■汚屋敷の兄妹-真穂の12月25日〜12月26日 16.汚れ(2015年08月16日UP)

 高圧洗浄みたいな魔法で、廊下の天井と床がピカピカになる。ヤニと煤と油煙と埃で真っ黒だったのが、一気に明るくなった。キレイな廊下に土足で上がるのは気が引ける。でも、奥は汚いままだから、やっぱり土足。
 床を埋めていた物がなくなって、棚の足元がどうなっていたのか、わかった。
 棚の前にも、カラーボックスが横倒しに置いてあった。って言うか、埋まっていた。中身はギュウギュウ詰め。玄関に一番近いカラーボックスは、ラップとアルミホイルとビニール袋とタッパ。パッケージはどれも変色していた。腐汁が垂れて、色々な生き物の糞がこびり付いて、小さな歯型もある。食べ物じゃないのに、何で齧っちゃうかなー?
 どう見ても無理です。使えません。ゴメンナサイ。
 齧られてできた穴に指を入れて、ラップを引っ張り出す。一本抜けるとどんどん抜ける。一段でゴミ袋が満タンになった。軽いから、後で纏めて持って行こう。口を括って玄関に置いて、二段目、三段目もゴミ袋に入れる。
 お兄ちゃんとツネちゃんは、カラーボックスの後ろの棚を開けた。
 「何でこんなとこに食器があるんだ?」
 「知りませんよ。捨てましょう。全部」
 ツネ兄ちゃんに聞かれて、お兄ちゃんがキレ気味に答える。
 ゴメンナサイ。台所に入りきらないからです。
 私は心の中で謝りながら、カラーボックスの中身をゴミ袋に移した。いちいち段ボールから出してあって、面倒臭い。下の箱が潰れて空いた隙間に、ビニール袋とかを詰めて埋めてあった。意味わかんない。他の物みたいに段ボールのままだったら、まだ使えたかもしれないのに。

 ゴミ袋四つ持って、外に出る。外は寒いけど、空気がキレイでホッとした。
 さっきの大きい靴箱とかも、もう焼いてあった。灰入りの透明ゴミ袋が塀の傍に積んである。はちきれそうなゴミ袋を何もないゴミ焼きの円に置いて、ノリ兄ちゃんに声を掛けた。
 「ゴミ焼き、ありがとうございます。そこ、寒くないですか?」
 「ん? 風除け作ったから、大丈夫だよ」
 杖で足元の円を指してくれたけど、タダの円にしか見えない。でも、きっと何か凄い魔法なんだ。いいなぁ。魔法。私も魔法使いだったら、こんなゴミ屋敷、パーっと片付けられるのに。
 「あッ! あの、ずっと、立ちっぱなし、大丈夫ですか? 椅子持って来ましょうか?」
 「ん? うん。あれば、ちょっと嬉しいかな」
 「ゴメンナサイ! 気が利かなくて! すぐお持ちします!」
 何もない玄関と廊下を駆け抜けて、その勢いでゴミエリアに飛び乗る。後はいつも通り、ゴミを踏み越えて汚台所に突入。確か、テーブルの横に椅子っぽい台があった筈。
 よく見たら、椅子っぽい台じゃなくて、テーブルとセットのちゃんとした椅子だった。背もたれに掛けられたスーパーのビニール袋と布鞄を外して、取敢えず床に置く。何かがいっぱい詰まった袋は、八つあった。
 座る部分に乗ってる段ボール箱を持ちあげる。何か異様に重い。クロエさんにお願いすればよかったかも。靴箱を運んだあの魔法を掛けてもらえばよかった。顔を真っ赤にして、何とか足の上に落とさずに済んだ。でも、箱の容量オーバーの積み上げ分が、雪崩落ちてしまった。もういい、後で捨てよう。
 座面には、食べこぼしや油煙でドブ色に染まった毛糸の何かが乗っていた。除けようとしたら、椅子ごと動いた。背もたれに括りつけてある。もうッ! 何なのこれ? 紐を解いて手に取る。座布団だ。裏は色褪せてるけど、元の色が青系だとわかる。多分、お祖母ちゃんがセーターか何か解いて、座布団カバーにしたんだ。捨てたら怒られるから。
 長い間、重い物が乗っていたせいで、座布団本体はぺったんこだった。って言うか、こんな汚座布団、王族様に出すなんてとんでもない。自分で使うのも絶対イヤ。無理。
 椅子だけ持って、廊下に戻る。ゴミ地帯を越えて、床エリアにそっと降りる。
 「上の物なら、降ろしたげるよ。どれ?」
 「あ、違うんです。ノリ兄ちゃんに……」
 「え? あッ! ありがとう。助かるよ」
 ツネ兄ちゃんも、今気付いたみたい。しまったって顔でお礼を言われた。でも、よく考えたら、こう言うのってお付きの人とかが用意するんじゃないかなぁ?
 私は庭に出て、三枝さんに共通語で話し掛けた。
 「エクスキューズミー……えっと、プリーズ、ウォッシュ、ディス、チェア……」
 ドキドキし過ぎて合ってるか自信ないけど、何とか言えた。私が椅子を置くと、三枝さんはにっこり笑って、水の魔法で洗ってくれた。流石に新品同様とはいかないけど、キレイになった。油煙でベタベタで真っ黒だったけど、茶色い木目が見えて、ニスが輝く。
 「ボロくてすみませんが、どうぞ」
 「わざわざゴメンね。ありがとう」
 円の中に椅子を置くと、ノリ兄ちゃんは座ってくれた。円の中は何故か温かい。ホント、魔法ってスゴイ。

15.廊下←前  次→17.埋没
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