袋、レインコートは、それぞれが昨日、コンビニで買ったばかりの新品だ。家で発掘した物は、怖くて使えない。

 黒いゴミ袋の束を抱えて、脱衣所の前に立った。
 この黒いゴミ袋は、本来ならもう使えない。何年か前に条例が変わって、ゴミの分別が、可燃、缶と瓶、ペットボトル、容器プラスチック、その他不燃、古紙、大型の七種になった。古紙と大型以外は、それぞれ専用の透明袋でないと、回収して貰えなくなった。
 今回は、クリーンセンターに直接搬入するから、この黒ゴミ袋を全部使い切るつもり。
 先週、廊下で「家庭用45Lポリ袋(黒)50枚入り20梱包」と書かれた未開封の段ボールを発掘した。封のテープはすっかり変色している。

 多分、これ一箱じゃない筈。
 何でいつも箱単位で買い置きするんだろう。
 こんなにいっぱい、使うワケないのに。

 とにかく、スペースを空ける為にひたすら、ゴミ袋に空ボトルを詰めた。多分、全部プラ容器だ。
 シャンプー、リンス、コンディショナー、ボディーソープ、お風呂の床用洗剤、浴槽用洗剤、ガラスクリーナー、排水溝用洗剤、トイレ用洗剤、洗濯用液体洗剤、柔軟剤、ヘアトニック、化粧水、うがい薬。それらの空ボトルが、脱衣所の床に林立している。
 お祖父ちゃんが、「瓶は後で使うから捨てるな」って捨てさせてくれないから。
 中身が入ったままの使いさしも多い。箱買いの段ボールは未開封のまま、天井近くまで積み上がっている。
 バスマットは、何枚も重なっている。最下層のマットの隅に段ボールの壁が乗っていて、びくともしない。それが黴て腐って気持ち悪いから、何枚も重ねて安全地帯を作っている。上のマットに黴が移ったら、新しいのを買って来る。古いのは小さく切って、ビニール袋に入れて、少しずつ学校の近所のゴミ箱に捨ててる。ホントはいけない事だって知ってるけど、家のゴミ袋に入れたら怒られるから。
 足の踏み場もないレベルでボトル類だらけの床は、当然、掃除できない。風呂場と洗濯機への道が、細く通っているだけだ。
 段ボールの傍は、ボトルの上にボトルが乗っている。積み上がったボトルとボトルの間には、灰色の綿埃や髪の毛、鼠や虫の糞、虫の死骸が、分厚く積もっている。ボトルの隙間を埋める様は、過剰包装の梱包材みたい。ボトルの肩と頭には、埃が盛り上がっている。
 こんな汚いの、分別したってリサイクルできっこないから、埃に包まれたボトルをそのままゴミ袋に入れる。

 ゴミ袋が満タンになる度に庭へ持って行く。
 満タンのゴミ袋を両手に持って、棚や段ボールで狭い廊下を体を横にして通り抜ける。
 外の空気を吸って、またゴミに埋もれた玄関と廊下を通って、ゴミだらけの脱衣所に戻る。二人とも無言。
 お兄ちゃんと二人で、何往復しただろう。
 脱衣所の床から、空ボトルがなくなった。
 ゴミ袋を置きに出ると、コーちゃんが黒い山の前で呆然としていた。
 「コーちゃん、どうしたの?」
 「スッゲー……………………」
 「でも、まだいっぱいあるから……」
 「でも、この分だけ、キレイになったんだよな? 二人ともスゲー」
 「危ないから、手伝わなくていいぞ」
 「あ、違う。メシ。昼ご飯できたから、呼んで来いって言われたんだ」
 ゴム手袋とレインコートを玄関脇の雪の上に置いて、マスクは捨てて分家に行った。玄関に入る前になるべく埃を叩く。
 手と顔を念入りに洗って、食卓へ。
 とんかつ、千切りキャベツ、ごはん、ホウレン草の味噌汁。米と野菜は分家の自家製だ。
 食事中、誰もゴミの話をしなかった。
 キレイな場所で温かいご飯にありついて、人心地ついた。少しの作業なのに、意外と疲れていた事に気付く。
 食器を片付けてから、コーちゃんが少し興奮気味にゴミ山の事を語った。
 「そうか。じゃあ、俺が軽トラで持ってくげ」
 「えっそんな悪いですよ」
 「なぁに、俺にとっても実家だげ。クリーンセンター行ってる間、中の掃除、頼むげな」
 お兄ちゃんが遠慮すると、米治叔父さんは笑って言った。

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