■汚屋敷の兄妹-賢治の12月26日〜12月28日 30.大金(2015年08月16日UP)

 ツネ兄ちゃんがリサイクルショップについて来てくれた。
 お祖母ちゃんが暇だろうからって、洗浄してもらったアルバムを一冊持って、助手席に乗り込む。
 俺、気が利かない孫だなぁ。食事制限があるから、食べ物はダメだし、花も雑菌云々で禁止だし、何も持って行けねーって思いこんでた。
 リサイクルショップは、例の店長さんが対応してくれて、すんなり終わった。
 祖母ちゃんは、古いアルバムを見て大喜びだった。顔の周りの光が眩しい。
 「そのお金、二十年以上埋まってたが。ないも一緒じゃ。みんなのお小遣いにするがえぇが。大掃除のお駄賃が」
 あっさり好きにしろと言われて、俺は困った。二百万もどうやって……分家と巴家に百万ずつで、余りで要る物買うか?

 帰り途、ツネ兄ちゃんに相談した。
 「政治には、本人が言ってた分だけ渡せばいいよ。ガソリン代と日当五万。私は別に要らないし、宗教もきっと欲しがらないよ」
 意外な返事に驚いた。
 「えっでも、やっぱ、大変な事手伝ってもらってるし……」
 「一応、縁続きだからね。あれは何とかしないと、いつ厄が広がるかわからないし」
 「厄?」
 「宗教に視せてもらってるんだろ?」
 「え、えぇ、まぁ、ごちゃごちゃ訳わかんない小さい魔物とか、ヘドロみたいのとか、あと、さっき、家から黒い風が吹いて怖かったけど……あれ、全部、厄なんですか?」
 ツネ兄ちゃんは少し考えてから、教えてくれた。
 「私には、ヘドロと黒い風は視えなかったけど、怖かったんなら、全部そうだよ」
 普通の霊視力では、雑妖や幽霊は視えても、何者か未満の穢れや神聖な気配みたいなものは視えない。場の雰囲気として、ヤな感じや清々しく厳かって感じるだけだ。
 三界の眼は、そう言うのも視える。他人の感情も、それが強ければ、光や形を持った何かに視えるらしい。
 「霊的なエネルギーみたいなものを視覚的に捉えてるんじゃないかと思うけど、私は三界の眼じゃないから、わからないよ」
 「えーっと、話、戻していいですか? その、霊的にも大掃除してもらってますし、清掃業者や霊能者に払うのと同じくらいのお礼をしたいんです。何もなしじゃ、俺の気が納まらないし、双羽さん達、思い切り他人じゃないですか」
 俺は思い切って言った。オブラートに包んでちゃ伝わらない。
 「双羽さん達は近衛騎士だからね。王様の命令で宗教の護衛をして、その一環で危険を排除してるだけだよ。それに、あの人達こそ、お金なんて受け取ってくれないよ」
 「えーっと……賄賂とか、そう言うんじゃないんですけど……」
 「ムルティフローラは魔法文明国だから、お金ってもの自体、ないんだよ。二人にとって札束なんてただの紙束。メモ用紙にもならないって、断られるよ」
 俺は言葉を失った。窓の外で、昔事故った人が呆然としている。
 「お礼とか気にしないで、親戚筋に厄が行かないように、掃除頑張ってくれればいいよ」

