■汚屋敷の兄妹-賢治の12月25日 15.廊下(2015年08月16日UP)

 双羽(ふたば)さんが、廊下の天井掃除を再開する。水の濁りがハンパない。この家の天井は、ひょっとして、建ててから一度も掃除してないんじゃないのか?
 「廊下は、掃除に使える物も埋まってるから、ゴミ袋と洗剤類、タオル類は倉庫の前に置いて下さい。それ以外は、ゴミ袋に入れてゴミを焼く場所に置いて下さい。それから、もう、いいんで、土足で上がって下さい」
 「クロエ、今、彼女が言った事を実行しなさい。……名を呼んでから、命令して下さい」
 真穂の説明を双羽さんが補足した。いや、普通、わかるだろ? クロエさんって一体?
 床の堆積物を手前からゴミ袋に詰める。玄関の物がなくなって初めてわかったが、廊下の堆積物は、厚さ五十センチくらいあった。
 俺が、朽ちたお裾分け入り紙袋と一緒に雑妖を掴んでも、すり抜ける。
 クロエさんは煩わしそうに雑妖をつまんで、ゴミ袋に入れている。雑妖が入っても、ゴミ袋は膨らまない。クロエさんは、脱ぎ散らかされた作業服や、ゴキブリの死骸と一緒に雑妖もどんどん袋詰めにする。
 ツネ兄ちゃんが、雑妖がくっついていない部分を持って、段ボールを引っ張り出した。乗っていた雑妖が、視えない壁に当たって廊下に落ちる。ツネ兄ちゃんは、ゴミを安全地帯に入れてから、袋詰めしていた。
 俺も真似する事にした。
 真穂は何も視えないからか、雑妖の集る崩れた古新聞の束を抱えて、廊下と玄関を何往復もしていた。発掘したビニール紐で束ねて外に出す。
 廊下の天井掃除が一段落した双羽さんは、外の三枝さんに声を掛け、水を渡した。三枝さんが、塀を洗う。
 双羽さんも、ゴム手袋を装備した。ツネ兄ちゃんと同じで、雑妖が居ない所を掴む。時々、小声で短い呪文を唱える。何の音もなく、二メートルくらい先までの雑妖が消えた。でも、すぐに奥から湧いて来て、いっぱいになる。

 ……キリがないな。

 クロエさんも廊下に上がり、朽ちて束ねられない古新聞を袋詰めしている。真穂と並ぶと、違和感に気付いた。外国人と言う事を差し引いても、もっと何か、決定的に違う。
 俺は手元を見ずに袋詰めしながら、二人を見比べた。どうせ、ヘドロで手元は見えない。
 クロエさんも魔女だから、雰囲気が違うのか?
 双羽さんをチラ見する。いや、やっぱり違う。
 双羽さんはどっちかっつーと、ツネ兄ちゃんに近い。ツネ兄ちゃんは、霊感があるだけで多分、普通の人だ。
 ツネ兄ちゃん、真穂、クロエさんを見る。クロエさんだけが明らかに違う。何が違うのかわからない。見た目は凄い美人なのに、人っぽくないって言うか、何なんだろう。
 古雑誌を掴んだ。色褪せた表紙は、ベテランの落語家だ。この間、この人のデータを基にアンドロイドを作ったって、ニュースでやってた。TVで、この表紙より大分老けた落語家と、アンドロイドが並んでいた。
 アンドロイドは外見も仕種も語りも、落語家にそっくりだった。でも、人には見えなかった。クロエさんの雰囲気は、それに近い。
 あ、でも、命令の仕方とか、ホントにそうなのかも……
 なら、人間離れした怪力もわかる。
 見た目グロいだけで、雑妖は直接、何かしてくる訳じゃない。居ないモノとして、ヘドロに手を突っ込み、紙袋を引き上げた。底が抜ける。
 「うぉっ! ゴメン!」
 お裾分けと一緒に紙袋も腐っていた。腐ってから干からびて、カビの苗床になった物体と、ハエの蛹らしき赤茶色の粒が玄関に散らばる。
 ツネ兄ちゃんがちょっと退き、双羽さんは小さく溜め息を吐いた。真穂は俺の声に振り向いたが、クロエさんは無反応。
 段ボールを即席の箒とチリトリにして、散らばった物をかき集めた。

 流石にこれだけ人数が居ると、ガンガン進む。俺達は、パンパンになったゴミ袋を何十個も庭に積み上げ、箱買いの洗剤を倉庫前に運び、トイレ前までの足場を確保した。
 無駄に広いせいで、突き当りの台所まで、まだこの三倍はある。床は汚れ過ぎて、材質もわからない。
 ゴミ捨てに行った双羽さんが、風呂一杯分くらいの水を連れて戻った。全員、安全地帯に退避した。水を床に這わせ、汚れを溶かし込む。水は、一瞬で泥水になった。野菜や長靴についていた泥、朽ちて土に還った布類、紙類、埃、胞子、ゴキブリの足、何か小さい虫の生体、糞、虫の卵、煙草の吸殻、灰。手で拾えないサイズの物が、水に混じる。
 洗剤を手にした真穂が、水の汚れをゴミ袋に移す双羽さんに言った。
 「あの、水にこれ混ぜてやると、早くキレイになるかも……どうしましょう?」
 「試してみましょう」
 清水に、掃除用洗剤をボトル一本丸々入れる。水はうっすら緑色に染まった。
 洗剤を含んだ水が、床を這う。空き地に進出した雑妖が、一斉に逃げた。一回水洗いしても、まだ床は汚く、あっという間に泥流と化す。ゴミ堆積エリアの手前で折り返し、水は生き物のように床を這い回った。ザブザブ波打っているのに、泡が立たない。
 ゴミ層の下で、埃や何かが腐汁と湿気で固まって、上をそのまま歩くから圧着されて、何十年も掛けて廊下の床は、地層化していた。これをメラミンスポンジとかで地道に削る事を想像して、気が遠くなった。魔法、スゲー……
 三回、汚水のゴミを捨て、洗剤を足し、四回目でやっと泡立った。ヘドロが奥に引っ込んで、俺にも床が見えるようになった。この床、板張りだったんだ。
 五回目は洗剤なしで、すすぎをしてもらった。
 直接見ているのでなければ、コラ写真だと思うくらい、このエリアだけキレイになった。

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