■汚屋敷の兄妹-賢治の12月25日 09.従兄(2015年08月16日UP)

 深夜に雲が出て、夜明け前まで大雪が降った。
 真穂と二人、うんざりしながら、実家の雪下ろしをする。
 大学のある商都では、滅多に雪が降らない。水道の凍結対策やタイヤチェーンすら不要だった。四年ぶりの雪下ろしで、筋肉痛になったが、真穂一人に苦労させる訳にはいかない。覚られないよう、黙々と雪を下ろす。
 「あれっ? 誰だろ?」
 真穂が手を止めて町道の方を見た。ここは閉鎖的な過疎地で、家族構成から所有する車、昨日の晩ご飯までみんな知っている。真穂は車を不審げに注視していた。雪が積もった田畑の間にポツポツ家があるだけで、隠れる所はどこにもない。

 一昨日の俺も、村の人にこんな風に見られてたんだろうな。
 車は二台。どちらが「不審車」かわからない。前をワンボックス、後ろをセダンが走っている。車間距離は五台分。セダンはスノータイヤを履いてるっぽい。ワンボックスはノーマルにチェーンを巻いていた。
 ワンボックスが農道に入り、近付いてくる。
 真穂が、助けを求めるような目で俺を見た。俺は車から目を離さず、小さく頷いた。都会なら、知らない車が走っていても、当たり前。知っている車の方が少ない。知らない車に怯えた目をする妹が、不憫だ。
 ワンボックスがウチの前で停まった。車間距離を保ち、セダンもウチの畑の前に停まる。
 「着きました。もうここで結構です。ありがとうございました」
 ワンボックスの運転席を開け、男が言うと、セダンはハザードを点滅させ、後退した。町道に戻って方向転換し、走り去る。
 稲藁色の髪の男は、セダンが見えなくなるまで見送って、ウチの敷地に入ってきた。
 「ケンちゃん久し振りー。そっちは真穂ちゃん? 二人とも大きくなったなー」
 俺は真穂に頷いて見せ、屋根から降りた。そのまま勢いに任せて駆け寄る。

 助っ人キターッ!

 「マー君! 久し振りー。元気だった?」
 「あぁ、元気元気。ケンちゃん達も元気そうでよかった」
 後部扉が開き、マー君と同じ顔に眼鏡を掛けた人が降りて来た。ツネ兄ちゃんか、ノリ兄ちゃんだ。どっちかわからない。眼鏡の人は敷地には入らず、農道から自己紹介した。
 「初めまして。従兄(いとこ)の経済(つねずみ)です。この名前、言い難いし、好きに呼んでくれていいよ」
 屋根から降りて来た真穂が、嬉しそうに挨拶する。
 「えっと、ツネ兄ちゃんって呼んでもいいですか? あ、私、真穂です。初めまして」
 「それでいいよ」
 「真穂の兄の賢治(けんじ)です」
 俺も農道に出て名乗った。ツネ兄ちゃんは、マー君より少し声が高い。テノールとバリトンくらいの差がある。声と眼鏡で見分けがつく。俺は少しホッとした。
 「雪下ろし、大変そうだな。でも、今、疲れてるから、金もらっても手伝えないぞ」

 金の話キターッ!

 でも、マー君の疲れが取れたら、手伝ってくれるって事だよな。……有料で。
 「本家、泊まれそう? 全部でえーっと……六人なんだけど」
 「ゴメンナサイ。無理です」
 「今、大掃除してるから、バタバタしてるし……」
 真穂が半泣きで頭を下げる。俺の言い訳がましい説明に、マー君が母屋を見て囁いた。
 「祖父ちゃんに怒られないか?」
 「あ、今、ジジイとオヤジは留守なんで、今の内に」
 「祖母ちゃんは?」
 「入院してます。……あれっ? 聞いてない?」
 「うん。全然。いつ入院したんだ?」
 「今月初め。転んで骨折して、介護できないから、せめて最低限だけでもっ……て」
 助手席から、中学生くらいの子が降りて来た。マー君の縮小コピー。みんな同じ顔で、誰の子かさっぱりわからない。続いて後部席から、黒髪の大男が降りて来た。俺達に背を向けて、次の人を支えて降ろす。
 「大掃除するの? お手伝いしようか? ゴミ焼きとか」
 大男に支えられて降りた人は、多分、ノリ兄ちゃん……の筈だけど、声が女の子みたいだし、髪も長い三つ編みだ。右手に長い杖を持っている。杖の先には大人の拳くらいの黒山羊の頭が付いていた。
 どこにポイントを置いて驚けばいいかわからず、固まっていると、性別不明のその人は、自己紹介した。
 「初めまして。僕、宗教(むねのり)。声変わりしてないけど、男だよ。クロエ、出ておいで」
 後部席に声を掛けると、紙風船が割れたような音に続いて、黒髪の女性が降りて来た。二十代前半くらいで、絵に描いたようなメイド姿だ。コスプレのなんちゃってメイドではなく、外国の古い映画に出て来るみたいな本格的なメイドだった。
 最後に金髪の女性が降りて、扉を閉めた。
 よく見ると、先に降りて来た黒髪の大男も、目が青くて顔立ちがどう見ても日之本帝国人ではない。
 クォーターの高志(たかし)伯父さんで大騒ぎなら、今日はどれだけの騒ぎになるんだろう。
 「あの……そちらの方達は?」
 誰に聞けばいいかわからず、七人を見回して質問する。
 「こいつは俺の息子の政晶。政晶、本家の内孫の賢治君と真穂ちゃん。俺達の従兄妹(いとこ)だ」
 「初めまして。政晶(まさあき)です。あの、大掃除、僕も手伝いましょか?」
 マー君の息子は、商都弁(しょうとべん)だった。女性のどちらかが母親……にしては、若過ぎる。
 「政晶君はまだ小さいし、影響受けるとよくないから、政治と一緒に分家で休んでて。それで、えっと、この人達は……何度も説明するの面倒だから、後でちゃんと紹介するよ。取敢えず、呼び名だけ……」
 ノリ兄ちゃんに言われて、政晶君は素直に助手席に戻った。マー君もいつの間にか、運転席に座っている。金髪の女性が口を開いた。
 「私は双羽(ふたば)とお呼び下さい。こちらの者は三枝(さえぐさ)。元の名はこの国の方には発音が難しいので、訳した呼び名です。三枝は臨時の増員で、この国の言葉はわかりません。母国語の他は共通語などがわかります」
 双羽さんは、完璧な発音の標準日之本語で、黒髪の大男を紹介した。三枝さんが小さく頭を下げる。
 双羽さんと三枝さんは似た服装だ。トレンチコートの左襟に同じマークが付いている。白い花が付いた盾と、盾の後ろで剣と魔女の杖が交叉したデザイン。右襟のマークは、双羽さんが二枚の羽、三枝さんが三本の枝。右は家紋なのかもしれない。スラックスに、不釣り合いなごついブーツ。二人とも、二十代後半から三十代前半くらいに見えた。
 「クロエ、挨拶して」
 「クロエと申します」
 ノリ兄ちゃんに促されて、メイドが優雅にお辞儀した。クロエさんも、瞳が琥珀色で、日之本帝国人ではなさそうだ。この辺だけ、異次元過ぎる。
 「経済は?」
 「宗教がいるんなら、ここに居る」
 「あっそ、じゃ、俺は分家で寝とくわ」
 マー君はさっさと行ってしまった。

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