 実家に戻ると、青白い光が白々と庭を照らしていた。光源は、倉庫の庇に引っ掛けたハンガーだ。冬の日は暮れるのが早い。ハンガーに魔法の灯を点けてくれたんだろう。
 「おかえりー。使えそうな物、取敢えず居間と物置部屋に入れといたよ」
 真穂の笑顔が眩しい。
 家に居た頃、真穂が笑うのを見た事がない。いつも暗く沈んだ顔で、困ったような顔をしていた。
 俺達は、祖母ちゃんに「ゆうちゃんのお勉強の邪魔になるから、静かにしててね」と言われて育った。でも、ジジイとオヤジが大声出したり、大音量でテレビつけてバカ笑いしてるのは、放置だった。
 母さんは、ジジイとオヤジと祖母ちゃんに隠れて、俺と真穂に家事のやり方を教えてくれた。なんで、ジジイとオヤジと祖母ちゃんに内緒なのか、当時はわからなかった。
 使えなくなった物や食えなくなった食材、不要品や過剰在庫。ジジイとオヤジは、「勿体ない」って言って、そういうものを一切、処分させてくれない。
 ガラクタは天井まで積み上がって、激しく邪魔だ。ガラクタのせいで掃除できないのに、祖母ちゃんと俺達の母さんは、ジジイとオヤジから「掃除も碌にできないハズレの嫁」呼ばわりされていた。
 真穂も、母さんが入院した後くらいから、言われるようになった。当時の真穂はまだ幼稚園児なのに、ジジイとオヤジからは、「女なんだから家事なんてできて当たり前」みたいなスタンスで扱われていた。でも、俺とゆうちゃんは、何も言われない。俺が古新聞を束ねて縛るだけで、祖母ちゃんは「まぁあぁ、男の子なのにお手伝いしてくれるの。偉いねぇ、ありがたいねぇ」って、拝むように喜んだ。
 真穂が「これ、なんて無理ゲー?」って状況で、どんなに頑張って洗濯とかの家事をこなしても、ジジイとオヤジは勿論、祖母ちゃんすら、真穂には滅多にお礼を言わなかった。
 ジジイとオヤジが見てる時に俺が手伝うと、祖母ちゃんも母さんも、「お前らが不甲斐ないから賢治が手伝う羽目になるんだ」って、滅茶苦茶な超理論でクズ呼ばわりされて、罵られたり殴られたりした。だから、俺は二人の目を盗んで、こっそり手伝った。
 祖母ちゃんからは、「ケンちゃんは跡取りじゃないけど、やっぱり男の子なんだから、家のことはお祖母ちゃんとお母さんに任せて、じっとしてて」って手伝いを断られることもあった。
 腐った食材とか、汚いものがあるから、家が汚れる。まず、それを捨てなきゃ掃除できない。放置してるから、鼠や害虫が寄ってきて、家が荒らされるんだ。
 食材は大量にあり過ぎて食べ切れないから、腐る。家族の人数と、田畑での収穫量とご近所さんがくれるお裾分けの量を考えて、町へ出た時の買い物の量も調整すればいいのに、「折角、遠出したんだから、手間とガソリン代が勿体ない」って、大量に買い込んでくる。そりゃもう、冷蔵庫に入りきらないくらい。
 冷蔵庫を買い足して、大きいのが二台と小さいのが一台ある。因みに当時の家族は、ジジイ、オヤジ、祖母ちゃん、ゆうちゃん、母さん、俺、真穂の七人だ。
 バイトしてる居酒屋でも、こんなでかい冷蔵庫二台も置いてない。家出同然で水都の大学に進学して、初めて、自分の家の異常性のレベルを思い知った。
 前々から、変だとは思ってたけど、ここまでとは思わなかった。
 食い物と掃除以外もそう。服も、脱いだ服をその辺に脱ぎ散らかして、回収に余分な手間がかかる。犬や猫を飼ってるわけじゃないのに、家の中でしょっちゅう、靴下が片っぽ行方不明になるって、どういうことだよ。
 町へ出た時に、セールだからって服でも何でも大量に買い込むから、片付ける場所が足りなくなって、箪笥や収納家具を買い足す。仕事柄、服が破れたり再起不能レベルで汚れる事が多いのに、傷んだ服を捨てない。そしてまた、買ってくる。
 箪笥や収納家具に収まりきらなくなった物が、家中に溢れている。片付けきれない服やガラクタを、鼠や害虫、黴が汚染する。

