■汚屋敷の兄妹-汚屋敷の兄妹 38.証拠 (2015年08月16日UP)

 親子丼を食べ終わった三枝さんが、丼を置いて叔母さんに向き直り、深々と頭を下げた。叔母さんは三つ指をついて返礼し、空になった丼を持って座敷を出て行った。居たたまれなくなったんだろう。
 「さっきから否定してばかりで、どうして人の言う事を素直に聞けないんだ」
 「いや……だって、証拠が……」
 「特許の事なら、特許庁で手続きすれば、登録情報を見せてもらえるよ」
 「会社の事なら、法務局で手続きしたら、登記簿を開示してもらえるよ」
 ツネ兄ちゃんが淡々と説明し、マー君が真似して言った。
 「ごっ……ごちそうさま。アッ君も食い終わったよな!? 宿題教えてやっから来いよ」
 「う……うん。ごちそうさまでした」
 中坊二人が、空の食器を持って立ち上がった。気まずくなったらしい。団欒ブチ壊し。
 「この国で魔法使いって珍しいし、帝大サイトの学部紹介とかに載ってるんじゃない?」
 藍ちゃんが冷やかに言った。下座の土鍋はほぼ空になっていた。
 「いや、そんなサイトなんて、その気になれば、いくらでも改竄できるし……」
 「ゆうちゃん騙す為だけにそんな犯罪までしてどうすんだ。ハイリスクノーリターンじゃないか」
 マー君がご飯を頬張りながら、呆れて言った。双羽隊長が、空になった食器を重ねる。
 「うるせえ! そんなに言うなら証拠見せろよ! 証拠!」
 ノリ兄ちゃんが、ポケットから身分証を出して、おずおずと開いてみせた。

 帝大の職員証、帝大の健康保険証、障碍者手帳、外国人登録証。

 「いや、こんなの偽造しようと思えば、子供でも簡単に作れるし! て言うか、これ本物だったらお前、外人じゃねーか!」
 「宗教は、十八歳の時にムルティフローラ籍を選択したんだ。今は『教授』の在留資格で働いてるんだよ。それに、病気や障碍で働けない人は『ニート』じゃないよ」
 ツネ兄ちゃんが、わかりやすく説明する。ゴミニートは鼻で笑った。
 「は? いや、三つ子なのに、ムネノリ君だけ?」
 「ムルティフローラは魔法の国だから、魔力がない人は国籍を取得できないんだ。巴の親族は王家と血縁があっても、宗教以外、誰も魔力を持ってないよ」
 面倒臭い込み入った事情を、ゆうちゃんの為だけに説明し直す。ツネ兄ちゃんが気の毒だ。マー君は、ツネ兄ちゃんに説明を任せて、土鍋の中から鳥のささみをかき集めている。
 「いや、でも障碍年金貰ってんだろ? やっぱ、税金泥棒じゃねーか!」
 ゴミニートが無知を晒す。年金は税金じゃねーよ。
 「ゆうちゃん、この国に住んでる人は、外国人もみんな年金加入の義務があるんだよ。宗教は、十八歳までの国籍は日之本で、父さんが生きてる間は扶養家族だったし、受給用件も満たしてる。税金泥棒じゃなくて、正当な権利なんだよ」
 言葉に詰まるノリ兄ちゃんの代わりに、ツネ兄ちゃんが説明した。ゴミニートの纏ったヘドロが膨れ上がり、雑妖が噴出する。
 「いや、もし仮に、帝大の准教授だったとしても、魔道学部なんか卒業したって就職できねーだろ。折角、帝大なのに、世間の役に立つならともかく、クソの役にも立たねーアホー学部って……Fランク私立の医学部とかの方がまだマシだろ。日之本帝国は科学の国なんだから、魔法の研究なんか役に立たねーし! 国費の無駄遣いしやがって! 国立大の予算ってのはな、国民が一生懸命汗水たらして働いて納めた血税なんだよ! 税金泥棒! しかも手帳持ってるって事は、この国に医療費とか、集ってんじゃねーか! 税金泥棒! どうせムルティフローラでも、王族ってだけで、国民の血税で贅沢三昧してんだろ!? ババアの骨折も治せねー癖に、癒し系気取って調子こいてんじゃねーぞ! 税金泥棒! そもそもお前、余分に生まれた要らん子じゃねーか! 無駄飯食って日之本帝国とムルティフローラの税金食い潰す寄生虫の分際で、メイドさんだけじゃなくて、女騎士まで侍らせるとか、生意気なんだよ! 声変わりもしてないキモいロリ声で、何もできねー分際で、女二人もキープとか、生意気なんだよ! 税金泥棒のエロガキが! そう言う事は他人様の役に立つ仕事をして、男として一人前になってからにしやがれ! 税金泥棒の分を弁えてさっさと死ねよ! 穀潰し!」
 ゴミニートの一言一言が、穢れた妖魔を生みだす。座卓も畳も、ヘドロと妖魔に埋め尽くされる。ノリ兄ちゃんの周囲だけ、ヘドロと雑妖が避け、円形の安全地帯ができた。俺は少し身を引いた。

 ノリ兄ちゃんは、声も出さずに大粒の涙をぽろぽろ零して泣きだした。その膝の上で黒猫がゆうちゃんを威嚇する。もう、このゴミニート、殺っちゃってくれていいよ。
 「ちょっとホントの事言われただけでメソメソ泣きやがって! 三十路にもなった大の男が情けない! 豆腐メンタルが! 打たれ弱過ぎだろ! 過保護か!?」
 ゴミニートはドヤ顔でふんぞり返って、追い打ちを掛けた。汚らわしい雑妖製造機の分際で偉そうに。近所の人に色々聞かれて逃げた癖に。豆腐メンタルはお前だよ。

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