■汚屋敷の兄妹-真穂の12月25日〜12月26日 19.魔物(2015年08月16日UP)

 「お呼び立てしてすみません。俺の事は、覚えてますよね?」
 マー君が言うと、区長さんが顔をくしゃくしゃにして笑った。
 「マー君が。よう覚えとるげな。瑞穂の旦那そっくりになって……」
 「父さんを覚えてるなら、話が早いや。父方の曽祖母が、ムルティフローラ王国の王女なんです。宗教は王位継承順位、最下位だけど一応、王族の端くれ。後ろの二人は、護衛の近衛騎士」
 みんなびっくりし過ぎて、声も出ない。
 「ムルティフローラは魔法文明国で、魔力が足りないと王家と血縁でも、王族とは認められません。宗教だけ魔力があって、他のみんなはないから、単にこの国の庶民です」
 「それで、僕だけ十八歳の時にムルティフローラ国籍にして、今は教授の在留資格で、この国に住んでます」
 藍ちゃんが、恐る恐る口を開いた。
 「あの……ひょっとして……王子様?」
 「声変わりしてなくて、声はこんなだけど一応、男だから、そうなるね」
 ノリ兄ちゃんから、微妙にズレた答えが返って来た。
 「親戚に会いに来ただけだから、普通に親戚扱いして下さい。護衛も別に要らな……」
 「殿下。少しは懲りて下さい」
 「……はい。ごめんなさい」
 双羽さんから怖い声が降る。ノリ兄ちゃんは小さな声で謝った。
 「県警の方々にもお伝え致しましたが、通常の地域巡邏で結構です」
 「失礼ですが、お二人で大丈夫ですか?」
 「万一の事態があれば、賊は魔法の使い手である可能性が高く、この国の警察では、対応に限界がございますので」
 双羽さんと駐在さんの遣り取りをみんな、呆然と聞いてる。何コレ凄い。この人達、本物のSP? 映画みたい。っていうか、親戚に王子様が居るとか、聞いてないよ。
 「クロも居るから、普通の強盗とかなら、大丈夫ですよ」
 ノリ兄ちゃんが黒猫を抱き上げて、にっこり笑う。クロは澄んだ声で、ニャーンと言った。「任せろ!」的な意味? 可愛いけど、猫じゃ強盗、無理でしょ。
 「クロは僕の使い魔で、魔法生物だから、魔法の使えない人が相手なら、大丈夫ですよ」
 「マホウセイブツ?」
 幾つもの声が重なる。何それ?
 「魔法で人工的に作られた一世代限りの生物で、能力は個体差があります。クロは、僕の魔力を食べるから、基本的にご飯は要りません。人間よりずっと力持ちで、色々変身できて、とっても役に立つんです。ねーっ?」
 ノリ兄ちゃんに同意を求められて、クロはニャーンと返事した。褒められて気をよくしたのか、ゴロゴロ喉を鳴らし始めた。
 大笹さんがクロを指差す。
 「その……猫が、ですかい?」
 「クロは猫じゃありません。ホントの姿、見てみますか?」
 みんなが小さく頷く。ノリ兄ちゃんは、クロに庭へ出るように言った。クロがニャーンとイイお返事をする。ピンと尻尾を立てて、障子に駆け寄り、前足で開けて庭に降りた。
 「クロ、こっち向いてホントの姿に戻って」
 クロは言われた通りにこっちを向いた。紙袋が割れたみたいな、乾いた音がして、黒猫が消える。誰も何も言わない。
 駐在さんと大笹さんが、障子を全開にした。
 庭にでっかい鳥の足が二本、立っている。二人が上を見て、息を呑んだ。大山さんと区長さんも上を見て、腰を抜かした。叔父さんが区長さんを支える。
 私達も気になって縁側に出た。

 庭に悪魔が居る。

 猛禽類っぽい足の上に、人っぽい体が付いてる。黒猫みたいな艶やかな毛が生えた筋肉質な体。手には鉤爪。肉球なし。尻尾も黒猫拡大版で、消防ホースサイズ。背中には、鳶とか梟みたいな茶色い翼がある。でも、顔は巨大な黒猫。二階の屋根より背が高くて、身長が五メートルくらいある。
 黒猫とマッチョ男と猛禽類を足して三で割った的な悪魔……
 「クロエ、ご挨拶して」
 ノリ兄ちゃんが声を掛ける。ポンッ。音の後、悪魔が消えた。代わりにメイドのクロエさんが現れる。エプロンドレスのスカートをちょっとつまんで、優雅にお辞儀した。
 「ご主人様の下僕、クロエでございます」
 「普段の用事は下男の形でさせてて、今回は大掃除だから、女中の形にしてるんです」
 ノリ兄ちゃんが説明した。いや、そんな使い分けとか聞いてないし。って言うか、どこにポイントを置いて驚けばいいかわからない。リアクション不能。みんなも固まったまま。
 「クロ、おいで、抱っこしよう」
 クロエさんは一瞬、嬉しそうな顔をした。ポンっと音が弾けて、黒猫が部屋に駆け込んだ。ノリ兄ちゃんの腕の中でゴロゴロ言ってるのは、どう見てもタダの可愛い黒猫だ。
 「姿は変わっても、力は元のままだから、普通の強盗とかなら大丈夫ですよ」
 逆に強盗が心配デス。マー君が、あー寒っとか言いながら、障子を閉めに来る。みんな、我に返って部屋に入った。
 「僕、来年の秋にあっちに行って、もうここには来られないから、最期に一回くらいは、こっちの親戚にも会ってみたくて、無理言って連れて来てもらったんです。今回だけですから、少しの間、宜しくお願いします」
 みんな、ただもう、首振り人形みたいにカクカク頷くしかなかった。

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