■汚屋敷の兄妹-汚屋敷の兄妹 37.記録 (2015年08月16日UP)

 俺はICレコーダの録音ボタンを押し、ネルシャツの胸ポケットに戻した。打ち合わせ通り、証拠として聞きとりやすいよう、事務的に説明する。
 「今から言う事、記録するぞ。……二二一三年十二月二十九日、山端賢治(やまばたけんじ)と真穂は、もうこれ以上、ゴミ屋敷の住人とは付き合い切れない為、ゴミと一緒に実家も捨てます。大掃除完了後は、今後一切、山端の本家とは縁を切ります」
 「私、山端真穂は、このまま家に居たら、高校卒業と同時に、畷(なわて)家の長男と結婚させられてしまいます。祖父が勝手に縁談を決めて、畷家は完全にその気です。私は、自分の父親より年上の男性との結婚なんて、絶対に嫌です。好きでもない人との結婚は、絶対にしません。役所には、婚姻届不受理届を提出済みです。引っ越し先も既に決まっています。歌道山町には、もう二度と、絶対に、戻ってきません」
 ゆうちゃんはポカンとしたが、一応、常識的な言葉を口にした。
 「いや、でも、そんなの、普通に断ったらいいだろ」
 「お祖父ちゃんもお父さんも、向こうの家の人達もみんな超乗り気で、嫌がってるのは私一人なの! ここに住んでたら、何されるかわかんないの! だから卒業前に出て行くの! 頼むから邪魔しないで!」
 真穂が食卓を叩いて、ゴミニートを睨みつける。空の茶碗が跳ねた。
 菜摘(なつみ)ちゃんから、畷さんがよからぬ事を企んでいると言う噂を聞いて、俺達は真穂が一人にならないように気を配っていた。ノリ兄ちゃんの魔法で、畷さん本人は近付けなくなったけど、あっちの家族はフリーだからだ。
 「いや、お前、家出て、それで、どうやって生活すんだよ?」
 「都会の大学に進学するの。お母さんに書類書いて貰って奨学金受けて、バイトもして自分で生活するの。それで、そのまま都会で就職するの」
 「いや、お前なんかに大学は無理だって。身の程を知って、身の丈に合った目標立てろよ。どこ受けてもどうせ落ちる。就活も、お前みたいな田舎娘が都会で雇われる訳な……」
 「ゆうちゃんと一緒にしないで! 私は命懸ってるの!」
 絵にかいたような「お前が言うな」を目の当たりにするとは……身の丈に合わない目標立てて、大学に落ちて引きこもってる分際で、何でこんな上から目線になれるんだろう? こんなのと血が繋がってると思いたくない。
 真穂は高校に入ってからずっとバイトして、必要な物は自分の稼ぎで賄ってる。成績も見せてもらったけど、余程の事がない限り、志望校には落ちないだろう。
 「ゆうちゃん、そんな無神経な事言って、真穂ちゃんの神経逆撫でするんなら、俺達も今から、ゆうちゃんに気を遣うの、やめるからな」
 マー君が取り皿を山盛りにしながら、ゆうちゃんの方を見もせずに言った。
 「まず俺から。商都大学の経営学部在学中、経済(つねずみ)の発明品で特許取って起業。卒業後もぼちぼち会社経営を続けてる。はい次、経済な」
 「都立高専を卒業して、三回生から古都大学に編入して、院で機械理工学を専攻して、卒業後は政治(まさはる)の会社で技術部長してるよ」
 マー君に促されて、ツネ兄ちゃんも簡潔に略歴を語った。二人とも大卒。しかもツネ兄ちゃんは「東の帝大、西の古都」って言われるこの国で一番難しい大学の院卒。
 「いや、いやいや、どうせ学生ベンチャーなんか、どれも中小ブラックで、万年赤字じゃないか。大学も特許も、オレを凹ます為に話盛ってるだけじゃん」
 「確かに、俺と経済(つねずみ)入れても七人の小さな会社だ。ちゃんとした技術者は経済だけだし、今の所、生産も人手も不足分は外注で賄ってる。会社を大きくし過ぎても動き難いから、人増やしたり規模を大きくする気はない。ここ数年の年商は毎年、百十六億くらい。そんなに儲かってはないけど、とんとんで、赤字もないぞ」
 ゴミニートは、羨ましくて妬ましくて、認めたくないらしい。何か喋る度に、口から雑妖がボロボロ零れる。汚らしい。マー君は、普通に会社の説明をした。学生ベンチャーを十年以上維持できるって、それだけでも相当凄い。
 マー君に促されて、ノリ兄ちゃんも口を開きかけた。ゴミニートがそれを遮る。
 「いや、言わなくてもわかる。障碍年金でニートだろ」
 「宗教(むねのり)はちゃんと働いてる。ほら、宗教、教えてやれ」
 マー君が口を挟んだ。
 障碍年金の受給者は、働けなくても正当な理由があるから、ニートじゃない。ノリ兄ちゃんが、遠慮がちに説明しようとする。ゴミニートは、また遮った。
 「いや、働いてるったって、どうせ金払って働かせて貰う作業所とかなんだろ?」
 「ゆうちゃん、聞きたくないのはわかるけど、遮らずにちゃんと聞けよ」
 今度は、俺も我慢できずにゴミニートを黙らせた。
 「あのね、僕、母校で先生してるの」
 「宗教、そんな省略せずに、経済みたいに言うんだ」
 ノリ兄ちゃんの控えめな説明に、マー君がダメ出しした。
 「えっ? う……うん。僕、帝国大学の魔道学部に入学して、院で術理解析学を専攻して、卒業してからも、ずっと大学に居るの。えっと……今それで、准教授してます」
 ゆうちゃんが全力で否定する。
 「いや、いやいやいやいや、そんな見え見えの大嘘……」
 「優一(ゆういち)! いい加減にしないか!」
 半笑いで否定するゆうちゃんに皆まで言わせず、米治叔父さんが眉間に皺を寄せて一喝した。

36.跳躍←前  次→38.証拠
↑ページトップへ↑

copyright © 2015- 数多の花 All Rights Reserved.