■汚屋敷の兄妹-真穂の12月 05.帰省 (2015年08月16日UP)
翌朝早く、真知子叔母さんのメールで目が覚めた。
件名:おはよう二人とも家を出た旦那が迎えに行くからね
いつも通り、本文のないメールだ。
ビジネスホテルは、建物は古いけど、掃除が行き届いていて、シーツも清潔だった。清々しい気持ちで返信する。
米治叔父さんが、いつものワゴン車で迎えに来てくれた。高速道路を使っても、片道二時間以上。歌道山町(うどうやまちょう)に着いたのは、お昼を少し過ぎた頃だった。
分家で遅い昼食を戴いていると、庭に見慣れないバイクが入ってきた。
「あら、早かったね」
真知子叔母さんが出迎える。小さな荷物を抱えて入って来たのは、お兄ちゃんだった。
「よ、久し振り。苦労押し付けて、すまんかった」
お兄ちゃんは、いい意味で変わっていなかった。顔はちょっと大人っぽくなってるけど、それ以外は私の知ってるお兄ちゃんのままだ。
「お兄ちゃん……!」
色々な思いがごちゃ混ぜになって、それしか言えなかった。言葉にならない思いが、涙になって後から後から、溢れて来る。お兄ちゃんは、何も言わずに私の肩を軽く叩いて、落ち着くのを待ってくれた。
叔母さんが、お茶を淹れながら聞く。
「ケンちゃん、お昼は?」
「有難うございます。サービスエリアで食べたんで、いいです」
「あらあら、そんな他人行儀な……」
「あ……つい、バイトの癖で……」
お兄ちゃんは照れて笑った。
「二人とも、移動で疲れてるげ、大掃除は明日からな。無理して怪我するとイカンげな」
米治叔父さんの忠告に素直に従う事にした。お兄ちゃんが、見るからに疲れ切ってるから。私達が頷くと、米治叔父さんは意外な事を教えてくれた。
「明後日……二十五日、ウチの藍とマー君達も帰って来るげ、手は増える。何とかなるげ、心配すんな」
「マー君って、誰?」
お兄ちゃんが首を傾げた。私も知らない。
「ん? ケンちゃん、覚えてないが? あんな遊んでもろたに。従兄(いとこ)の政治(まさはる)だ。瑞穂(みずほ)姉ちゃんとこの」
「あッ! あのマー君!?」
お兄ちゃんは、思い出したらしい。顔がパッと明るくなった。
わからないのは、私だけだ。真知子叔母さんが教えてくれた。
瑞穂伯母さんは、お父さんと米治叔父さんの姉で、高校卒業してすぐ、帝都に出て就職した。そのままあっちで結婚して、旦那さんの実家に住んでた。お兄ちゃんが生まれるずっと前に交通事故で亡くなった。
従兄は三人。政治(まさはる)君、経済(つねずみ)君、宗教(むねのり)君。
三男の宗教君は、体が弱くて長距離の移動に耐えられないから、一度も来た事がない。
次男の経済君は、瑞穂伯母さんの生前は来てたけど、亡くなってからは来なくなった。
長男の政治君だけが、二十歳になるまで毎年、お正月に本家と分家に顔を出していた。
「……お年玉目当てでな」
米治叔父さんが苦笑した。でも、ちょっと嬉しそうな顔だ。
政治君が来た最後の年の夏、私達のお母さんが入院して、そのまま離島の実家に帰った。当時、お兄ちゃんは小学三年生、私は幼稚園児だった。
「今年は三人とも来るそうだげ、宗教君はともかく、どっちか一人くらい、手伝ってくれるだろ」
どういう心境の変化か知らないけど、ずっと寄りつかなかった人達が、あんなゴミ屋敷の大掃除、手伝ってくれるんだろうか。何か、無理っぽい。
私だったら、冬休みに親戚んちに遊びに行って、特殊清掃を頼まれたら、ゴメンナサイして帰る。お金貰っても無理。
「ツネちゃんはわからんが、マーくんは、小遣いやれば手伝ってくれるげ、心配すんな」
「えっ!?」
お兄ちゃんと私の声が重なる。
「いざとなったら、俺が金出すげ、心配すんな。なぁに、お年玉だ、お年玉」
叔父さんはそう言って笑った。
今日は自分の家には帰らず、コーちゃんと一緒にお兄ちゃんに共通語を教えて貰った。
うっかり忘れるところだったけど、私も受験生だ。
お兄ちゃんは、水都(すいと)市立外国語大学の四回生。旅行会社の内定が出てて、卒業したら添乗員になる予定。
共通語は、世界の四割くらいの国の公用語だ。海外旅行の添乗員なら、必須なだけあって、お兄ちゃんの発音は完璧だった。
勉強は捗ったし、ご飯は作って貰ったし、キレイなお風呂に入って、清潔なお布団で休ませて貰った。
きっと、他所の家はこれが普通で、当たり前なんだろう。でも、私にとっては、凄く幸せな夜だった。