 原因と結果の因果関係をきちんと把握できない。
 不都合があれば、誰かに責任転嫁するだけ。
 誰かを罵ったり殴ったりするだけで、根本的な問題の解決をしない。っていうか、解決しようとすると、マジ切れする。
 「生意気言うな!」「誰に食わせてもらってると思ってるんだ?」「口答えすんな!」俺達に対しては、それしか言わないから、話し合いにもならない。
 問題提起や問題解決方法の発言者が、自分が「格下」認定した嫁や子供だから、って言うのが、その理由。
 ジジイとオヤジは、絶対服従であるべき「格下」の分際で、問題をほじくるのは、「格上」の自分達にダメだしする反逆行為と見做すらしい。多分、ゆうちゃんもそうだろう。
 世間的に見て、どれだけ理不尽なことでも、この家の中では、ジジイとオヤジの言動は絶対に正しくて、逆らっちゃいけないことになっている。
 犯罪レベルで、やっていい事と悪い事の区別がついてない奴が、でかい顔して支配している。
 各上のジジイ、オヤジ、ゆうちゃんが何をしても絶対正しくて、どんな間違いも絶対に許さなくちゃいけなくて、各下の祖母ちゃん、母さん、俺、真穂は当たり前のことすら許されない。っていうか、発言権すらなかった。
 真穂は、学力も経済力も充分なのにジジイの「女に学問は要らん」の一言で、危うく高校に進学させてもらえないところだった。住職さん達が上手いこと言ってくれたお蔭で、何とか矢田山町の高校に進学できた。
 祖母ちゃんが小指を骨折した時、ジジイの「唾付けときゃ治る」の一言で、治療を受けさせてもらえなかった。そのせいで、祖母ちゃんの小指は動かなくなってしまった。
 ジジイとオヤジは町へ出ると、要らない物を大量に買ってくる。でも、家事に使う、どうしても必要なものは、買わない。「嫁連中に楽させると、碌なことにならないから」って謎理論で。
 一家団欒、家族の絆、家族仲良く、大事な事は家族で話し合って決める、家族なんだから分かり合える……俺と真穂は、その類の事を割と長い間、フィクションだと思っていた。
 そんな家で、笑える訳がない。
 クロエさんが、ゴミ袋を持って庭に出て来た。双羽さんに何か言ってる。双羽さんが頷くと、袋の中身をぶちまけた。服だ。双羽さんが、水の魔法で洗う。
 洗濯機の中身を見ているような、不思議な光景だ。水の中でたくさんの服が踊るように流れ、水が濁る。
 クロエさんが新品のゴミ袋を広げる。双羽さんは服だけ袋に入れた。残った水はドブ色に染まっていた。
 ニートの服か……
 クロエさんは、双羽さんの命令で、洗濯された服を家の奥に運んだ。
 俺達は魔法の灯の下で黙々と今日、庭に出した物の仕分けを続ける。
 いつも通り、コーちゃんと政晶君が呼びに来た。クロエさんだけが降りて来る。
 ゴミニートは今夜もこの汚屋敷に一人で居るつもりらしい。
 晩飯の後、改めて二百万について、みんなに聞いてみた。
 座卓の真ん中には、二百十七万五千六百十一円と払戻票と封筒が、並べて置いてある。
 分家のみんなにも要らないと言われた。俺と真穂は申し訳なさ過ぎて、俯くしかない。
 「百万もーらいっ!」
 マー君が身を乗り出して、札束をひとつ掴んだ。みんな、呆気に取られて見ている。マー君は、札束をズボンのポケットに入れ、ニヤニヤ笑って言った。
 「この百万、俺がもらったから、俺のもんで、俺がどうしようと勝手だよな」
 「あ、あぁ、そうだな」
 米治叔父さんが標準語で言った。昨日、地区のみんなに巴一家を紹介した時、方言だと通じないんじゃないか、と言われたらしい。マー君達も「が」と「げ」の使い分けがわからないと言い、叔父さんは標準語で話す事にしたらしい。
 「じゃ、この百万、畳代の支払いに充てる」
 マー君はポケットから札束を出して、座卓に戻した。
 「えっ、あっ、でっ、でも……」
 「祖父ちゃんは、リフォーム代なんか、絶対出さないぞ。真穂ちゃん、払えるの?」
 「あ、あぁ〜……無理むりムリ、無理です。ゴメンナサイ」
 叔父さんも、もうひとつの札束を一旦、懐に入れて、出しながら言った。
 「こっちの百万は俺が戴いた。で、家のリフォームやら壊れた物の買い替えに充てる」

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